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発酵でSDGs!マラウイの「とぶぁ」と千葉県上総地方の「とうぞ」

マラウイの発酵飲料「とぶぁ」

マラウイの路上で暑い日に、リユースのペットボトルで売られている、少し黄色みがかって白濁している飲み物がある。「とぶぁ(Thobwa)」という手作り発酵飲料だ。500mlで50MK~100MK(10〜15円)。路上で売られているのをときどき買った。

「とぶぁ」は、メイズ(トウモロコシ)、ソルガム、ミレーなどの穀物が原料で、砂糖で味を調えてある。放っておくとアルコール発酵し「ビール」に変化することから、英語では「SWEET BEER」とも呼ばれている、マラウイ人に大人気のローカル飲料だ。カロリーも高いからか、エナジードリンクとして、朝から飲む人もいるようだ。

穀物の粉が沈殿しているから、良く振ってかき混ぜてゴクゴク飲む。夏の暑い日には、さわやかな酸味と甘みがのどの渇きを潤し、トウモロコシなどの粉が空腹感をほどよく満たしてくれた。調理過程で沸騰させているし、そのあとしっかり発酵しているからか、これを飲んでお腹を壊したことはない。ただの水よりお腹にも優しい気がする。

ちなみに、とぶぁの作り方は、こんな感じ。

【とぶぁの作り方】
メイズ粉(トウモロコシ粉)をおかゆ状にして、数時間そのままにして、冷ます。ある程度まで温度が下がったら、おかゆの中にソルガム粉を入れて、メイズのおかゆとよくかき混ぜ、ふたをして放置しておく。次の日の朝になったら、もう一度ゆっくり火にかけ数分間沸騰させる。最後に加える砂糖の量はお好みで。それをすずしい場所で数時間冷ますと、準備完了。

一度、ペットボトルの飲みかけを冷蔵庫に入れたのを忘れて、そのままにしていたら、ペットボトルがパンパンに膨れ上がっていた。発酵が進んでガスがたまったのだろう。キャップを開けると、炭酸のようなぷしゅーと言う音とともに、中身が少し飛び散った。あと何日かそのままだったら爆発していたかもしれない。

おそるおそる飲んでみると、酸味が増していた。嫌な酸味ではなかった。ほのかに炭酸のシュワシュワも加わり、個人的には好きな味に変化していた。そのままさらに放置すると、アルコール発酵してきて、「ちぶく」というお酒に近づくらしい。適度に安全に、味の変化も味わえるなんて、発酵の力はすごい。

マラウイでは、とぶぁは一般家庭でもよく作られるし、北部地方では、自家製ヨーグルトも作る人も多かった。

日本で味噌づくりに挑戦

2022年12月、縁あって、知り合いの畑で大豆の収穫をさせてもらった。そこで大量の大豆を手に入れたのをきっかけに、初めての味噌づくりに挑戦した。和食は発酵食品の宝庫にも関わらず、それまで自分自身で何かを発酵させた経験がなかったのだ。

バリエーションは多くはないが、今でも発酵文化が脈々と受け継がれているマラウイの人々を見て、どことなくうらやましさがあったから、そういう気持ちが芽生えたのだろう。

大豆の収穫をさせてもらった畑

インターネットの情報をもとに、家にある一番大きな鍋で、1kgの大豆を煮た。すり鉢でつぶし、同量の麹とその半分の塩を混ぜよくこねる。団子状にしながら、ペタペタと甕につめていく。最後にカビ対策で塩を振って、重しを載せてふたをして仕込み完了。冷暗所に置いて、あとは約半年ひたすら待つ。

すり鉢で煮大豆をつぶす
糀と塩を混ぜる
つぶした煮大豆と糀をこねて団子にしたものをペタペタ投げつけていく
空気を追い出しながらつめていく

味噌づくりの副産物「とうぞ」

味噌づくり初挑戦の話を職場でしていたら、同僚が「豆造(とうぞ・とうぞう)」というものの存在を教えてくれた。千葉県上総地方の伝統郷土食だという。令和5年現在、このとうぞ(豆造)を製造・販売しているのは、千葉県市原市の味噌屋さんただ一軒を残すのみらしいから、なかなかお目にかかることはできない。

昔は、各家庭で自家製味噌を作っていた。その味噌を作るときに副産物として出る大豆の煮汁を何とか有効活用できないかと、上総地方で生み出されたのがこの「とうぞ(豆造)」だというのだ。

大豆の煮汁に糀、干し大根、余った煮大豆を入れ、塩を入れて発酵させる。地域によっても多少のバリエーションがあり、他の干し野菜や昆布などを入れたり、具材なしの場合もあったり、煮大豆の代わりになんと納豆を入れたりもしたようだ。

最もシンプルなものは、糀も塩も入れない。煮汁そのものをそのまま飲むか、味噌汁の出汁として使うか。もちろん発酵もさせないのだが、これが「とうぞ」だと言う人もいる。

「とうぞ(豆造)」の聞き込み調査

昭和22年生まれ、千葉県君津市出身の母に知っているか聞いてみた。

「あー、『とうどう』ね」

母は「豆造」と言う文字を見たことがなかったのだろう。小さい頃だから、聞き間違えたまま音で覚えてしまい、「とうぞ・とうぞう」ではなく、「とうどう」と耳に残っていたのだ。

農家出身の母の話では、母の祖父母はよくご飯にかけて食べていたという。どちらかというと、年配の人が好きな食べ物という印象だそうだ。当時まだ子どもだった母はあまり好きではなく、ほとんど食べた経験がないという。昭和後半には、各家庭での味噌作りも下火になったのに伴って、とうぞ(豆造)の存在そのものが忘れ去られようとしている。

生の体験談を聞いてみたくて、身の周りの知り合いに聞き込みしたところ、今も現役で食べている高校の同級生の家族に行きついた。私の同級生自身は食べないが親が好物で、令和になった今でも、毎年食べているという。実際にとうぞを作っているのは近所に住む、かなり年配の方だそうで、味噌を仕込む時期になると、おすそ分けで持ってきてくれるのだという。

家族全員が食べているわけではない状況から察するに、食べ慣れた人でないと、おいしいと思えるものではないのかもしれない。

上総地方の郷土料理「とうぞ」作りにも挑戦

収穫させてもらった大豆がまだ大量にあったので、2度目の味噌の仕込みをすることにした。1度目の仕込みの際には、全ての煮汁をためらいもなく、台所の流しに流してしまった。

とうぞ(豆造)の存在を知った今回は、煮汁を使ってとうぞ作りにチャレンジしてみることにした。食べ物を余すところなく使い、流しにも流さないから水も汚さない。単なる発酵料理づくりに留まらない、SDGsにもつながるチャレンジだ。

無事に2度目の味噌作りを終えた後、残った大豆の煮汁にインターネットで調べた材料を加え、4~5日涼しいところで寝かせてみた。白っぽいどろっとしたようなものが発生してきた。

コンブも入れてみた

お世辞にも食欲をそそる見た目ではなかったが、勇気を出して色々な方法で試食してみた。

ご飯にかけたり、お湯を注いでみそ汁みたいにしたり、冷奴にかけてみたり。しょっぱさにカドがあるが、独特の風味があって、慣れてくるとこれが実にうまい。個人的に一番はまったのは、豚肉を炒めるときの味付けに2~3振りすること。塩麴漬けがあるくらいだから、合わないわけがない。大豆の食感と旨味、しょっぱさも加わって、何ともやみつきになる。

泡がぷつぷつ出てくる
白いご飯にのせて

得体の知れない白い膜が発生

さらに放置し、10日目くらいに鍋のふたをおそるおそる開けてみると、一面に白い膜が張っていた。季節外れに気温が高かった日が1回あったから、発酵が急激に進んでしまったのだろう。

白い膜でびっしりの「とうぞ(豆造)」

「せっかくのとうぞをダメにしてしまったか」

一瞬あきらめかけたが、念のため白い膜について調べてみると、味噌やぬか床に発生する「産膜酵母」というもので、意外にも体には無害らしい。

混ぜこんでしまっても食べられないことはないが、風味を損なうらしいから、スプーンですくって取り除いた。白い膜の下の部分を試食してみると、発酵が進んで味に深みが増していた。

その後、冷蔵庫に避難させ、産膜酵母の発生を押さえたら、しばらくおいしくいただくことができた。

同僚にとうぞ(豆造)を試食してもらう

とうぞ(豆造)の存在を教えてくれた同僚が、「食べてみたい」とのこと。
翌日のランチタイム。お弁当のご飯のお供に試してもらおうと、家から持ってきた自家製とうぞを取り出した。

「ん、何だか酒のにおいがする」
同僚が気づいて言った。

私は家で何度か食べていたので匂いに慣れて気づかなかったが、言われてみれば確かにそうだ。糀が入っているから、アルコール発酵していてもおかしくない。

午後から車で出張用務があるとのことで、万が一にも飲酒運転にならないよう、念のため、タッパーのまま持って帰って家で食べてもらうことにした。翌日、好評をいただいたのでほっとした。

余すところなく、煮汁までおいしく健康的に使い切ってSDGsに貢献

食材を余すところなく食べ切るのは当然のこととしても、煮汁までも捨てずに活用していたとは恐れ入る。しかも、栄養志向の高まりから、現代においても効用が見直されている栄養たっぷりの煮汁に目を付けていたとは、さすがだ。

マラウイでお世話になった発酵飲料「とぶぁ」を飲んだ経験から、千葉県の先人たちの「食べ物を粗末にしない」「余すところなく使い切る」SDGsの精神がぎゅっと詰まった郷土食「とうぞ」にたどり着いたのは、思いがけない幸運だった。

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