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あの夏へ帰る #ショートショートと小説「リプレイ」感想

暑い。暑いけど仕方ない。8月13日、土曜日。大阪の実家への帰省。めんどくさい。仕事を口実に今年は帰らないと告げることもできたが、親孝行はできるときにしておかないと、というものだ。午前8時。この時間から既にぎらぎらの太陽、全身から汗が噴き出る。ひとつめの角を曲がった。いつもの通りを歩いてゆく。

…? 酒屋の向こう隣が更地になっている。昨日まで家があったはずだけど? さらに歩みを進める。歩いて3分の距離のスーパーが見当たらない。建物がまばらになり、ついに田んぼをつらぬく一本道になった。

道に並行して電車が走り、道の切れたところにはお宮さんの森がある。ここは…実家近くの田んぼじゃないか。呆然としていると向こうからリヤカーを曳いたおばあさんがやってきた。駄菓子屋の田村のばあさんだ。見た目が子供時代と全く変わっていない。

「われ、裕司やないか」
「えっ…俺は確かに裕司ですけど、…あの、今って令和4年ですよね…?」
「レイワ?なんやそれ」
「ええと、元号ですけど」
「昭和に決まっとるやないか。昭和57年や」

昭和57年(西暦1982年)!

40年前。脳天を打ち砕かれた。漫画や映画でよくあるタイムスリップというやつか。落ち着け、自分。気が付いたら夢だったというオチもある。深呼吸して俺は重要なことを尋ねた。

「あの、裕司、つまり俺は、こうして大人になってる訳ですけど、子供の裕司ももちろんこの世界に存在してるってことですよね?」
「はあ? 裕司はお前しかおらんわ。何を言うとる」

はっとして手足を見た。子供の身体に戻っており、服も相応に縮んでいる…!そういえば目線がばあさんと同じだ。とすると俺はいま6歳ということか。あらためて混乱した。

「アホなこと言うとらんと、はよ家へ帰り。お母ちゃん、ごはん作って待ってはるわ」
日にちを訊くと今日は1982年7月24日土曜日。頭が真っ白のままばあさんと別れた。道向こうの集落に入る。中学時代に改築する前の実家だ。

「た、だいま…」
開けっ放しの玄関を恐る恐る開ける。台所へ行くと母がいてチャーハンを作っていた。テーブルには2歳上の兄貴もいる。

「裕司、お帰り。今日は終業式やろ。朝顔の鉢は持って帰ってきたか?」
振り返る母は、小学生時代の若い姿だ。
「あー、ああ、学校に忘れてきたわ」

適当に応える。何がなんだかわからぬが、とりあえず昔のようにこの家の子供として過ごそうと決めた。夜には父が帰ってきてこの世界での昨日の続きの今日となる。何か訊かれる度に俺は子供時代を必死に思い出して話をつないだ。

「なあ、兄貴。今朝の俺って様子おかしくなかった? 通学途中で交通事故に遭ったとかさ」
「いんや、別に何も。事故ったらいま無事でおるわけないやろ」
「それもそうや」

翌日から小学校に通った。大人の知識があるぶん当てられてもスラスラ解ける。俺は「神童」扱いされた。馬鹿だった自分の子供時代には考えられないことだ。

周りの反応をみていて面白いのは、昨日までの俺も勉強のできる奴だったらしい。昨日までの俺と、今日からの俺とで段差が生じないよう時空がうまく調整してくれているらしい。

こうして俺は2度目の人生を歩んだ。奇妙なのはこの世界では1985年の日航機航空事故も、1995年の阪神大震災や地下鉄サリン事件も起こらなかったことだ。2011年の東日本大震災も…。代わりのような大事件、事故は起こったが。

俺は覚えている全てのこうした事象を手紙に列挙し、匿名で政府に宛てて郵送した。何も起こらなかったから頭のおかしな奴と笑われて捻りつぶされただろう。まあ、それでよかったのだが。

俺は元の世界とは微妙に異なるパラレルワールドに迷い込んでしまったようだ。昭和の次は正化。万和2年には東京―大阪間でリニアモーターカーが開通した。コロナのコの字も聞かず、マドリード五輪の開催もこの年。

元いた世界と異なるから、自分の記憶を利用して投資で儲けるなんてことができない。バブル崩壊、就職氷河期なんて事象も起こらず、日本は金持ちのままで俺は難なく大企業に就職できた。

就職5年目に同僚と結婚した。前の人生ではようやく内定をもらった企業でうまく人間関係を築けず退職。派遣として社会の底を這うように生きてきた。結婚などもってのほかで、天涯孤独で人生を終えるものと思っていた。

それが今は優しい妻と子供2人に囲まれ、平凡ながらも幸せな日々。何があろうと、この暮らしを手離したくない。

万和4年、46歳の夏。8月13日、土曜日。

「ちょっとコンビニまで行ってくるわー」

妻に声をかけ煙草を買いに家を出た。ひとつめの角を曲がった。いつもの通りを歩いてゆく。

…? カフェの向こう隣が更地になっている。昨日まで家があったはずだけど? さらに歩みを進める。歩いて3分の距離のコンビニが見当たらない。建物がまばらになり、ついに田んぼをつらぬく一本道になった。

冷たい風が首を撫でた。嫌だ、行きたくない。
後退りする俺の背中を風が押した。



すみません。白状しますと「リプレイ/ケン・グリムウッド」のパクリです。

書いてる時は意識してなかったのですが改めて読むとこれパクリやんねぇ~^^;と。この小説、高校時代に読んだ野田秀樹さんの本の中で野田さんがべた褒めされていたので早速買って読みました。めちゃ面白く寝ないで一気読みしました。タイムスリップ、ループ物です。

この世は謎がいっぱい。未だ解明されてない真実がわんさかあるに違いない。主人公は死→過去の自分に戻る→再び死を繰り返すのですが本当にこんなことってあるのかもよ。本編自体も素晴らしいのですが私が思う圧巻はラストの数行。

本編と直接関係ない小話? なんですが、このループ(死⇔復活のループ)は貴方にも起こるかもしれませんよっていう比喩になっている。こう来るかー、こんなのは予想できなかった。お洒落、というか粋なオチ。自分もいつかこんなラストが書きたい!


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