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入院記録⑦-最終回-(脳脊髄液減少症による入院)※全文読めます

     

2月25日(日)入院19日目

 鈴木研一の日。

 ひとまず朝一、3日分の入院記録を見直してnoteに投稿。音楽関係の記述が増えていた。これが伏線になる。

 朝食時、パンに挟むのに適したおかずが二品出たので、いつもついてくるりんごジャムをパンには塗らず、最後に直接いただく。一度やってみたかったことを達成。

 朝食後、隣のベッドのおじいさんがなぜかイヤホンなしでテレビを見始める。看護師さんも別に咎めない(その後何か言ったかもしれない)。近距離から聞こえる、興味のないマラソン中継はちょっとつらいな、と思い、ジャム食いに引き続き、試そうと思っていたことを試みることに。

 脳脊髄液減少症の症状の一つに耳鳴りがある。現在、頭痛はほぼ治まっているが、耳鳴りは継続して鳴り続けている。耳への負担は減らした方がいいかなと思い、イヤホンで音楽を聴くことを避けていた。しかし避けたからといって良くなっているわけでもない。ならばしばらく聴き続けてみよう。

 隣のテレビの音をかき消すためという大義名分もできたので、Spotifyを起動して、何を聴こうか考える(人間椅子かな)。新しいアーティストを見つけるより、聴き慣れた人たちの方がいいな(人間椅子はどうだろう)。いろんな曲調があって飽きがこなくて(人間椅子では)。じっとしていることが多いからむしろ激しい曲調の方が(人間椅子ですよね)。

 ということで様々なアーティストを候補にあげつつ、日本のハードロックバンド、人間椅子を聴き始める。ランダム再生の一発目で流れた「芋虫」のイントロで既に魂が震えて、手先だけで踊り始める。続いて「血塗られたひなまつり」「地獄」。便秘に苦しむ93歳の隣人がいるのに、歌詞の中で尻に槍を刺される場面のある曲を聴いていた。

 ベッド上でノリノリになって口パクで歌う43歳。カーテンがしっかり閉じられていること、看護師が近づいてくる気配がないことを確認はしていた。

 ひとまず3曲で休憩して、うとうとし始める。起きたら昼食の時間になっていた。

 たっぷり寝たので昼食後はしっかり起きることに。読書と何らかの執筆をしながら、イヤホンで音楽を聴き続けることにする。先程聴いた人間椅子の3曲が、たまたま鈴木研一氏のボーカル曲だったので、以前自分で作っていた「人間椅子・鈴木研一ボーカル曲集」に、昨年出たアルバム「色即是空」の曲を追加して聴き始めた。

 解説すると、人間椅子はメンバー全員がボーカルもできる。和嶋慎治(ギター&ボーカル)、鈴木研一(ベース&ボーカル)、ナカジマノブ(ドラム&ボーカル)。ナカジマ氏は作曲を担当しないが、和嶋氏、鈴木氏は、それぞれ自分が作った曲のボーカルを担当する。世界的ブレイクのきっかけとなった「無情のスキャット」は和嶋氏が担当している。

 和嶋氏の曲も好きなのだが、時折鈴木氏の曲ばかり聴きたくなることがあり、前述のプレイリストを作成した経緯がある。そんなわけで人間椅子の曲にどっぷり浸かる。

 この日、遠い部屋から認知症のおじいさんの叫び声「おぉおい!」が延々と響いていたので、耳塞ぎの役割も兼ねていた。

 で、視聴後耳鳴りはどうだったかというと、治ってはいないが、酷くなっていたわけでもない。むしろ静か過ぎる状態になると、耳鳴りを過剰に意識してしまいがち。午前の回診の騒がしい時間に一番よく眠れるのもそのせいかもしれない。

 気がつけば日曜日。シロクマ文芸部の締め切りの日。書き出し「閏年」でネタを考える。

 PCで執筆する際には、Googleスプレッドシートに簡単なプロットメモシートを作っていた。仮の題名、登場人物、舞台、起承転結を、実際に執筆する前に書いていた。

 現在のスマホ執筆状況だと、上記シートが小さくて扱いづらい。それもあり、今回は冒頭だけ決めて、後は行き当たりばったり式で書くことに。結構伸びる。

 執筆中は、先日リハビリ室のFMラジオから流れてきた、アジアン・カンフー・ジェネレーション「アンダースタンド」をリピート再生しながら執筆。このやり方も久しぶり。周囲の人の四分の一のスピードでしか成長しない主人公に、最初は何度も「分かるかい?」「分かってくれるかい?」と言わせていたが、後に削除。

 昨日のリハビリ祭りの影響も特になし。あれ、もう退院してもいいんじゃね? となる。

2月26日(月)入院20日目

 朝食時に写真を取り忘れる。入院以来初めてのこと。おかず2品が両方ともパンに挟むのに適していたので、りんごジャムを塗らずに取っておき、最後に甘味として味わう。入院中に一度はしてみたかったことを達成。


 主治医の先生に「大きなくしゃみをしても頭に痛みはなかったし、たくさんリハビリをしても大丈夫だった」ことを伝え、「自分としては早ければ明日にでも退院できそうな感じです」と伝える。
「じゃあ、そうしましょう」と退院が決まる。

 この病気は外からは症状が分からない。入院直前の身動きできないくらいの激しい頭痛に比べれば、現在は無風といえる。鳴り続けている耳鳴りも、生活に支障が出るレベルではない。だからこその怖さもある。朝に感じたちょっとした頭の重みが、夕方に激痛に変わりはしないか、と。

 しかしリハビリというより、もはやトレーニングジムにいるようなメニューをこなしている身では、入院している必要もないだろう。

 退院が決まったことを妻に知らせる。同時にお金の不安も一気にやってくる。

 この日のリハビリは3回。今後の職場復帰についての不安の話などもリハビリ中にする。以前と同じ仕事に復帰して、1ヶ月働いて再発、また5週間職場に穴を空ける、なんて生活はやっていられない。

 長らくお世話になった理学療法士さん、作業療法士さんにこのnoteの営業もしておく。

 最後の昼食は牛丼。テンション上がりかけるが騙されない。一見派手な献立の場合、薄い味付けに落ち込みがちだから。

 貯まっていた洗濯物を妻に引き取りにきてもらう。明日退院時の打ち合わせなどをする。

 夕方の最後のリハビリ後、空腹に耐えられなくなる。これまではこんなことはなかった。退院効果か。1回の食料自販機でパンとアルフォートを買う。入院後初めての間食をする。世界には菓子というものが存在していた。

 退院が決まって気が抜ける。リハビリ以外はだらだらと過ごした。

 病室で遠慮なく屁をこきまくってるのは私一人だと気がつく。

 夕食には理想的なポテサラが出る。前回のさつまいもポテサラレーズン事件のリベンジ成功。

 よく考えたら退院準備のために荷物をまとめていかないといけない。あれこれやらないと。そう思いながら、YouTubeで平沢進「白虎野」のライブ映像を見る。分かりやすく説明すると、「退院準備をしなければ! 何から始めよう! 平沢進『白虎野』を観よう!」というわけだった。

 入院生活最後の夜は、夜中何度も機械の警告音が鳴ってあまり眠れず。

2月27日(火)入院21日目 退院日

 
 主治医の先生と今後の話と、日常生活での注意の最終確認。
・頭痛の元となるような動きはしないこと。自分では大体この動きがまずそうだな、というのはわかる。うつむく姿勢など。
・長くいきむ行為はしない。
・極力重い物を持たない。

 今後2週間の日常生活を過ごし、3月12日に外来受診、検査と診察。経過良好なら仕事に復帰。

 光量調節用に洗濯バサミで張っていたタオルを外す。「私のベッド」から「病室のベッド」へと変貌していく。顔を合わせる機会のあった方々に退院の挨拶をしていく。同室で積極的に他の人に話しかける方がおり、少し話す。入院中のBluetoothマウスとキーボードのありがたみを推していく。ついでにこのnoteも営業しておく。

 病室を去り際、これまで言葉を交わしたことのなかった、向かいのベッドのおじいさんから「がんばれよ」と言う言葉をいただき感極まる。

 入院階から離れる時、エレベーターに乗り込む前に頭を下げる。しかしこの動きはあまり頭によろしくない。今後感謝の意を示す際には、ドレスの裾でもつまめばいいのだろうか、などと考える。ドレスは持っていない。

 妻と娘(現在時々登校中の小学5年生)と1階で合流。久しぶりの娘との対面は軽いハイタッチ。入院中さらに伸びた身長で、妻を上から目線で見下ろしてじゃれ合っている。

 高額医療費制度のおかげか、入院日数の割には少なめの入院費。とはいっても手持ちはないので、手付金を少し払って、次回診療時に支払い予定。

 病院を後にして、すぐ近くにある、最初に駆け込んだ脳神経外科医へと歩く。入院した病院からの共有カルテやDVD-Rを渡すため。受付でその旨を告げると、「救急車で緊急入院した人」として覚えられていた。

 病院の最寄り駅までは10分、そこから一駅で我が家の最寄り駅。駅からは5分で家に着くので、タクシーは使わず徒歩と電車で帰る。入院前には始まっていなかった工事中の道がある。軽装だった入院中と違って、分厚い上着が重く感じる。退院直前に体重を測ると、入院前より3キロ痩せていた。
「パパが入院してから3日後、けんちゃんが寝る時でっかいおならこいたんだけど、必死に寝た振りしてごまかそうとしてた」
「下着がケツに食い込んだ回数は22回」
といった娘の話を聞く。電車の吊り革の高い方も掴めるようになったと自慢げに実行する娘。一生懸命手を伸ばせばどうにか届く妻。

 息子の使用するタブレットでマイクラのバージョンを最新にアップデートした後、昼食は後回しにして昼寝する。
「頭が痛いわけじゃなくて、昨日あまり眠れてないから」と、妻と娘に説明しておく。心配されないように。

 約3時間眠る。時々今寝ているのが病院のベッドか家の布団か分からなくなる。

 病院のベッドから起き上がる際と、家の布団から起き上がるのとでは、だいぶ高低差があるので注意する。いきなりの大きな頭の位置移動は危険であるから。

 入院食には絶対出なかった納豆を食すと、家に帰ってきたという実感が湧く。

 妻が息子を幼稚園に迎えに行く間、私の靴を下駄箱に仕舞う。その他、私の帰ってきている痕跡を隠す。息子には私の退院をまだ知らせてはいなかった。直前に退院取り止めになる可能性もゼロではなかった。サプライズは妻の提案。

 私に気づいた瞬間の息子の顔を見たいため、かけ布団を荒く被って和室に待機。
 妻と息子が帰宅。ヘアバンドで目隠しをされた息子が娘に引っ張られて近づいてくる。
「ねぇね、なーに?」新しいおもちゃでもあるのかと、笑いながら息子は近づいてきた。
 ヘアバンドを取り、怪しげな布団に気がついた息子。笑顔が不審げな表情に変わり、布団の隙間から見えた私の顔に気づくと、驚き、やがて泣き顔に。

 昨晩の電話では「早く帰ってこないとカンチョーするよ! マイクラのアップデートして!」などと憎まれ口を叩いていたのに。3週間ぶりとなった再会の瞬間には、静かに涙を流し始めた。
 息子を抱き寄せ、こちらも涙声で「ただいま」と言って背中を撫でた。

エピローグ

 無事アップデートしたマイクラで遊んだ後、お風呂の用意の際に息子は自分の着替えだけではなく、ドライヤーや保湿クリームも準備してくれた。そこそこの高さにあるコンセントに届くようになっていた。

 あまり激しい動きはできない。頭は極力動かさないようにする、だっこはできない、などを息子に伝えた後、久しぶりのドラゴンボールごっこをする。入院前は悟空と悟空ブラック以外の全ての役割を私が演じていたが、息子が演じる役が増えていた。
「悟空と悟空ブラックと偽物ベジータでフージョンするからね、フージョンって本当は二人でするけど、今だけ3人でもいけるってことね」
 ああ、合体したいなあ、そんな悟空の独り言から始まるショートコントを、息子は演じ始めた。

(了)

参考:入院直前のドラゴンボールごっこの様子

 ご心配をおかけました。
 今後の2週間の日常生活での経過観察、その後の職場復帰可能かどうか、まだまだ不安の残る日々は続きますが、ひとまず入院記録は終了となります。

 昨年にも似たような時期に頭痛の酷かったことがある、と本文中に触れていますが、思い返すと2年前にも似たような時期がありました。今回の入院直前の、歩くのもつらいほどの激痛には至らなかったものの、以前から症状はあったのでしょう。

 脳脊髄液減少症は、知名度の高い病気とはいえず、難病指定もされていません。詳しい医師のいない病院で診察されても、この病気だと診断されない可能性もあります。しかし市販の痛み止めで誤魔化していても、治る病気ではありません。頭痛持ちの方は、決して症状を軽視しないように。突然の家族との長い別離生活はつらいものです。

 読んでくださった方、記事を購入してご支援いただいた方、入院生活の間お世話になった病院の皆様、noteやXでスキ、いいねをくださった方、記事を紹介、オススメしてくださった方々、ありがとうございました。

 最後に、私の不在の間、家庭を支えてくれた妻に感謝します。


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