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おーい!落語の神様ッ 第三話
咲太があの爺さんに会ってから一週間が経とうとしていた。日本で唯一の演芸専門誌、東京瓦版発行の『寄席演芸家名鑑』にはフリーランスも含めて全ての演芸家が網羅されているはずだが、あの爺さんは載っていなかった。「そんなはずないんだけどな」と他協会の芸人のページを行ったり来たりしながら目を皿のようにして探したが、見つからなかった。『いつきや』の大将から引き受けた貧乏神も咲太の右肩で一緒になって首を捻ってい
もっとみるおーい!落語の神様ツ 第二話
自宅から歩いて5分もかからない場所にある居酒屋『いつきや』の暖簾をくぐると、いつものように大将が「いらっしゃいっ」と愛想よく迎えてくれた。咲太は思わず大将の肉付きの良い肩を確認しながらカウンターに腰かけた。日曜日の夕方の早い時間、先客はいなかった。おかみさんがおしぼりとコップを持って来てくれ「いらっしゃいまし」と言ってすぐに瓶ビールを持って来てくれた。おかみさんの肩も確認してしまう。
「どうした
おーい!落語の神様ッ 第一話
紋付羽織袴姿の男が深夜の浅草を千鳥足で歩いている。この街の人達は気にもとめない。「どうせまたどっかのバカが飲み過ぎたんだろう」と見て見ぬふりをしてくれる。
どっかのバカの正体は、この秋二ツ目から真打に昇進が決まっている落語家の紅葉家咲太、三十四歳。落語の世界ではまだまだひよっこの若手だ。なけなしの金をパチンコで擦って、ツケでやけ酒を飲んだ帰りだった。
「ちくしょう。死んでやる。死んでやるぞ」
「値段なりの仕事をします」という言葉
私の妻は落語家(個人事業主)である。
毎年、妻が確定申告の為の書類整理をひーひー言いながらやっている。
わざと私の前でひーひー言っている気はするが、そんな姿を見せられては手伝わないわけにはいかないので、私は割と前のめりで手伝う。毎年のその共同作業がなかなか楽しいからだ。
昨年に比べてどういった種類の仕事が減っただとか増えただとか、コロナ禍前と後の違いだとか、二人で話しながら領収書や支払
【童話】ヤディとヤドン
ヤドカリのヤディ・カリィは引越しをする前に自分の家を誰かに渡そうとしていました。
「すみますか?」
「すみません」
「すみますか?」
「すみません」
あっちでもこっちでも、あやまるのと同時に断わられました。
ヤディ・カリィはなかなか自分の家を渡せませんでした。自分の家が他のヤドカリの家にならないと引越しが出来ないので困ってしまいました。
「すみますか?」
そんなある日。反対にヤディに