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新入社員の感覚をいつまで持てるかが勝負だと思った2週間です。
そして、嫌でも明日は来るという事実はこの国の多くの民が感じる違和感でもあると思いました。明日は来る。
伸びきった心と縮むやる気
僕の心は伸びきってしまったのかと思うことがたまにある。
それは中華麺が伸びきってしまうとまずくなるように、僕の中ではネガティブなこととして捉えている。
ストレスについて説明するときに、人の心を”ゴムボール”に例えられることがある。指でゴムボールを上から押すと、ボールはぐにゃりと形を変える。けれども、指にはボールのもとに戻ろうと反発する弾力を感じる。この指を”ストレッサー”として、ボールの弾力を
自分の幸せを定義しなおすこと
僕のある友だちのインスタに『幸せすぎて、不安!!』と書き添えられた投稿があった。それを見つけて、投稿された写真を見てみたけど、何が幸せなのか僕にはあまり分からなかった。さらには、なぜそのことが不安なのかなんて検討もつかなかった。
ただ、その友だちが今なにやら幸せそうだなとは感じた。
人種を大きく分けると、普段からインスタに自分のことを載せれない人間と載せれてしまう人間がいる。するかしないかの問
なにかを書きたいけど、やっぱり書けなくて、なんだかなという気持ち
文章を書くことは何かを結論づけることだと思う。
ほら、こうやってまた「○○だと思う」と早くも結論づけてしまっている。
「いや、そうやってすぐに結論づけるのはよくないでしょ」と僕の中にいるいたく慎重な僕が投げかけてくる。そして僕はそれに納得する。そうすると、ほら、なにも書けなくなる。
なにかを自分の中からの言葉で誰かに伝えることは少し僕には難しい。ペーペーの僕が言うことなんて伝わるか分からない
生きるとか、死ぬとか、日記とか
僕は去年の11月29日に「今のこの感情を残さないとだめだ、もったいない!」という勝手な思い込みと変な予感で日記を始めた。
今思い返せば痛々しいし、スッカラカンな理由で始めた日記だったので、「長く続けよう」とか「三日坊主にならないように」とかは考えてなかった。
音楽や写真、声として残すのが難しかったから、文字で残すほかなかった。しょうがなく日記という形にはめたけども、モノとして”今”を残せればな