黒魔術、輪廻転生…タブーを恐れずに愛しき故郷を描いた映画監督

以前、東京の早稲田大学キャンパスで行われたイベントで、エジプト映画「ヤギのアリーとイブラヒム」を鑑賞したことがあった。

映画は2017年にエジプトでも公開された。本国ではかなり物議を醸しただろうと思える内容だったが、シェリーフ・エル=ベンダーリー監督のティーチインを聞いて、監督がなぜこの作品を撮ったか、納得がいった。

死んでしまったフィアンセ、アリーは、ナダの化身であるヤギを溺愛する変人。彼と、正体不明の金属音の耳鳴りに悩まされる男イブラヒムという二人が旅をするという「ロードムービー」なのだが、イスラム教では異端とみなされる「黒魔術」が登場する。2人は、黒魔術師の「この石を地中海、紅海、ナイル川の三ヶ所に投げ入れよ」という指示に従い、ヤギと一緒に地中海沿岸の都市アレクサンドリア、シナイ半島の紅海リゾートを巡る。

輪廻転生はタブーじゃないのか

上映後の監督ティーチインの聞き役になっていた大稔哲也・早稲田大教授が指摘してハッと気づいた。映画には、イスラム社会でもう一つのタブーが盛り込まれていた。「輪廻転生」である。アリーがヤギをフィアンセの生まれ変わりだと信じていたのは、輪廻転生思想ではないのか、というのが大稔教授の問いだった。人間を含めた生き物は死後、生まれ変わると考えるのが輪廻転生思想。仏教の教義の根幹をなすといわれているが、イスラム教では否定されている考えだ。

中東で輪廻転生を信じているのは、シリアなどに暮らすドゥルーズ派などごくごく少数であり、そうした宗派は、大多数のイスラム教徒からは異端視されている。

ティーチインでベンダーリー監督は、「動物と人間の受け入れられない関係を描こうと脚本家と考えた」と語った。その真意はっきりしないところもあったが、社会にある宗教的なタブーを承知で作品に取り入れた表現者としての勇気は感じ取れた。

「この映画はBLを描いたのか」

観客からユニークな質問があった。「日本ではボーイズラブものというジャンルがある。映画の主人公2人も男の友情にしては親密だった。アジア的感性も意識して男同士の関係を描いたということなのか?」

そんな趣旨の質問だった。監督は「エジプト人は、他の国に比べて身体的に親密度の高い感情表現がある。(主人公2人に友情以上のものを感じるのは)観る人の解釈だと思うが、私にはそういう意図はない。それは映画を観てもらえば、自明だ」と答えていた。

イスラム教では、同性愛は罪にあたるという考えられている。今年4月、東南アジアのブルネイで、「不倫と同性愛行為は死刑」という法律が施行される動きがあり、衝撃が走った。(その後、欧米などの批判を受け、同国のスルタン(国王)は施行猶予を表明)

監督は、別にシラを切っているわけでもなかっただろう。エジプトでも、男同士が手をつないで街を歩いたりするのは、とりたてて珍しい風景ではない。男性同士の身体的親密さが、それイコール同性愛というわけではない。それはエジプトなど中東の生活文化習慣だといえる。

監督の答えによれば、同性愛という、イスラム社会でまだまだタブー視されがちな恋愛を描いたものではなかったようだ。

それにしても、観る人によりさまざまな感じ方があるということを、ティーチインのの質問で改めて感じた。

騒音と壊れゆく大都会カイロ

作品は、「音」が大きなテーマだった。イブラヒムは、自分を悩ませる耳鳴りから逃れ「静かな音」を求めて旅に出る。カイロの街の喧噪はとみに有名だ。カイロに行ったことがある人は、静かさを求める作中人物の気持ちに、大いに共感するはずだ。

監督も言っていた。「私自身、カイロの騒音に本当に苦労している。自動車を運転する時は、窓を閉めてクラシック音楽をかけたりする。風景と音楽のギャップが好きだ」

監督は、カイロのイスラム地区のいわゆる「死者の町」と呼ばれる墓地に人びとが暮らす一帯もシーンに取り込んだ。

監督は基本的には、イスラム地区など古いカイロは美しい場所だと考えていて、カイロという街を愛しているるようだった。「主人公がカイロと深くつながっているという設定にしたかった。カイロには美しいが放置されている場所が多くある」

「この街自体が崩壊しかけ、まさに死に体になっている。それをこの映画で訴えたかった」。監督はこうも言った。

どうも監督は、カイロの騒音のすさまじさへの皮肉を込めることで、騒音問題も含めたカイロの現状への深い危機感を表現しようとしたようにも見えた。

映像に明示的に示されているとは感じなかったが、トークで監督の思いを聞いたことで、この映画への感じ方も少し変わったものになった。もちろん、映画はその作品のみで理解し、評価するのが基本だろう。でも、監督の文化・社会的な背景について知識が十分でない場合は、ティーチインなどの場で監督などの言葉を聞くのも、映画に理解するためには重要だ。そんなふうに感じたイベントだった。

「ヤギのアリーとイブラヒム」、中東を知る手がかりを提供するため、また上映して欲しい作品だった。


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