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未来が見える整骨院

去年の10月からしばらくの間、私は整骨院に通っていました。

首のコリが原因とされる頭痛に悩まされていたからです。

治療の内容は主に首、肩まわりのマッサージとはり治療で、多いときは週2回のペースで通っていました。

治療を担当してくれている先生が言うには、料理人という仕事はどうしても下を向いている時間が長くなってしまうので、首や肩にかかる負担が大きくなってしまうのだそうです。


通い始めてから数回目の治療中、私はその先生から「腰は痛くならないんですか」と質問を受けました。

私は以前、何度か腰痛に悩まされたことがあったのですが、最近は特に気にならなかったので正直にその旨を伝えました。

すると先生は「そうですか」と気のない返事をするだけで、それ以上は何も尋ねてきませんでした。

その後もしばらく治療に通い続けていると、徐々に首のコリが良くなってきたようで、多少の張りは残っているものの、まったくと言ってよいほど頭痛は感じなくなってきました。

この調子でいけばすぐに全快できそうだ。

そう思ったのも束の間、私は突如として激しい腰痛に襲われたのです。

立っているだけでも痛い、歩くともっと痛い。
下着が履けない、靴下なんてもってのほか。
そんな腰痛でした。

私は整骨院に行き担当の先生に訴えました。

「腰が痛くて辛いです」

すると先生は、それはお見通しですよといった様子でこたえました。

「やはり来ましたか」

どうやら人間の体というのは、一番痛みが強い部分だけの痛みを感じるようにできているらしく、私の場合、一番重症だった首のコリが治まってきた代わりに、次に重症だった腰が痛みだしたというのです。

先先は私の腰に鍼を刺しながら、どことなく楽しそうに言いました。

「全部痛くなっちゃったら動けないですからね」と。

私は試しに、この腰の痛みが全身に広がったところを想像してみました。
するとやはり先生が言う通り、とてもじゃないですが体を動かすことはできそうもありませんでした。

その後もしばらく治療に通い、徐々に腰痛が良くなってくると、再び先生が私に尋ねました。

「腕は痛くならないんですか」

私は次は腕なのかと一瞬ひるんでしまったのですが、ここで嘘をついても仕方ありません。
私は過去に何度か痛んだ事はありますが、最近は気になりませんでしたと素直に答えました。

すると予想していた通り、腰痛が治ってくると、その代わりに腕の痛みがやってきたのです。

私は次から次へと当たる先生の予言に怯えながらも、もっと自分の体をいたわってあげるべきだったと、過去の自分を強く責めざるを得ませんでした。


その後しばらくが経ち、腕の痛みもだいぶ治まってきた頃、先生はまたしても私に尋ねました。

「胸の辺りが痛むことはありませんか」

私はこの質問に戸惑ってしまいました。

というのも、今までの腰や腕とは違い、胸の辺りと言われると何かとても重大な疾患がそこに隠されているような気がしてしまったからです。

私はしばらく黙ったまま過去の自分を振り返ってみました。

しかし、どんなに考えてみても思い当たる節が見つからなかったので、私は素直にその旨を伝えました。


すると数日後…

一日の仕事を終えて家に帰った私に、妻があることを告げました。

それは、もうすぐ小学2年生になる娘が悲しんでいるという内容でした。

「パパが土日休みじゃないから全然一緒に遊びに行けないよ」と嘆いていたというのです。

料理人という仕事は基本的に、世間が休んでいる時に忙しくなる仕事なので、土日休みはほとんどありません。

それに終業時間が遅いので、私が仕事を終えて家にたどり着く頃には娘はいつも眠っています。

今思い返してみれば、私はもう何日も起きている娘の姿を目にしていませんでした。


その夜、スヤスヤと眠る娘の寝顔を目にしたとたん、私の胸がチクリと痛みました。

そうです、またしても整骨院の先生の予言が当たったのです。

やれやれ、次はいったい何を言われるのやら。

私は娘に小さな声で「ごめんね」と言うと、すぐに目を閉じて、娘の待つ夢の中へと遊びに行くのでした。

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