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明日を待ちながら

道。
一本の木。
二人の浮浪者、ウィルとゴゴ。

ウィル どうにもならん。

ゴゴ  もちろんさ。

ウィル まったく時間てやつは。

ゴゴ  ここでいいのか?

ウィル ああ。木のそばって言ってたからな。

ゴゴ  やれやれ。足が痛い。

ウィル しかし、どうかな?時間は…

ゴゴ  畜生、靴が脱げない。

ウィル 一体、いつなのか…

ゴゴ  ああ、いてて。

ウィル 何してるんだよ、ゴゴ?

ゴゴ  脱げないんだよ、靴が…

ウィル 靴?なんでだよ。ずっと履いて歩いてきた靴だろう?

ゴゴ  これは俺の靴じゃないからな。

ウィル じゃあ誰のだよ?

ゴゴ  知らないよ。誰かのだ。誰のでもいいよ。問題は穴だ、穴のせいなんだよ。俺、こないだ穴に落ちたんだ。それで、さっきもそこの穴へ落ちた。そしたら、足と靴がくっついちまったんだよ。穴ってのはいつも、いきなり開いてるから驚くよ。

ウィル そりゃお前、何も考えないで歩いてるからだよ。穴があるかも知れないぞ、そこに落ちるかも知れないぞって、ちょっとでも考えながら歩けばいいんだよ。こないだも落ちて、さっきも落ちたなんて、そんなに穴に落ちてばっかりいたら、今に穴の方が無くなるよ。

ゴゴ  なんだい、穴の事を考えるのってそんなに大事かい?

ウィル 当たり前じゃないか。考える事は大事だよ。えらい人いわく、「人間は考える葦である」って言うんだぜ。

ゴゴ  俺はその足が痛い。

ウィル そうじゃないよ、まったく。


沈黙。


ゴゴ  ウィル。

ウィル うん?

ゴゴ  なんで俺たちここに居るんだっけ?

ウィル なんでだって?

ゴゴ  ここにさ。

ウィル 待ってるんだろ、忘れたのかい?

ゴゴ  ああ、そうか。


沈黙。


ウィル なあゴゴ。

ゴゴ  うん?

ウィル あの木はさ、さっきからあそこにあるあの木はさ、ずーっと同じ姿だよ。さっきから何にも変わらない。きっと明日も変わらない。

ゴゴ  あの木は生きてるか?

ウィル 生きてるだろう。立ってるから。

ゴゴ  立ってるからって生きてるとは限らんだろう。

ウィル ならお前、ちょっと近くで見てきなよ。


ゴゴ  見てきたよ。

ウィル どうだった?

ゴゴ  わからんな。

ウィル そうだろう。そうだろうと思ったよ。

ゴゴ  生きてるとも見えるし死んでるとも見える。

ウィル じゃあどっちでも同じさ。

ゴゴ  生きてても死んでても?

ウィル ああ。


沈黙。


ゴゴ  見ろよウィル、日が傾いてきた。

ウィル 今日は来ないけど、きっと明日は…

ゴゴ  何?今日が来ない?今日が来ないのに明日が来る訳ないだろう?

ウィル 今日はもう来ないよ、今日はもう今日だからな。

ゴゴ  じゃあ明日が来るのはいつだよ?

ウィル 明日だろ。

ゴゴ  明日、明日が来るのか?

ウィル さあな。

ゴゴ  やっぱり今日だよ。今日、明日が来るんだろう?

ウィル 今日は明日は来ないよ。

ゴゴ  じゃあ明日が来るのはいつだよ?

ウィル 明日が来るのは…今日だけだろ。


ラッキー登場


ウィル ラッキー!お前!会いたかったよ、お前、ほんとに…!

ゴゴ  何年ぶりだい?

ウィル 三十年ぶりだよ、あの革命の時だから。会いたかったよ、温かいな、ラッキー、会いたかった、お前は向こう見ずで、勢い良く飛び込んで行って──従順だよ、お前は本当に──

ゴゴ  すごい喜びようだな。

ウィル ラッキー、会えて嬉しいよ…!俺は、こいつと色んな所を歩いたもんだよ。一緒にいると楽しくて、不思議とひもじい思いもあまりしなくてさ。でも俺たち、出会うのが遅すぎたんだ。俺と会ったとき、ラッキーはもうほとんど寿命だった。でも、最後に俺のとこに来てくれたんだと思ってる。ありがとうな。ラッキー。ありがとう。


ラッキー退場


ウィル またな、ラッキー!またな!

ゴゴ  ウィル。

ウィル うん?

ゴゴ  なんだって俺たちはここに居るんだ?

ウィル なんでだって?

ゴゴ  ここにさ。

ウィル そりゃあ…待ってるんだろ、忘れたのかい?

ゴゴ  うん?…ああ、そうか。

ウィル そうだよ。


急速に日が落ちる

急速に日が昇る

ウィル、一人で真ん中に居る


ウィル どうもおかしいな。


ゴゴ登場


ウィル ゴゴ。夕べはどこで寝たんだ?

ゴゴ  いつもの所だよ。

ウィル いつもの所ってどこだよ?

ゴゴ  どこだっていいよ、どこでも同じだよ。それより…痛い。

ウィル ぶたれたのか?

ゴゴ  ああ。なんであいつらは俺をぶつんだろう?俺はただ生きてるだけなのに、あいつらはあいつらの理由で俺をぶつんだ。俺にもどうにもならないことを、ああやって…

ウィル こっちへ来なよ、ゴゴ。どこが痛いんだ?

ゴゴ  …頭。…いや、首かな?いや、背中…胸…?

ウィル おいお前、自分でどこが痛いのかわからないのかい。

ゴゴ  どこだっていいよ、同じだよ、とにかくぶたれた。痛い。

ウィル こっちへ来なよ、ゴゴ。可哀想な奴だ。俺の膝を貸してやるよ。どうせ夕べは眠れなかったんだろう?少し眠りなよ。

ゴゴ、仰向けになる

ゴゴ  ああ、楽ちんだ。こうしてると空だけが見えるよ。なんだか思い出すな。

ウィル 何を?

ゴゴ  故郷。

ウィル 故郷?

ゴゴ  ああ。俺が子供の頃さ、家の仕事がひと段落して、少し遊んできてもいいと言われるだろう?そうすると俺は、裏の原っぱへ急いで駆けていくんだ。原っぱは誰もいなくて、俺と空以外何もなくて、強い風が吹いててさ。息が出来ないくらいの強い風だよ。俺はそこで、体がちぎれるほど走り回るんだ。そうしてひとりで笑い転げた。何にもない原っぱを、俺はおかしいくらい笑い転げた。一体何が、あんなに可笑しかったんだろうな…?

静かに風が吹く

ウィル 走ったことだよ。ゴゴ。ただ、力いっぱい原っぱを走ったことが、可笑しかったんだよ。

ゴゴ  …そうかな?ウィル …

ゆっくりと薄暗くなり突然明るくなる

ゴゴ  廃墟!

ウィル わっ!驚かすなよ。…なんだって?灰?今日?

ゴゴ  廃墟!廃墟だ、俺の、故郷が、どうして、

ウィル 落ち着け、ゴゴ。落ち着け、夢だよ。

ゴゴ  夢?夢だって?何が?ああそうか、夢か。


沈黙。


ゴゴ  なあウィル。

ウィル うん?

ゴゴ  俺たち初めて会ったのはいつだっけ?

ウィル さあな。五十年くらい前じゃないか。

ゴゴ  そんなに長いこと、なんで一緒にいるんだろうな?

ウィル たまたまだよ。

ゴゴ  たまたまって?

ウィル たまたま一緒に生きてるってことだよ。

ゴゴ  そうかい?ウィル。

ウィル そうさ。それ以外に何かあるか?

ゴゴ  わからん。


沈黙。


ウィル しかし、何かあるはずだ。

ゴゴ  何かって?

ウィル 俺たちにさ。ただ、恐ろしいのは、もう過ぎたかも知れないってことだ。

ゴゴ  それはないだろう。俺たち、ずっとここで待ってるんだからな。

ウィル そうかな?俺たちが知らぬ間に先に行ったってことは?

ゴゴ  可能性はないことはないが。でも、こうして二人で待ってるんだしさ。

ウィル あんなにどうにもならんことはないからな。ほんとに時間てやつは…


沈黙。


ウィル だが、例えばだ。例えば…、許されてるとしたら…?

ゴゴ  !

ゴゴ  ウィル!聞いたかい、今。

ウィル なんだよ。

ゴゴ  音だよ、今の音!聞こえたかい。

ウィル いいや。聞こえないよ。

ゴゴ  なんてこった、音だ!音だったんだ、俺はてっきり…そんな事思いもしなかった、なんてこった…!音だったんだ。

ウィル 何言ってるんだよお前?

ゴゴ  静かに!また聞こえるかもしれない。


ウィル 聞こえないよ。

ゴゴ  静かに…!


ウィル やっぱり聞こえないよ。

ゴゴ  …聞こえないな。なんだったんだ?あの音は。

ウィル さあな。お前の勘違いだろ。


沈黙。


ウィル ゴゴ。

ゴゴ  うん?

ウィル 俺はもう行くよ。

ゴゴ  待たないのか?

ウィル ああ。もう待たない。

ゴゴ  そうだな。

ウィル じゃあどうする?

ゴゴ  俺も行くよ。

ウィル そうだな。


沈黙。


ウィル 行こう、ゴゴ。

ゴゴ  俺たちは一人だ。

ウィル いや、二人だよ。

ゴゴ  一人だよ、ずっと一人だ。

ウィル 俺たちはいつも二人だろ。

ゴゴ  そうかい?ウィル。

ウィル さあ、もう行こう。

ゴゴ  ああ。行こう。


二人は動かない



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