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蝶々の採餌 第五話

あらすじ/「知っている?蝶々には、甘い蜜が隠れている場所がとても美しい色で見えるのよ。」私は銀座の会員制クラブで働くことになった。採用が決まったその日、お店の艶子ママから『白蝶貝のピアス』を貸してもらう。私はまだ気づいていなかったけれど、そのピアスは――。

 グラスとグラスを合わせる乾杯の瞬間、鈴木と名乗った男の人と目があった。他の男の人とも合ったかもしれない。ただ、鈴木さんの眼鏡の奥の目が青かったのに驚いて、それが印象に残っていた。

 外見は典型的な日本人だったけれど、外国の人なのかもしれない。7月から俺より若い女の部下になったよ、時代はダイバーシティだってさ、と話題は仕事の話に移っていて、エミリさんと私はうんうん、と横でうなずいていた。会話の内容もイントネーションも、ごくごくありふれた日本人のオジサン。気付かれないように、私はあの青い色を求めて鈴木さんの眼鏡の奥をもう一度覗いてみる。

 隣の佐藤と名乗った男性の方を向いて、話を聞いている鈴木さんの目は、青ではなく青みがかった紫色をしていた。どこかで見たことのある色だったけれど、少なくともよくいる日本人の目の色ではなかった。

 話が弾み、うなずいたり笑ったり、鈴木さんの顔の角度が変わるたび、当たる光の角度に合わせて鈴木さんの目の色は青みがかったラベンダー色だったり、アメジストのような深い紫色だったりした。

 会社でフレックス制度が導入されたのでコアタイムは10時から15時だがなるべく9時に出社するように、とアナウンスしたらアメリカ人のハーフの新入社員にそれはどういう意味か?と問われた。日本企業の「本音」と「建て前」は英語で何と言ったらいいのか。

 私は止めどなく続く仕事の話にばれないようにリアクションしながら鈴木さんの目を覗き込む。

 鈴木さんも何度も覗き込まれてさすがに気付く。

 目が合いそうになって私は気まずくって目をそらす。また他の男の人の話に集中する。

 鈴木さんの目の色が何の色と同じなのだったか思い出せなくって、私はまた目を覗き込んでしまう。

 鈴木さんがまた気付いてこっちを見る。

 また目が合いそうになって目をそらす。そんなやり取りを何度かしているうちに私はそれが何の色だったか思い出した。

 白蝶貝のピアス。

 私は自分の耳たぶについている、艶子ママの白蝶貝のピアスを思い出した。品のある虹色の輝きが、鈴木さんの目に映し出されていた。

 自分の耳たぶに触れる。ころんと丸みのある冷たい感触が手に伝わる。その瞬間、鈴木さんとついに目が合ってしまう。私は鈴木さんの目の色が白蝶貝のピアスだって思い出せたのがうれしくって、私はつい、にこっと素の笑顔で返してしまう。


 え、と鈴木さんが驚いた顔をする。しまった、と思った瞬間だった――。


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