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呪縛

NHK土曜ドラマ「お別れホスピタル」の第2回を見た。
初回と同様、入院患者を演じるベテラン俳優陣の豪華なこと。
もし演技が確かでなかったら「馬鹿にしてんのか」と憤るほどのシリアスな話かもしれないが、さんざん老いや痴呆を看てきた私にも自然に受け入れられた。

そのぶん、しんどいことは間違いがない。
でも、見ずにはいられないという気にさせるのがこのドラマのクオリティなのだと思う。

2020年の11月~12月、コロナの第3波の真っただ中に手術と入院を余儀なくされた。
すべての面会が禁止されていた。
加齢や病状によっては、家族と会えないことで孤独感による精神不安が増す患者さんもいたと思う。
けれども。

2020年の事故以前、病による入院を4回した。
短いのは1週間、長いものは1か月半。
このいずれも、私は自分の家族や友人が「病室」に訪ねてくるのが好きじゃなかった。

いまはそれなりの規模があれば、ほとんどの病院で「デイルーム」のようなものが設けられていて、そこで面会するようになっていると思う。
しかし、それは動ける患者さんに限られるので、どうしてもベッドサイドに人が集まらざるを得ないこともある。

自分のベッドサイドに家族か友人が来て、他愛もない話をする。
そのなんでもないようなおしゃべりの気配や笑いあう声が、隣や向かいの患者さんを傷つけるのではないかという思いが、私自身を傷つけた。

本当は、みんな「ああ、ご家族が見えて良かったな。笑うひとときが持てて良かったな」と一緒になって喜んでくれていたかもしれない。
でも、生来悲観的な私のことだ。
どうしても「来て欲しくても来てもらえない」「そもそも見舞いに来てくれる人などいない」状況にばかり想像がいく。
そして、心の中で「ごめんね、ごめんね」と繰り返す。

私と訪問者が与えてしまった孤独感が、この人を屋上に誘うかもしれない。
フェンスを乗り越えてしまったらどうしよう。
病で苦しんでいるという共通項で同志感のようなものが芽生え、一緒に頑張ろうねとなっている中で、家族の有無という解決しようのないもので線を引かれたくない。
そこに理不尽な差別を感じてほしくない。

だから、コロナ禍での入院時はもう家族はいなかったけれど、友人たちも来られず、それは淋しくないわけではないが、精神的には不思議な安定感があった。

政治はもっと、医療や看護や介護に携わる方々を優遇できるようにして、老々介護や病々看護をなくしてほしい。
世間から、看護や介護は家族が負うものという意識をなくしていってほしいと思う。
少子高齢化が進めばなおさらのこと。

ドラマで、なにもかも病気の妻に命じてやらせていた老夫の命の際で、これまで黙って耐えていた妻が夫の耳元で「早く逝ってください」とささやく。
どうせまもなく命が尽きてしまうのなら、できるだけ苦しまないようにという気持ちもあるだろう。
しかし私には、家族という呪縛からの解放、愛という呪いを解くための、あるいはこれまで数々の理不尽に従順に仕えてきた妻の復讐でもある言葉だと感じられた。
年齢を重ねてなお美しい高橋恵子さんが演じているせいで、一層の凄絶さがあった。

私は、同年代の友人たちが、自分は「子供の世話にはならない」と言うのが嫌いである。
親というものは、愛していても憎んでいたとしても、実務としての負担を負わせるかどうかには関係なく、その存在だけで救いにもなり負荷をかけるものなのだ。

だから、子供に世話にならないなんてことはありえない。
自分が親として生きてこの世に存在しているというだけで、負荷をかけているのだ。
私は、一緒に暮らしていなくても、母が生きているだけで救われてきた。

子供の世話にはならないという人には「あなたが病の床についたと知ったら、あなたのお子さんはきっと駆けつけてくるでしょう。そんなことは関係ない、勝手に死んでくれと思うような子供に、あなたは彼らを育てたの?」と言いたくなる。
言わないけどね。

だから、私にも「子供の世話にはならない」は言ってくれるなと思っている。

さて。
今週のバレンタインデーを過ぎると、スーパーやショッピングモールはひな祭り用のディスプレイになる。
それが過ぎると、卒業式と入学式。
そのあとは、「母の日」一色になる。
ひな祭りが嫌いなのは幼少期からだが、子を亡くしてから、そしてあきらめてから、あるいは嫌悪してから、私は子供絡みのイベントが続くこの季節は、可能な限りひきこもりになるし、ブログなどの情報からも遠ざかる。
母が逝ってからはなおさらだ。
愚痴は書くけど、それっぽい素敵な話は読まない。

家族の呪縛が解けてからも、そのしんどさは変わらない。
次に生まれ変われるとしたら、命を繋がないもの、はなから家族のない世界がいい。
だから、もしかしたら「人でなし」と呼ばれるかもしれないが、妻の「早く逝ってください」になんとなくカタルシスを感じてしまった。


世の中「ポジティブ、ポジティブってうるさいよ」と思うが、「家族、家族ってうるさいよ」とも感じている。
まあ、求める気持ちが強すぎて反発しているのかもしれない。
手に入らないものは、最初から「嫌い」と言えば、すこし心が軽くなる。

「お別れホスピタル」はこれからも見る。
しんどいけど、こういうドラマを求めている。

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