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大河ファンタジー小説『月獅』23   第2幕:第8章「嘆きの山」(3)

第1幕「ルチル」は、こちらから、どうぞ。
前話(22)は、こちらから、どうぞ。

第2幕「隠された島」

第8章:「嘆きの山」(3)

<あらすじ>
(第1幕)
レルム・ハン国にある白の森を統べる「白の森の王」は体躯が透明にすける白銀の大鹿だ。ある晩、星が流れルチルは「天卵」を産む.。そのためルチルは王宮から狙われ白の森をめざす。だが、森には謎の病がはびこっていた。白の森の王は、再生のための「蝕」の期間にあり本来の力を発揮できない。王はルチルに「隠された島」をめざすよう薦める。ルチルは王宮の偵察隊レイブンカラスの目につくよう断崖から海に身を投げた。
(第2幕)
「隠された島」に漂着したルチルは、ノアとディアの父娘と島で暮らしはじめた。天卵は双子だった。金髪の子をシエル、銀髪の子をソラと名付ける。固く握られていたシエルの左手から、グリフィンが孵った。けれども、グリフィンの雛は飛べなかった。

<登場人物>
ルチル‥‥‥天卵を生んだ少女(十五歳)
ディア‥‥‥隠された島に住む少女(十二歳)
ノア‥‥‥‥ディアの父 
シエル‥‥‥天卵の双子の金髪の子
ソラ‥‥‥‥天卵の双子の銀髪の子
ビュー‥‥‥グリフィンの雛
ギン‥‥‥‥ハヤブサ・ノアの相棒
ヒスイ‥‥‥ケツァール・ディアの相棒

 誰もがソラの好奇心の強さを甘くみていた。
 生れて半年が過ぎ、春を迎えるころにはシエルも走り回り、二人はますます活発になった。絶えず海風に曝されている島は、雪が舞うことはあっても積もることはないが、冬の突風が吹き荒れる。家に閉じこもる日も多く、それだけに春の訪れは双子だけでなくルチルもディアの心も解放した。

「ピクニックに行こう」
 ディアが籠にパンやミルクを詰めながらいう。双子がはしゃぎまわる。
 ことあるごとに二人は「ピック、行こう」と籠を引きずりながらせがむようになった。
 子どもたちの脚力をはかりながら、最初は山のふもとまで。次はアナグマの巣まで。その次は、と少しずつ距離を延ばした。六度めで泉までたどり着いた。
 それにしても、とルチルは感心する。泉までは家から一キロはある。卵から生まれてまだ半年ちょっとなのに、この成長ぶりはどうだろう。人の三倍の速度で成長するとノアはいっていた。だとすると、人の子の二歳ぐらいだろうか。それでもきっとこんなには歩けない。泣き虫のシエルでも、ちゃんとついてくる。
 泉は双子たちのお気に入りの場所になった。
 水を飲みにリスやアナグマ、キツネザルなどが姿をみせる。それが二人を喜ばせた。だが回数を重ねるにつれしだいに、ソラは泉の先の森に興味を示しだした。
 泉から先には絶対に行っちゃダメと、きつく言い渡してある。それでもふと気づくと迷いの森に向かうソラの背を見つけ慌てる。そのたびにヒスイが連れ戻す。
 そんなことが続いたある日、ディアが「行ってみようか」と言いだした。
「だめよ、ノアからも二人を連れて行くなって言われてるでしょ」
「あたしも小さいころ父さんから禁止されてた。危ないから泉より先に行くなって」
 ディアは石をひとつ泉に投げ入れる。ぽちゃん、と音がしたのがおもしろかったのだろう。双子がすぐにまねしだした。
「で、どうしたと思う? あたしが父さんの言いつけを守ったと思う?」
 ディアが挑むような瞳でルチルをのぞきこむ。
「もちろん、ノー。こっそり何度も迷いの森に入って、そのたんびに、ギンに連れ戻された。とうとう父さんのほうが諦めちゃって、それでヒスイを相棒にしてくれたの。道に迷ったらヒスイを頼れって」
 ヒスイがディアの肩であざやかな翡翠色の羽を広げる。
「あたしみたいに好奇心が強いとね、ダメって禁止されちゃうとよけいにやってみたくなるんだなぁ」
 ディアがぱんぱんと尻をはらって立ちあがる。
「ソラもきっとそう。あの子のほうが、あたしより怖いもの知らずでしょ。ほら、ビューに血が出るほど突っつかれてもびくともしなかったし」
 あれはびっくりしたよねえ、と石投げにむちゅうになっている双子の姿を追う。シエルはうまく投げられないようで、石が前に飛ばず背後に落ちてばかりだ。かたやソラは両手に小石をつかみ、二石を同時に投げ入れている。
「独りでこっそり挑戦されるほうが怖くない? みんなと一緒のほうが安全でしょ」
 ディアの活発で好奇心旺盛な気性に、ソラは似ている。それにソラはなかなかの知能犯で、歩けるようになると、こっそりシエルをつねったり叩いて泣かせ、皆の注意がシエルに向いている隙に家から脱走しようとした。
 ――迷いの森よりも怖いのは、山頂付近の磁場だ。
 ノアの注意を思い出す。ノアは全力でディアを止めてくれと言っていた。でも、ディアを止めても、ソラの勝手な行動は止められない。ならばディアのいうように、しっかりと見守りながら好奇心を満たしてやったほうが、危険は少ないのではないか。
 よく考えなければ。
 ソラがビューを羽交い絞めにしたとき、ノアはソラを同じように羽交い絞めにすることで戒めた。あれからソラは、ビューを無理やりつかまえたりしない。あの子は体験させて納得させなければいけないのかもしれない。それに、これからどんな危機が二人を待ち構えているのかわからない。おそらくふつうの子よりは、ずっと大変な目に遭うだろう。危険だからと先に排除するのではなく、危難を乗り越える力をつけて欲しい。二人を守るためには、私自身もその力を身につけなければ。
「ディアのいうとおりかもしれない。勝手に行動されるほうが危ない。ディアはソラをお願いね。私はシエルと手をつなぐ。行ってみましょう。迷いの森へ。私も興味があるわ」
 もちろん森の危険性と山頂の怖さについては双子たちにしつこいほど説明した。勝手に走らないこと、とくにソラにはディアとつないだ手を離さないことを誓わせた。
「森を抜けると草原が広がってる。でも、絶対に進んじゃダメ。あたしだって父さんと一度しか行ったことがない。ほんとうに怖かった。山に飲み込まれて死んじゃうんだからね。帰れなくなるよ」
 シエルはディアの訓戒を聞いただけで怯えて泣きだし、行きたくないとぐずる。ソラは、わかったあ、とにこにこしてる。ディアはソラの前にかがんで両肩をつかみ、ソラに視点を合わせる。
「いいこと、ソラ。山につかまっちゃったら、かぁかにも、シエルにも、あたしにも、父さんにも会えなくなるんだよ」
 いつもの朗らかなディアとは違う真剣なまなざしに、ソラはこくんとうなずく。
「かぁかに会えなくなるの?」
 双子たちは、ルチルのことを「かぁか」と呼ぶ。
「そうよ」
 ルチルも膝をついてソラの目をみる。
「わかった」とソラが大きな声でこたえた。
「よし、じゃあ、行こうか」とディアがソラの手をぎゅっとつかんだ。

(to be continued)

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