おばけはラクじゃないが、ビールは美味い

「そろそろスタンバイやで」

その言葉を合図に、ワタシを含め、肝だめしのおばけ役の大人たちが、キャンプファイヤーの輪から抜けた。

学童保育の保護者会主催のビッグイベント、1泊2日の夏の親子キャンプ。学童っ子と、その保護者、先生たちを合わせて、130名を超える参加者だ。

日中のプログラムを終え、みんなでキャンプファイヤーを囲んでいる。子供たちの出し物、先生たちの出し物が終わった。ここからは、歌の時間。

おばけ役のパパママたちは、それぞれ趣向を凝らした衣装に着替える。化粧をして、小道具を身に着けた。

ワタシは、ボロボロに破れているロング丈のTシャツに、真っ赤なスプレーを血しぶきのようにかけた。青白い化粧をして、ふくらはぎと腕に血糊をつける。貞子ヘアーのカツラをかぶって完成。

準備が整ったおばけから、決められたポジションにつく。貞子ポジションは、暗闇の竹林。腰をかがめ、肝だめしの開始を1人で待つ。

待つだけの時間って、どうしてこうも長く感じるんだろう。斜面で体のバランスがとりにくい。下に落ちたらどうしよう。怖い。

さっきから、蚊がぷぅーんぷぅーんと足にまとわりついてくる。あ、首にも近づいてきた。ココの蚊は吸血力が強そうだ。手でシッシッと追い払っても、効き目ナシ。

あちこちが痒くて、ふくらはぎを触ると、モコモコしたふくらみができていた。虫よけスプレー、効いてへんやん。

暗闇の中、1人で待っているのは怖い。風はなく、じめじめしている。じっとりとした汗が、血しぶきのTシャツの中を伝う。

貞子ヘアーが暑くて重い。頭皮から汗がダラダラとしたたり落ちた。前は見えにくく、汗でベタベタの首に貞子ヘアーがくっついて、チクチクする。

あと少しで始まるかなぁ。ふと後ろを見ると、竹林の奥は闇が濃い。野犬が出てきそうや。怖いやん。いったん後ろを気にすると、背後が気になって仕方がない。

怖がらせる役目のおばけが怖がってどうすんねん、と思いつつも。怖いものは怖いのだ。1人の待ち時間、辛いわぁ。足元の蚊、うっとおしいわぁ。

そうや。となりのおばけに会いに行こ。

心細くなったワタシは、竹林の斜面から出て、となりのおばけポジションに近づいた。

あ、フランケンシュタインが煙草をプカプカ吸っている。

手持ち無沙汰のフランケンシュタインは、夜空を見上げて煙を吐いていた。あら、なかなか面白い絵ヅラ。

おばけも色々大変やなぁとおしゃべりをしていると、暇を持て余していたねずみ男もやってきた。

竹林へと続く真っ暗な細道に、フランケンシュタインと、ねずみ男と、血しぶき貞子。異色コラボだ。

細道のカーブの反対側でも、待ちくたびれたおばけたちが集まって、何やら楽しそうだ。

「肝だめし、スタートするで」

まとめ役のパパさんが、声をかける。おばけたちは、サッと自分のポジションに散っていった。使命感、抜群やん。

真っ暗な竹林に身を潜めてスタンバイ。

時間をあけて2人ずつやってくる学童っ子たちの前に、貞子がぬぉーぬぉーと現れる。時には子供たちの後ろから、貞子ヘアーで首筋をなでる。

「ギャーーーーっ」
「うぉーーーーーっ」
「やめて、やめてーーーー」

あら、おばけ役、わりと楽しいやん。

貞子ヘアーのおかげか、化粧のおかげか、‘○○○のお母さん’と貞子の正体はばれずに、1時間半の肝だめしは終了。

1日目のプログラムを全て終え、子供たちは眠りについた。さぁ、パパママの宴タイムだ。

肝だめしチームが集まり、お互いのおばけっぷりを褒めたたえる。

蒸し暑い夜に、あんなけったいな格好をして、大変やったなぁと。暗闇で蚊と闘いながら、子供たちのために、おばけ役をやりきったなぁと。

「おつかれさまー」

妙な結束感が生まれたおばけたち。キリンキリンに冷えたビールの美味しかったこと。

たまには、こんな夏の夜もアリだ。

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