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静まりかえった青に染められ さよならの声がたちどまる

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青山勇樹 新抒情派詩集 2 (2020年 1月)
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「薄明」 青山勇樹

「薄明」 青山勇樹

 「薄明」という詩を紹介します。

からんと晴れたぼくの胸のひろがりに
そびえるひとつの梢がある
その先にはいつからか
ちいさくあおざめた矢印があって

風が

きまって吹いているので
方角はいつも行方知れずだ
どこかで翼のはばたく気配がして
ふりむけば
黒く装ったあなたが
横顔をみせて歩いてゆこうとする

ひとつのおおきな想いが
真夜中の空を渡っていったのは
たしか夏の終わりのことだったろ

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「扉をあけてでてゆけば突然の真昼」 青山勇樹

「扉をあけてでてゆけば突然の真昼」 青山勇樹

 「扉をあけてでてゆけば突然の真昼」という詩を紹介します。

とりあえず〈とりあえず〉と書いてみて
そこからはじまる物語もあるにちがいない
けれどもこうして待ちつづけてはいても
あいかわらず空はまぶしい青で
そのうえ気温は三十度を越えようとしている
夏のはじまり
ひろがりはひろがりのまま
色彩は色彩のまま
音さえも音のまま時間のなかにありつづける
だからすべてに〈とりあえず〉と封印して
扉をあけて

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「虹」 青山勇樹

「虹」 青山勇樹

 「虹」という詩を紹介します。

殺人現場の隣で
バッハのパッサカリアを聞きながら
そのひとと午後のお茶を飲んでいた
とはじまるひとつの物語を
燃やしてしまったのよ書きあげてから
あなたのそんなおしゃべりを聞きながら
こうして紅茶を飲んでいる
いま流れているのは誰のソナタだろう
暖炉にくべられた薪が
ちょうどあなたの瞳の闇で
黙ったまま死にたえてゆくところ

沈黙の値段を知っているかい
この店の

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「流れる」 青山勇樹

「流れる」 青山勇樹

 「流れる」という詩を紹介します。

流れるものは水だろうか時間だろうか
どこかから来てどこかへと向けて
流れているものは
いつもひとではなかったか

岸辺でいつまでも見ているので
河は流れてゆくのだろう
見つめられることに耐えきれず
やがて去るひとをいつくしみながら

朝刊を積みあげてゆくと
二年と八日めに背丈とならぶ
だがそれも時間ではない
ただキロあたり何個の
トイレットペーパーの値に等

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「メロディー」 青山勇樹

「メロディー」 青山勇樹

 「メロディー」という詩を紹介します。

あなたのくちびるから
いまメロディーがあふれはじめる
童歌でも流行歌でもなく
あなたがうたうのは
まぶしいひとつのメロディー

私の心のなかにも
なりつづけているメロディーがある
なにげなくくちずさんでみると
それはとてもなつかしい

たとえば花びらの舞うひだまり
たとえばカフェテラスでのおしゃべり
雨あがりのまぶしい石畳の坂
飛び去る渡り鳥の影
ひと

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「電話(4-4 電話d)」 青山勇樹

「電話(4-4 電話d)」 青山勇樹

 「電話(4-4 電話d)」という詩を紹介します。

朝も午後もあなたは不在で
私のみた夢について
聞かせてあげることができない
九千五百七十回めの呼出音が
いまあなたの部屋にとどく
それともひょっとして
九千七百五十回めだったかしら
暮れなずむ海は
受話器のなかに満ちてきて
やがて私は潮騒となる
ただ揺れつづけるばかりならば
もはや眼も耳もいらない
やがてふたたび真夜中は訪れ
どこか低い空のあた

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「電話(4-3 電話c)」 青山勇樹

「電話(4-3 電話c)」 青山勇樹

 「電話(4-3 電話c)」という詩を紹介します。

〈もしもし〉が
〈申します〉ではなく
〈もしかしたら〉
と聞こえる昼さがり
盲いた受話器の瞼の奥には
とびちる紅が貼りついて
〈もしもし〉
電話は追憶をたどりはじめる
いつまでもつづく呼出音は
どこへむかっているのだろう
そんなとき
電話も夢をみるのかもしれない
気づけばいつか混線していて
〈もしもし〉
遠くから知らない声が呼ぶ

「電話(4-2 電話b)」 青山勇樹

「電話(4-2 電話b)」 青山勇樹

 「電話(4-2 電話b)」という詩を紹介します。

あなたと別れた
そんな夢からめざめた朝
あなたの夢にみられている
かすかな不安に気づく
雨あがりの庭
吹きわたる風がほのかな青に
染まりはじめたからだろうか
どこまでが夢をみている私で
どこからがあなたの夢のなかか
このことについて誰が語れよう
よしのない物語を考えながら
昨晩の食事のお礼
ただそれだけのために
あなたの部屋の電話番号を
静かに

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「電話(4-1 電話a)」 青山勇樹

「電話(4-1 電話a)」 青山勇樹

 「電話(4-1 電話a)」という詩を紹介します。

凍った空の低いあたり
今夜もいくつものあつい声が
ひとりからひとりへと駆ける
その綾のかげを ひっそり
さよなら
のさけびがとどく
あなたのすべてが声になって
たったいま
私の肩のうえに重く——
不意にとぎれた受話器から
発信音だけがつづいていて
胸の鼓動にかぶさってくる
真夜中
月光に浮かぶポインセチアに
私の鮮血がとびちる

「卒業」 青山勇樹

「卒業」 青山勇樹

 「卒業」という詩を紹介します。

きょうの言葉はきょうのうちに
見えない風の粒々になって
いつか吹きぬけてゆくはずなのに
静まりかえった青に染められ
さよならの声がたちどまる

記念写真の隅で息をこらし
時計をとめてまばたきをする
すべてはその一瞬に
思い出という装いをはじめる
だからもう制服はいらない

誰もいないグランドに
ふと遠い喚声がこだまする
おもいがけなくよみがえるのは
あつい鼓

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「種子」 青山勇樹

「種子」 青山勇樹

 「種子」という詩を紹介します。

かすかなうごめきのほかに
はじめてのいのちは
まだなにもかたろうとはしない
けれどもまもなくはじけて
ひらきこぼれあふれるのだ
あさが
そこここにみちてひろがり
みずのおもてをあざやかにながれて
あかるいさけびをあげはじめるときに

そのかたくとざされたまぶたに
そのにぎりしめたてのひらに
そのむねにそのうでに
そのやわらかなほほのうえに
その

そのいのち

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🎍 年末・年始 Special Week 7 🎍 〈未発表詩 4〉📖 六月の鯨 📖 青山勇樹

🎍 年末・年始 Special Week 7 🎍 〈未発表詩 4〉📖 六月の鯨 📖 青山勇樹

 未発表の作品から、「六月の鯨」という詩を紹介します。

真夜中の電話ボックスに閉じこもって
六月の鯨は華やかな夢をみている
外れた受話器からこぼれる発信音を枕に
ガラスの向こうに敷きつめられた紫陽花と
どうにかしておしゃべりできないかと

「もしもし」不意に受話器が話しはじめる
白く濁った気泡がわずかに湧いただけなのに
呼びかけられた気がしたのかもしれない
それともたしかに聞こえたのだろうか

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🎍 年末・年始 Special Week 6 🎍 〈未発表詩 3〉📖 通りゃんせ 📖 青山勇樹

🎍 年末・年始 Special Week 6 🎍 〈未発表詩 3〉📖 通りゃんせ 📖 青山勇樹

 未発表の作品から、「通りゃんせ」という詩を紹介します。

硝子のコップに小さなひび割れを見つけた朝
庭からかすかな鳥の囀りが聞こえた気がする
ありふれた一日の始まりにある僅かな違和感
ひょっとしたらこれは他人の記憶ではないか
私ではない私がこっそりのぞいているのかも

なぜいつも私のまわりだけ雨が降るのだろう
だれも傘をささないので私も濡れたまま歩く
強い風でびしょ濡れになることもあるけれど

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🎍 年末・年始 Special Week 5 🎍 〈未発表詩 2〉📖 そして冬がはじまる 📖 青山勇樹

🎍 年末・年始 Special Week 5 🎍 〈未発表詩 2〉📖 そして冬がはじまる 📖 青山勇樹

 未発表の作品から、「そして冬がはじまる」という詩を紹介します。

降りしきる雪を救急車のサイレンが切り裂く
クリスマスキャロルが家路への足を急がせる
切ないめまいのなか遠くで誰かが呼んでいる
助けてほしいときれぎれの声が聞こえてくる
エナメルのコートが肩をぶつけて行き過ぎる

「それから」と投げ出し閉じる物語みたいに
穏やかな光に貫かれ終わりを迎えられたらと
花なのか恋なのかいのちそのものの終わ

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