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令和なのにやり方が昭和、いや、大正?年代がいつであってもこんなやり方では先がないと思う


学校の授業中に答えられない生徒を立たせたままにしている先生がいる。

先生の許しが出るまで立っていなければならない。

答えを間違えたらどうしようという不安から言葉につまってしまう。

ウチの子がまさにそれ。

泣きながら、相談された。

怒りをおさえながら連絡帳に書く。

やり方に口を出すつもりはなかったが、このままでは伸び伸びと発言できなくってしまう。

学校にいる時間の方が長くなるのだから、学校は、しかもまだ低学年ならば伸び伸びでいいんではないかと思う。

答えられないことが悪いんではない。
答えられる環境に導かない教師が悪い。

きっと私が連絡帳に書いても、ほとんど子供の気持ちは伝わらないように思う。

氷山の一角にすぎない。
こういうやり方をする人は、まだまだ沢山の醜い部分を弱い立場の子供にぶつける気がして仕方ない。

理想の教師、理想の師匠に出会えたならばその生徒、弟子はすごい勢いで成長を遂げるだろう。

教師、上に立つ者、リーダー、社長、先頭に立つ者は、権力を振り翳さず、立場の弱い、小さき者の立場にたてる人間であってほしい。

どこまで私が母親として我が子を守ってあげれるかわからない。
自分の力で生き抜く強さを身につけてほしいとも願う。
自分らしく、意見を言う強さももってほしい。
意見は自由にあっていいのだから。

ただ、その自由が人を傷つけない愛のあるものならば最高だと思う。

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