見出し画像

笑いのない喜劇

今日のためにwowowに再加入した。
三谷幸喜作「笑の大学」の再演の再放送。
本放送のときは、放送日を過ぎてから知って地団太を踏んだ。

25年前の舞台の西村雅彦・近藤芳正の初演版は、たまたまつけていたテレビで見た。
たぶん録画機能を作動する余裕もないまま展開に没頭してしまったのだろう。
とにかくビデオもDVDも手元にない。

その後の役所広司・稲垣吾郎の映画版は、しっかり録画して、もう数えきれないほど見た。
ほとんどのセリフが入ってしまっていて、今日まで「笑の大学」といえば、私にとっては映画版だった。

ラジオ版があったことは、最近まで知らなかったけれど、舞台版・映画版ともに、三谷作品の最高峰だと思う。

初演の舞台版をもう一度見たいと思っているうちに、内野聖陽・瀬戸康史の再演の報を耳にして絶対見たいと思いながらも、時を過ごしてしまった。
先々まで予定を詰めたり、その日に合わせて諸々を調整したり、早い者勝ちのチケットを取るなんていう作業は、私のもっとも苦手とするものである。

そして、今日wowowが放送することは、たまたま思いついて検索して知った。
加入ついでに見た「埋もれる殺意season5」は、思ったとおりキャシーのいない世界になじめないままだったから、実質「笑の大学」のためだけに高い視聴料を支払うことになるだろうけれど、それでも悔いないと思った。

脚本のほか今回演出も担った三谷さんは、25年前に脚本家としてだけ見ていた頃とは別の意味を再確認したと言っている。

気に入った映画やドラマを何度も見たり、同じ本を再読するのは、自分の置かれている環境や時代が変わってもなお変わらずに感動するところや、真逆の感覚を抱く自分の心のありようを知るのが楽しいからである。

変わらずにいるのは、「変えようと思わずに人が人を変えていく物語、意識せずに自分も変わっていく物語」が好きだということ。
だから今回についても、展開もセリフも知っていながら「心から笑ったことのない検閲官」が笑いに共感し自ら創出していく過程を存分に楽しめた。

内野さん演じる検閲官は、さんざん脚本の修正をさせたあげく、そのすべてに対応してきた座付き作家(瀬戸さん)に対して最後の修正を命ずる。
「この脚本からすべての笑いの要素を取り除け」というもの。
それはつまり「笑いのない喜劇」を書けというわけだ。

細かいところを除いて、セリフのほとんどは、私の知っているものだ。
「笑いの要素のない喜劇」についても、記憶にある。
しかし、令和5年のいま、これを聞いて、私の心に浮かんだものは、これまでとすこし違っていた。

三谷さんは、「初演版は運悪く『変人の検察官』に当たってしまった『普通の脚本家』の視点だったが、再演版は『普通の検察官』が『変わっている(いい意味で理想の)脚本家』の世界観に巻き込まれていくような感覚に変わった」と言っている。

そうなのか。
いや、この検察官を「普通」だとする社会が異常なのだろう。
私は「笑いのない喜劇」は、いまの社会そのものだと思った。
この物語の舞台は昭和15年。
戦争に向かってまっしぐらで「すべてはお国のため」であり、国民は管理され、笑いなど必要ないという時代。

私の中では、このときと「いま」が似ているという感覚がある。
国会を見続けていたせいかもしれない。
オンタイムで見られないとき、テレビ放送がないものは、夜、ネットのアーカイブで見ている。
国会中継は「笑いのない喜劇」そのものだ。
「笑えない喜劇」とも言える。
国民にとっては悲劇だが、とんちんかんな答弁や結果の見えている悪政を遂行するほうが大真面目にも見えるので、かえって喜劇に見えるのだろう。

これは、25年前には覚えなかった感覚だ。
その後の映画版でも、赤紙が来た脚本家との別れで感じる戦争の恐怖は、いまほどリアルではなかったと思う。

子供のころに聞いた戦争の話は、数年前まで「過去」の話であり、戒めだった。
昔から続いた紛争はあるにせよ、新たな戦争が起こるなんて思ってもみなかった。
でも起こった。
そして、それはけして海の向こうのできごとではないのだという不安をかきたてる政策ばかりが進む。

ラストシーンは、初演版や映画版とは違っていて「これが今回の公演では正解だった」と三谷さんは言っている。
この瞬間、私は「ああ、三谷さんは25年経って、人の親になったんだなぁ」と思った。
息子のような若者を戦地に向かわせることになった検察官の「父性」は、過去版ではここまでイメージされることはなかったように思う。

映画版のラストで、高橋昌也さん演じる警備兵?が、去っていく脚本家を敬礼で送る場面が好きだったが、今回の内野さんの「こらえきれない笑い」は、笑いというものへの敬愛だけでなく、どこか「時代への抵抗」が感じられて、人が大笑いをしている場面を見て号泣するという矛盾に酔った。


この記事が参加している募集

舞台感想

読んでいただきありがとうございますm(__)m