きむらよう

日本に生まれてよかったと心底思う気持を綴ります。

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マガジン

  • 感傷的な出張

    出張も旅。仕事のスキマで訪れた場所で思ったこと。考えたこと。妄想。幻想。

最近の記事

その人と、わたしと。

その町で一番高い山、というより丘と呼んだほうがよいかもしれない場所に上がりきったときに一望した街並みは箱庭みたいに小さくて、儚げな風情だった。 町を割る水道を、小さなフェリーが一生懸命に潮に逆らって「よいしょ」というかのように横切る。そのすぐ脇には、マッチ箱のような家並みのあいだを縫って、黄色い小さな電車がごとごと走り抜ける。人の姿が見えないぶん、船や電車が生きているように感じる。 うす寒い冬の夕暮れ時の海沿いの町はそれだけでじゅうぶん寂しい光景だが、それを上から眺めると

    • 素描/1

      ふとした時に、突然そこだけ陽の光が当たるように目に飛び込んでくる人がいる。こちらが見る前に、向こうから文字通り飛び込んでくるので、ちょっと面食らってしまう。 彼女(彼女、だと思う。)は、僕の座った席に背を向けて立っていた。すっと細い首筋がのぞくほどの短さに揃えられた髪、淡くクリームがかった白のひざ丈のトレンチから伸びたストレートジーンズは細くまっすぐ地面に向かい、それだけ少し使い古した感じの白いコンバースが、その先にちょこんと付いている。肩には黄味がかったフェイクレザーの、い

      • 無題

        浴衣娘と せなかあわせで 惜しむ夏

        • 夕暮れの境界線

          こうもりくるり。おうちへ帰ろう。 夕暮れになると「良い子はおうちへ帰りましょう」と音がなる。 さあ僕らの時間とばかりにどこにいたのか小さなこうもりたちが畑の上に飛び出してくる。涼しい風に乗ってくるりくるりと楽しそうだ。 秋の虫はしずしずとあちこちから声をあげはじめる。あたりはもう深い青に沈みはじめやがてこうもり達も空にとけて見えなくなる。 こうもりに夢中で蚊に食われてしまいました。かゆいなあ。

        その人と、わたしと。

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        • 感傷的な出張
          4本

        記事

          眼下の敵

          オレはしばしばオノレが天才なんじゃないかと思う時があってそれはたとえば、こうやってカレーとナンを頼む。ナンはもちろんカレーにひたして食べるのだが、その配分を誤ったためしがない。ナンを食い終わると同時にカレーも無くなる。余分も、不足もなく。 他には牛丼。 切り分けられた固形の載ったカツ丼などは下部に配された白米をカツの切れ目に箸を沿わせて取り上げることで極めて容易にカツ1に対する白米の配分が決定される。もちろんドンブリは半球状であるために端のカツと中央のカツでは下部の白米の

          つぎのすけ・ザ・ガットリング

          その昔。 江戸時代の終わりごろ。 今の新潟県の長岡市に、河合継之助(かわい・つぎのすけ)というちょっと変わった名前の人がいた。つぎのすけ。なんだか、すわりの悪い名前だ。 当時の長岡藩の家老という、まあ長岡国(藩)の首相みたいな重役を担った。 明治維新が始まったとき、この河合継之助という人は新政府と戦争をして長岡を火の海にしてしまった。だから今でも長岡ではこの人を嫌う人がいるという。 ところでこの人が変わっていたのは名前だけじゃなかった。子供のころ家の庭で、おもむろに

          つぎのすけ・ザ・ガットリング

          寒い街

          10年ぶりの北海道は5月だというのに小雨まじりの寒風が刺さるように吹いていた。俺は札幌駅に降りるとだだっ広い大通りを震えながら目的の場所に向かう。コートを羽織っていればよかったと切実に思ったが、もう遅い。俺の人生はいつもこうだ。準備が間に合ったためしがない。 目的の場所は道庁とかいう、缶詰のラベルに描いてありそうな骨董品の建物の真向いにあった。相手が若い女性だということは電話口の声でわかっていた。 いや。 その女がここに現れるかどうか怪しいものだが、少なくとも飛行機に乗

          途絶えた窯の前にて

          晩夏とはいえ空は高く蝉の声が耳を聾するほどに鳴り響いていた。僕は首筋につたう汗と背中に張り付くワイシャツを気にしながらゆっくりと坂道を登っていく。 人がすれ違うのが精一杯の小道は左右の家の軒がせまり心地よい日陰をつくっている。片隅の草むらには大ぶりな陶製の壺などが無造作に放り出されていて、いかにも長い間焼き物を生業としてきた土地の風情を見せていた。 あまりの暑さのせいだろうか、それともそもそも人がいないのだろうか。往来の途絶えた小道をとぼとぼと登っていくと、どうしたってそこ

          途絶えた窯の前にて