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【エッセイ】優しい気持ち

宮本輝のエッセイの感想をここに記す。

本文抜粋
「自分を理解してもらおうと努力するよりも相手を理解してあげようとすることの方がはるかに疲れる」

なぜなら、その方がはるかに生命力がいるから。
人間全体が狭量に、エゴイスティックになりつつある現代で懐の深い人間でいるのは難しい。しかしまず、自分が優しくなることだ。そうすれば伝わるし、向こうも感応してくれる。

互いが互いの立場を理解して欲しくて堪らないから喧嘩が終わらない。自分の言うことを理解して欲しいなら、まず自分が先に理解をしめせばいい。

抜粋
「ところが人間は絶対にそうしない。まず自分を理解してもらいたいということが前提です。つまり、自分を理解してもらったら、やっと相手も理解してあげようという気持ちになる。でも、それを逆にしていけば、実に簡単に自分というものをわかってもらえる」

その実、相手の話を聞いてあげる、理解してあげる、というのは相当難しい。みんなが相手のことを先に考えるような優しい人にならなくてはいけない。

「簡単にいえば同苦できること」

別のエッセイではこんな話がある。
宮本氏は当時、軽井沢に住んで執筆活動していた。
もしかしたら今も軽井沢で執筆活動してるかもしれない。

ともあれ、軽井沢で執筆していると、そこは森の中だからとても野鳥の数も多い。清々しい空気で、喘息だったり、うつ病だったり、色々病んでいた宮本氏は軽井沢の空気に触れてリフレッシュし、執筆活動をなんとか続けられていた。

そんなある日、ふらりと友人が訪ねてくる。
それもそんなに喋ったことのない親しくない友人だ。
無口なタイプの友人で、こっちから話しかけないと何も喋らない性質の人間だったから、まあ、はっきり言えばとても気疲れしてしまうタイプの人間で、正直早く帰って欲しかった。

森の中にテーブルを用意し、ビールをちびちびやりながら、この友人は一体何のためにこんな所までふらりとやってきたのだろうか、わけもなくいきなり突然やってくるとしたらお金の事だろうな、きっと借金の無心に違いない、などと考えながら、宮本氏は居心地悪く表面的な世間話を続けた。

友人は特に自分から話を切り出すこともなく、野鳥がいっぱいいて羨ましいなあ、凄いなあと絶えず感心しながら鳥の物真似でもするかのように口笛を吹いた。
それがすこぶる上手かったせいだろうか、シジュウカラやカケスなどの鳥たちが次々と返事を返し始めたり、実際にその友人の近くまで集まってきたりして、宮本氏は腰を抜かすほど驚いた。

なぜかといえば、野鳥というのは実に繊細で警戒心の強い生き物で、こんなことはあり得なかったからだ。しかし、それがあり得るほど友人は鳥の物真似がうまかったのだろう。

そんな会話をしながら、いつまでたっても友人は本題を切り出す様子がない。だから仕方なく、今日は一体何の用事で来たのか、もしもお金だったら少しくらいは工面できるよ、と宮本氏自らおずおずと切り出した。

そうすると友人は、ああ、と思い出したかのように持参していた紙袋から3冊の本を取り出した。
実は知人からサインを頼まれており、それをうっかり忘れていたという。こっちまで出張に来たからついでに寄ってサインをもらおうと思ってきたんだ、そう言って宮本氏の小説本を取り出し、サインを頼んだ。

宮本輝はバツの悪い顔をしながらもサインを書きあげ、それからしばらく二人で夕方までビールをちびちびやって過ごした。

野鳥の話が出てから、宮本氏も見様見真似で口笛を吹き、様々な鳥の物真似を試してみた。だが鳥たちが返事を返す気配はまるでなかった。無論、近くに飛んで来ることもない。

友人も改めて試してくれたが、どんなに上手く口笛を吹いてみせても、先ほどまであんなに返事を返してくれていた鳥たちが一切返事をしなくなり、近寄りもしなくなっていた。

すると、無口な友人がぽつりと呟いた。
「優しい気持ちでないと、駄目なんだよなあ」

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読書感想文

水もしたたる真っ白い豆腐がひどく焦った様子で煙草屋の角を曲がっていくのが見えた。醤油か猫にでも追いかけられているのだろう。今日はいい日になりそうだ。 ありがとうございます。貴方のサポートでなけなしの脳が新たな世界を紡いでくれることでしょう。恩に着ます。より刺激的な日々を貴方に。