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雲紙本和漢朗詠集 伝藤原行成(国宝予定) 研究員さんギャラリートーク@皇居三の丸尚蔵館 詳細解説を聞いて解像度200%


雲紙本和漢朗詠集、現物は1000年前の平安時代中期のものだということが終始現実とは思えない強烈な美しさ「どうしてこんなに美しい?」知りたい衝動にかられる中、研究者の方の説明を聞けるという神イベント。そして、驚きの綺麗さを目の当たりにした参加者の方々からあふれ出る「巻物細部・保管状況・原料って??」と、初めて聞く単語だらけのディープな質問の数々で理解度がとんでもなく上がりました

冒頭の写真
この類例を見ない貴重な斜めのデザインは4/7まで!
巻物前半 対角線(斜め)、 巻物後半は天地(縦)デザイン

雲紙本和漢朗詠集【第3期】の会期内で巻替えあり
巻物前半   前期 3/12-4/7 展示
巻物後半   後期 4/9-5/12 展示
※前期後期でデザインが変わる


ギャラリートーク概要

皇居三の丸尚蔵館 開館記念展
皇室のみやび―受け継ぐ美―
第3期「近世の御所を飾った品々」
会期
令和6年(2024)3月12日(火)~5月12日(日)

【第3期】は京都御所・桂宮家といった
皇室関連の組織に伝来したものを中心に展示

ギャラリートーク 書跡パートの回
開催日:3月20日(水・祝)開催 
説明:高梨真行氏(三の丸尚蔵館主任研究官)
場所:展示室内の展示物近くで開催

書跡類 3点 について高梨さんから詳細な説明あり
 雲紙本和漢朗詠集 伝 藤原行成 /平安時代 (11世紀)
 更級日記 藤原定家 /鎌倉時代 (13世紀)
 古歌屏風 八条宮智仁親王 /桃山時代(16~17世紀)

この記事は雲紙本和漢朗詠集説明部分について記載
更級日記の説明部分はこちらの記事

【祝】雲紙本和漢朗詠集  国宝予定!

つい先日2024年3月15日文化審議会が国宝に指定するよう文部科学相に答申し、近日国宝になる予定のもの
(会期中に正式になるかもしれないすごいタイミング)
研究員さんからは「私から ”なります” とは言い切れませんが “なるはず” です」オンタイムの貴重な説明 
 
<元々国宝級だけれど…このタイミングで国宝の理由>
宮内庁管轄下のものは文化財保護法の対象外であったため、この雲紙本和漢朗詠集も国宝ではなかった。(正倉院に納められている宝物が宮内庁管轄下のために国宝や重要文化財に1つも指定されていないのと同様)
三の丸尚蔵館所蔵の文化財は2023年10月に宮内庁から国立文化財機構に移管され、文化財保護法の対象となったことから(国宝・重要文化財などに指定されるように

施設名も宮内庁三の丸尚蔵館から皇居三の丸尚蔵館へ

展示の様子

あまりに美しくて空間ごと発光しているよう
1000年前のものが信じられなくて何往復したか分からないほど
雲紙本和漢朗詠集 巻上 伝藤原行成ふじわはらのゆきなり/平安時代(11世紀)
紙本墨書 京都御所伝来


▼高梨研究員の解説より

雲紙本和漢朗詠集くもがみぼんわかんろうえいしゅう名称の由来

分解すると 【雲紙】+【和漢朗詠集】
■雲紙     
紙の装飾の名称で青い部分「打曇りうちぐもり」といい
打曇りをしている紙のことを「雲紙」という 
■和漢朗詠集
「和歌」と「漢詩」のいい歌を  
藤原公任ふじわらのきんとう (「光る君へ」町田啓太氏) が選んだもの 

雲紙を使っている
和歌と漢詩のいい歌を藤原公任が選んだもの

青い「打ち曇り」のデザインの紙に
ひらがなの和歌の部分と漢字が交互にやってくる
雲紙に藤原公任が選んだ和歌と漢詩を藤原行成が書いたと伝わる
雲紙本和漢朗詠集

■藤原公任とは
和漢朗詠集を作った藤原公任とは
政治的にはお父さんの代で没落し不遇であったが、
ひじょうに頭が良かった
漢籍(漢文)への造詣が深い人
 
 


公家の世界 必須の教養だった和漢朗詠集

"頭の良い藤原公任が選んでいる" とあって
後々の公家が和漢朗詠集を勉強に使おうということに

平安時代から江戸時代にかけて
朝廷に仕えていた公家の必須教養2つ
古今和歌集(914年頃 紀貫之など)
      天皇の命で作られた最初の和歌集
和漢朗詠集(1013年  藤原公任)
 
教養=政治=出世
和歌漢詩が書けないと
公家の世界で食べていけないので必死だった

そんな公家の世界で必須だった和漢朗詠集を
ひじょうに綺麗に書いたものがこの作品
 



 -藤原だらけなのでおさらい補足-
▶︎和歌と漢詩を選んで和漢朗詠集を作った人 藤原公任
 光る君へ
でいうと町田啓太さん
▶︎雲紙に和漢朗詠集を美しい文字で書いた人 伝 藤原行成
 光る君へでいうと渡辺大知さん




伝 藤原行成…今では源兼行筆といわれる

藤原行成が筆者だと言われてきたが、公家 源兼行が書いたものだと言われている
 

■源兼行の有名な書とは

①平等院鳳凰堂の扉絵の文字
「平等院鳳凰堂色紙形」
文字を書くスペースがあり、そこの文字は源兼行
平等院鳳凰堂は10円の裏のモチーフになっている建物

 
②「延喜式」の紙背文書 東京国立博物館所蔵
延喜式の紙背(紙の裏面)に書状が存在し、その中に皆兼行の書状があり、その筆跡と雲紙本和漢朗詠集の筆跡同じ 

ということで、今では源兼行の字だと言われている

 
 

こんなに綺麗な紙に和漢朗詠集を書く理由

■贈答品の最高級品

贈答の世界で「字が上手な人」に「皆が知っている有名古典の和漢詠集」を書いてもらってプレゼントすると
貰った方もひじょうに嬉しい
  中身の教養+見た目が綺麗 → 贈答品として最高級
 

■雲紙本和漢朗詠集は「調度手本」

華麗な料紙に能書が書かれたものであり、つまり
高い技術と教養を兼ね備えた書の名人(能書家のうしょか)が写した書道の「お手本」

美しい文字は「贈答儀礼」で使われる
ということがこの作品から分かる



雲紙本和漢朗詠集はこの時代屈指のもの

鎌倉時代も室町時代も雲紙はあるが対角線上に藍の色部分が出てくるのはおよそ無い。ほとんど対角線のものは無いくらい稀少なもの
 
 
 

雲紙本和漢朗詠集 前半と後半でデザイン変わるドラマチック

打ち曇り部分(青いところ)の位置が、同じ巻子かんすの前半と後半で移り変わる

巻物前半 対角線(斜め)デザイン  前期 3/12-4/7 展示
巻物後半 天地(縦)       デザイン  後期 4/9-5/12 展示

前期展示 斜めデザイン
後期展示 縦デザイン

文字が読めなくても
綺麗な紙がドラマチックに変わっていく
その変化を楽しめる

高梨研究員  奥ゆかしいお言葉
「宣伝じゃないけれど…
 でも良ければ後半も見に来ていただければ…」



藤原行成が書いたと言われてきたのは近衛家が一時的に持っていたことに関係

江戸時代中期の公家  近衛基熈このえもとひろ奥書おくがきに「藤原行成の筆である」と書いてあったので「藤原行成の筆」だと言われきた
今の学術的評価では藤原行成ではなく源兼行が書いたものとなっている。奥書を書くということは人の所有物に書くとは考えられないので、近衛基熈もとひろが持っていたと推測している
 

■三の丸尚蔵館の伝来記録

・昔の紙本の収蔵状況を台帳などには、御在内ございないと書かれている
・近衛家で一回持っていてどこの時点か分からないが(今後分かる可能性もなくはない)その後に近衛家が禁裏きんり(皇室)に献上してその後ずっと宮内省、宮内庁で管理してきた

→ここからも天皇と上級公家との贈答関係が分かる
 

■近衛家からの献上時期とは

明治時代にも近衛家が皇室に献上したものが三の丸尚蔵館にたくさんある。
その中にこの和漢朗詠集は含まれていない
→よって、明治時代以前に近衛家から江戸時代の禁裏御所(皇室)に献上されたものではないかと推測
 
 

皇室の中でも格別に大事にされてきた雲紙本和漢朗詠集

平安中期のものがこんなに綺麗に残るのは奇跡としか言いようがない。それだけあまり開いていないと思われる。色もひじょうに鮮やかに残っていて稀有な作品
つい先日文化庁が国宝になるとの通達があったほど、学術的にも評価されている作品
 
 

和漢朗詠集の人間味 最初と最後で筆跡違う

人が書いているので最初は緊張しているので固い。後になると勢いがついきて、勢いにのると人は書き間違える
■書き間違い小刀で削る
当時消しゴムが無いので文字を間違えると文字の表面を小刀で削る。そして墨を物理的に無くしてしまうということをしていたりもする。
前半と後半で差があるのが面白い
最初と最後なら最後の方が面白い。前期で前半部分のやや緊張している文字を見た後で後期に後半部分のはっきりダイナミックになっている差を見てもらうのもこういった書の楽しみの一つ
 
 
 

鑑賞ポイントまとめ

⚫︎とにかく料紙の綺麗さ文字の綺麗さを
 ただひたすら堪能する
⚫︎前期・後期の展示両方見ると
 最初と最後の方の筆跡の違いを楽しめる

◼️前期展示部分 全画像


 
 
 
 

藤原行成が書いたという評価の基準とは

行成は有名な割に書の数がそこまで残っていない  
行成の漢文の字はこれ、かなの字はこれ、というような基準になるものが明確なわけではない。(このあたり諸々聞き取りきれず曖昧な情報)伝 藤原行成の中でも、「本人に近い」と思うものと「これは本人とは違う」というのがある

<裏付けとなるようなもの>
三の丸尚蔵館に権記を本人が写した漢文ではないメモ書きのようなものがあり、そういった裏付けになるようなものから評価している。行成の自筆の日記が残っていれば面白かったと思うが、残っていない
 
 
  

あまりに綺麗すぎる異次元の平安時代書物 ディープ質問編

この形を留める背景について 
巻物細部・保管状況・原料など 

奇跡の美しさ「カビ」「しわ」「虫食い」がほぼ無い

だいたい「カビ」「しわ」「虫食い」にさらされるのに
全てほぼない異次元

どこを見てもヨレたり傷んだり見当たらない
巻かれているところも美
直接見るともっと白い
巻かれてるところもきちっとしている
最近作ったと言っても信じてしまうレベル
当日も圧倒されたけれど、画像見返してもやっぱりすごい


あまりにシワがない
・巻子は巻くと横のしわができるが冒頭こそ横ジワがあるが開いていくとシワがない
・開く閉じるを繰り返すと痛むのであまり開いていないということが分かる
・湿気対策として年に1回か2回開くときはある
・今の時代の方が開いて展示しているので過酷なことをしている
 
あまりにカビがない
水の害も受けていないし極めて保存状態がいい
普通もっとカビなどあるが全然カビがない 
 
あまりに虫食いがない
平安のもので虫食いがないのは奇跡  
 

江戸時代まで紙は貴重だった
このレベルの良い紙を使っているとこを見ると
平安貴族のお金のかけ方はとんでもない


 

巻物本体の細部は?

形状
最初から巻子だったのではと思われる
 
裏打ち
修理しているので糊が強くて反っている 修理は平成に入ってから行った
 
裏面の装飾
今見られる裏面の金箔は後から施したもの 
ただし、当時から今残るような金箔を施していたかどうかは分からない
 
 
紙の材質
・雁皮紙という高級紙
 岩山に自生している雁皮という木からできていて
 その木を入手するのは大変
・厚手の雁皮紙を使っているので丈夫で高級で
 丁寧につくらているものだと分かる
・色は若干、たまご色(鳥の子色とも言う)
・雁皮は光沢があって綺麗
・表面が平らなので筆が滑らかに書ける
・墨を吸わない素材
 
・紙に塡料てんりょうを塗って色を白く見せるために米の粉を入れている
※平安時代中期から米の粉を漉いて入れるということをしていて発達するのは室町時代

確かに光沢があって高級感
白いのはお米の粉だった
平安時代から耐久している雁皮紙…凄い
ズームしても美   貫之



   

人に見せる用の「良い紙」とはどういった原料・特徴があるのか

雁皮がんぴを使うか、こうぞ三椏みつまたの混合の紙を使用

「光る君へ」×おじゃる丸コラボ 平安ツアーでおじゃる!
で福井県の和紙の伝統的な製法を紹介していた
和紙の原料となる木の違い

雁皮がんぴ
光沢があって綺麗 
表面が平らなので筆が滑らかで書きやすい 墨を吸わない
  
こうぞ
光を受けて白くは見えるがキラキラした感じはない
繊維が太くて墨を吸うのでにじむ
  
三椏みつまた
三椏が主流になるのは江戸時代
三俣は産地を選ぶ 栽培しているのは東海地方
流通が発達していない中世でいうと伊豆半島あたりの文書に使われているがその他の地域では三椏はあまり出てこない

今度展示予定の「金沢本万葉集」(平安時代)は、雁皮と三椏の混合なので
三椏も平安時代にも使われているが栽培地域が限られているので少ないのでは


 
 

昔から伝わる書物劣化対策とは

書物の保管方法
平安は分からないが江戸時代の大名家の蔵を見せてもらうと棚になっていて全部横置き。冊子も重ねて置いてある。巻子も同じように巻子の箱があって箱ごと棚に入れる。湿気があるので地べたにはおかない
 
保管する蔵 日本人の知恵
蔵自体も火災や水災、湿気などの影響をなるべく受けないようなところに建てられる。少し高台など計算されてつくられている。名主の家なども自分の家のところが塚になっていて、洪水で水が来ても直接浸水しないような仕組みになっている。古い時代から自然災害に対する対策を日本人はしてきた
 
虫干し
虫も死滅するし湿気も飛ぶということを昔の人は知っていた。あまり乾燥させすぎると逆に収縮してしまう
今は湿気がすごいので秋から冬にかけて干すのがよい 
 
 

保存状態に影響を及ぼす材質とは

とにかくでんぷん質が関係してくる
塡料
紙に塡料てんりょうを塗って、色を白く見せるために米の粉を入れていると、でんぷん質なので虫にものすごく食われやすい
かれた紙に塡料てんりょうを入れているかどうかで保存状態への影響が変わる
 

のりがついているとでんぷん質なので虫は大好き粘葉本《でっちょうぼん》という重ねて綴じる装丁法だと糊の部分が食われる
 
胡粉こふん(貝殻の粉)は虫食いにはそれほど影響しない
 
 
虫食い耐久度  楮<雁皮
主要な紙の原料、こうぞ雁皮がんぴだったら楮の方が食べられやすい。おそらく繊維がやわらかくて食べやすい
残された書物を見ると楮のいたむ確率が高い


さいごに
平安から現代まで美しくあり続けた背景への理解度がとんでもなく上がり、他の文化財の見え方も大きく変わりました。綺麗に残してくれた過去の人々に思いを馳せずにいられない まさにー受け継ぐ美- 圧巻です
 

◼️ギャラリートーク更級日記編はこちら

◼️藤原行成の貴重な真筆見てきました
藤原行成、藤原公任、藤原佐理の書を展示

◼️中世近世の美術品の伝来に外せない情報
ギャラリートークで驚いた皇室と上級貴族との贈答品ネットワークについて

◼️文藝春秋2024年5月号 書画を楽しんで鑑賞するコツ
皇居三の丸尚蔵館の島谷弘幸館長と磯田先生
開館記念展「皇室のみやび―受け継ぐ美―」第2期会期中の対談。大河ドラマ「光る君へ」にも登場する藤原行成が書写したとされる書《粘葉本(でっちょうぼん)和漢朗詠集》など、第四期(5月21日〜6月23日)に展示される貴重な品々も特別に見せてもらう

◼️皇居三の丸尚蔵館 館長 島谷幸弘さん 連載
【書の楽しみ】雲紙本和漢朗詠集についての記事

↑他の書についての記事も素敵な文章で解説

◼️収蔵美術品を綺麗に保つための熟練の技


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