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第三詩集『過去片―あなたは少女―』


あなた

ほらね
私はあなたにそう言いたい
何にも知らない少女のあなた
髪を切ったばかりのあなた
 
そうね
私はあなたにそう伝えたい
憧れの歌手の真似をするあなた
夢ばかりを見てため息をつくあなた
 
あなたは
いつだって足りないものばかりを探している
哀しい人ね
あなたは
気付いたそれに自分なりの餌を与えている
楽しい人ね
 
哀しいからといって
美しくないわけではないし
苦しいからといって
幸せでないわけでもない
 
ほら、みっともないわ
私はあなたのことをそう思う
沈黙を知らないあなた
傲慢の正義を振り翳すあなた
 
ね、これでわかったでしょう?
したり顔であなたは私に言うのかもしれない
肩をすくめて苦笑いを返してあげる
いいえ、ちっとも
 
楽しいからといって
辛くないわけではないし
嬉しいからといって
切なくないわけでもない
 
私はあなたに言いたい
愛される術を身に付けなさい
あなたは自分を許せるのだから
あなたはまだ少女なのだから
 
正直に生きなさい


あなたの

あなたは孤独な美しさ
あなたは無垢な恋人さ
あなたは静寂の刹那さ
 
悲しいことに
あなたのことは知らないの
その瞳もその頬も
あなたの瞳は何色なのかしら
 
ひとり、孤独な宇宙に問いかけてみた
 
甘い甘いココアの外側
赤い髪の女の子が微笑む
沈みゆく太陽に
春の始まりを感じていた
 
あなたの無機質な優しさ
あなたの虚偽的な温かさ
あなたの無暗な高慢さ


雨、眠り姫、赤信号

雨、アスファルト、雨
赤信号、テールランプ
私たち、何も変わらないのね
 
あなたは再会を誓ったけれど
私たち、きっと変わってしまうわ
誰も知らない過去の夢
 
明け始めた空を見て
今夜も眠れなかったのだと知った
暮れ泥む太陽を見て
明日も起きなくちゃと憂鬱になる
 
左胸、手術痕、鼓動
見返したいと思った未来
夢見がちな少女は夢ばかり見て
そのうち眠り姫になるのかもしれない
 
落ちてゆく瞼、父親の鼾、羽毛の中
月が優しいなんて知らなかった
陽が冷たいなんて知らなかった
恥じらいばかりが増してゆく日々に
友情など存在しない
 
あなたはまるで分かっちゃいない
傷つけることばかりが得意になって
誰も彼もが泣いているなんて
まさか
笑っているだなんて
 
清々しい炭酸飲料を飲み干して
からっと晴れた心の空に
私は一人で立ちすくむ
 
おとといきやがれ
なんて怒鳴ってみては
恥ずかしくなって俯くの
 
赤信号の空に
雨がざあざあと降ってくる
あなたがあの日に誓ったのは
不確かな未来を不確定にするためだったの?
 
ぽつぽつと
黒い傘に
雨が降る
 
何も知らないような顔して笑う子どもたち
あなたは何を見てきたの?
私たちはどうなるの?
募る疑問もぶつけられず
そこに友情など存在しない
 
只あるのは醜い羽根と
飛べなかった眠り姫だけ
炭酸水をもう一つ頂戴
そしたら、私、目覚めてみせる


紅色

洒落たワインを嗜んで
洒落たヒールを履いて
洒落た唇を震わせて
今夜も紅色一色に
 
鳴いても啼いても
哭いても亡いても
醒めぬ酔いに
 
紅く紅く
染まる夢の空
 
何時迄だって
着飾って
白い肌に映えた紅の爪痕
 
何時迄だって
待ち望む
晴れた空などいつから見えなくなったのか
 
今夜も
今夜も
夢は見ない
 
ただただ紅の花が
咲き乱れるばかり


あなたに

風が冷たくなってきて
私は今日も伸びをする
世界は少しだけ張り詰めて
私は今日も息をする
 
さよならを告げたのは
丁度こんな日の朝だった
世界はまだ残酷ではなく
私はまだただの子どもで
 
あなたはいつも
笑顔で私を許すばかり
 
葉が散って
ススキの迷路と
赤い太陽
黒く伸びたあなたの影と
そこに寄り添うあの頃の私
 
風が冷たくなってきて
私は今日も伸びをして
世界は少しだけ張り詰めて
私は今日も息をして
 
あなたを思い出す


名詞停まり

孤独と対局にあるひとり
彼女の代わりにはなれないし
彼女の強さは私にはない
 
醜いまでに捻じ曲がった本能
汚れてしまった悲しみとはよく言う
 
破壊したい秘密ばかりが胸を焦がす
何気ない日常こそ綱渡り
健気に尽くすのは自分に何も無いと知っているから
悲しいほどに縋るしかない
 
何も無い、こともない
そう本能的に知っている強靭さ
壊れたスニーカーは
もう一つの可能性の示唆として
誰かに壊されたのかもしれない
 
会いたくない

会いたい

孤独なひとり

酷似する
 
独りよがりな見解
南国に置き忘れた絵日記
切りすぎた前髪
 
何も無い、と知っている


哀しみの炎

悲しみに暮れても
鳴けない子どもだった
でもたぶん
どこか苦しかったのだと思う
 
燃えるように
哀しかったのだと思う
 
涙は
小さな小さな炎となって
私を浄化させる
あなたの去った背中を見送って
私は私を清めたもう
 
あなたは笑う
あなたは語る
あなたは彩る
 
それももう今日で終わり
あなたのためでない涙のおかげで
私は新しい私だけの彼を探しに行く
 
燃え尽きたその後に
小さな涙の結晶だけが
たったそれだけのことが
私を生かす
 
赤く染まる世界を見て
赤く滲む世界を眺めて
赤い赤い嘘を吐く
 
あなたはあなたを語っていて
私は私を燃え続けさせるから
悲しい炎が私たちを生かすのよ
それだけは知っていて
 
青のような白のような
それでいて温かい
私の瞳に宿るもの
 
それじゃあ、また会いましょう
決してあなたの前では見せなかった
決してあなたへの悲しみではなかった
けれども
けれども
 
今夜も
私は哀しみの炎を灯す


梅雨前線の影響で

インド風の洋服を
甘い金平糖が
私の気分を良くさせる
 
肌寒い雨の空気
曇り空が私を彩る
亜熱帯の中
探し求めていたのは貴方
 
昨日の記憶は遠い彼方
それ故
彼の視線を殺した
今日の私は私でないの
知らしめるように私は残酷だ
 
会いたいという欲望は
耐え切れるまでに
悲壮なものだ
まるで穏やかな絶望のよう
 
世界をくださいと
差し出した両手に
一欠片のチョコレートさえ
落ちてはこなかった
 
今年初めて履いた
サンダルは
外気の空気を吸って
歩き出す
 
私の両足に発言権はない
何処へ行こうか
そんな相談が聞こえてくる
行く場所がないのなら任せて
夜のお祭りに連れて行くわ
 
胸元に着けたくじらが踊る
私が愛されたかったことの証明として
頭に着けたターバンが眠る
あの日の夢をまた見ているのか
 
肌寒い雨の空気
曇り空が私を嘲る
亜熱帯はない
探し求めていたのはきっと私
 
明日の過去は何を選ぶか
満たされたくて鳴いていた
夏が来る、その前に
やってくるのは梅の雨
 
雨上がり
貴方の未来と握手を交わす


小さな秘密

小さな嘘を吐くにはぴったりの夜
激しい雷雨は心まで蝕むのだわ
まるで空が泣いているかのよう
 
黄緑色のネイルがよく映える
私もあなたに好かれてみたかった
とは言えそんなことは夢のまた夢ね
 
小さな嘘はやがて大きな秘密となる
良いと思われたことでさえ
誰一人傷つけていないなんてこと
ある訳もなく
 
ゆったりとした気質を持って
まるで傲慢な女王様のように
凛としたその佇まいは
あなたに自信を与えてくれる
 
細やかな祈りを捧げたわ
何にもしてくれない神様に
本当に細やかな願い事よ
大した期待もしていないしね
 
きちんと肩を並べましょうよ
こんなにも楽しみにしているのは
私だけなの?
新しい鞄なんかも買っちゃって
 
これで世界でも滅びてみなさい
私は泣くためのバスルームも
失うのよ
一体どこでマスカラお化けになれば良いっていうの
 
だからね
これは小さな秘密なのよ
残念ながら口は閉ざさなくちゃいけない
平穏な毎日のためにも
 
だからね
これは小さな願いなのよ
悲しくも誰にも相手にはされていないけど
勘違いしないでね
 
だからね
秘密、なのよ


カラカラ、ガラガラ、そして私はいなくなる

夏の暑さに浮かされないように
しっかりしろと言い聞かせた
結局、私は矛盾ばかりの人間で
結局、何一つ成長などしていなかった
うだるような、二年前のあの夏から
 
何を知っているのか
と問われる度
何も知らないことは罪なのか
と問い返したくもなる
 
火照った喉
くらくらと
慟哭する瞳
 
アルコールの入った身体に
アラームの音が刺さってくる
まるで私のすべてを否定しているみたいに
 
つまりはそう
私はくしゃみだけをして
生きていたくて
けれども
結果は必ずしも付いてくるわけではなくて
けれども
夢は必ずしも楽しいものばかりではなくて
 
ガラガラガラ
抽選会で飛び出してきたのは
白い玉
ポケットティッシュは
参加賞
 
カラカラカラ
いつかの私が泣いていて
なみだ
エアコンから流れる風は
せかい
 
いつだって泣きたいような気がしていて
いつだって誤魔化したいと思っていて
いつだって正当化しようとしている
 
カラカラカラ
空き缶が世界を変えるのなら
私はもはやここにはいない
 
ガラガラガラ
喉の嗄れた声だけが聞こえるのなら
私はもはやここにはいない
 
いないということで
私は私を知らしめたい
いないということ、それは
私が生きていることの証明なのだ


つれづれぐさ

両手を広げて空を仰ぐ銅像
まるで雨乞いをしているように見えたのは
雨が降って銅像の表面が鈍く光っていたからかしら
 
その前で
 
この未熟さは死ぬまで続くのかもしれないね
なんて、何処の誰とも知らない誰かが嘆いていて
結局それって永遠ってことなんじゃないかな
なんて、私は心の中で答えてみたりもした
 
あるいは
 
これから先、私は鏡を見る度に
あの子のことを思い出すのかもしれないな
なんて、考えたりして
あの子っていうのは
化粧を知らない彼女のこと
それってつまり
化粧を知らなかった二年前の私に
よく似ていたりもする
 
それから
 
本当に些細なことかもしれないけれど
どうして何かを伝えたいとは思わないのだろう
と疑問を持っていたこともあって
何かを伝えないっていうのは
何も言葉にしないってことで
なるほど、
言葉にすることは伝えることそのものだ
と知ったかぶりの私
そしてそれは
ノートの隅の落書き
そしてそれは
SNSのつぶやき
この日から
私の呼吸は連想ゲームになった
 
だけどふと思い出したのは
(思い出すって連想ゲーム?)
 
ハルヒちゃんの世界史の単語帳のこと
その中で生きていた
メモ書きみたいな言葉たちのこと
ちなみに
ハルヒちゃんと言うのは
高校の同級生のこと
とても素敵な女の子のこと
今は遠い思い出のこと
 
だけど
ここで連想ゲームは終わりを告げる
突然の終焉
私はどうやって呼吸をするの?
けれども生命は続いてゆくので
 
最終結論として
 
私は結局、
ひとりだけ取り残されている
たぶん、過去の中に
たぶん、記憶の奥に
 
と言うのも
 
私自身の
私が、私が、攻撃に
もう随分と前から辟易していて
けれどもちっとも止められないのは
たぶん、まだ何かが足りないから
たぶん、綺麗に写真を撮れたから
たぶん、誰かに愛されたいから
たぶん、生きていると知りたいから
そしてそれは、
詩を書くことを止められないのと同じ理由なのだ
そしてそれは、
記憶を想起する私だけが私を慰めてくれる唯一だからなのだ
 
そんな愚かさを
 
金魚の地球が回る中
金魚たちだけがずっと見ていた
死にかけた花魁みたいな
それゆえに美しさを持った
蝶尾が
永遠みたいな
永遠ほど美しくない
私たちを
見ていた
あわれむみたいに
さげすむみたいに
嬉嬉として
 
それとは別に
 
たとえば、甘えたような声とか
たとえば、深夜のコンビニとか
たとえば、実家前の捨て猫とか
それらを横目に
私たちは花火をしていて
 
手持ち花火を両手に持ったので
私は飛べるような気がしました
誰かに褒められるよりも
誰かを驚かせるよりも
もっと強く
もっと高く
私は飛べるような気がしました
それも綺麗な羽を持って
熱い二つの炎を持って
それは、
とても素敵なことだと思いました
とても幸福なことだと思いました
 
だからやっぱり
 
花火たちも
すべてを見ていたのです
 
とは言え
 
トイレに置き忘れた絆創膏みたいな
悲しみと切なさが同居している
喜びと愚かさが似通っている
そんな自分が嫌になって
それでも夜は訪れてしまうので
それでも人は眠らなくてはならないので
そのときは
ちいさなうさぎのぬいぐるみを抱きしめて
ねむる
良い夢は見られなくても
悪い夢も見ないだろうから
真っ暗で穏やかな静寂だけが
夜を支配する
そしてそれは、
とても幸せなことなのだと知りました
 
綱渡りをしているみたいに
 
これが最後だと感じる毎日
会話ひとつでも間違えたのなら
すべてが終わってしまう
閉鎖的な考えが
私を卑屈にさせる
でもきっとそれは
私の生き方の問題ね
 
すぐに死にたがるのも
おかしな話よ
 
死にたいと思うのなら
そしてそれを
軽軽しく思ってしまうのなら
まずはダイエットから始めてみましょう
身体は死に近付いて
精神は生に近付く
そしてその矛盾こそが
心底、美しい
 
やさしくなりたい

みとめられたい

混在できない
 
かもしれないが
 
生きること

死ぬこと

愛し合えるのだ


チョコレートアイスとシーグラス

例えば
チョコレートアイスみたいに
 
一瞬で溶けてしまうのだとしても
ほんの一時誰かを幸せに出来るのなら
 
私は
チョコレートアイスにでも
なってしまいたい
 
例えば
浜辺に眠るシーグラスみたいに
 
誰にも見つけられないのだとしても
きらきらと陽光を受けて輝けるのなら
 
私は
浜辺のシーグラスに
なってみるのも悪くはない
 
たったそれだけのことが
私を生かしてくれるので
 
結局私は
どこまでも単純なのかもしれないなぁ


あの日の記憶を何と名付けるか

今はもう誰もいない部屋
外から猫と子どもの無邪気な声
冬の風の中
夏のスイカと蝉の鳴き声
キシリトールガムと線香の香り
 
結局渡せずじまいのあの手紙は
きっとまだ引出しの奥に眠っていて
私は今も果たせそうにない約束を
心に秘めたまま大人になる
 
誰かしらに使い古された言葉達を
未だ少女であることに拘る私に
新しい何かを生み出すことは出来るのか
 
涙は砂粒に変わり
少女は一本の花となる
永遠など存在するのだろうか
その問いかけが既に永遠の証明であるのに
 
言葉に語られ
言葉は綴られ
その外側に私はいた
 
未来に語られ
未来は綴られ
その狭間に私はいた
 
今はもう誰も居ないあの部屋に
私は私の一部を置いてきた
いつか取りに戻ると
到底叶えられない誓いと共に


終わらないということ

炬燵の上
置き去りにされた
作り掛けの小さな自転車
 
チョコレートが一欠片
暖房機の熱に溶かされた
甘い甘い雫が滴る
 
扉を少しでも開ければ
外はもう極寒地獄
雪が積もって
後にも先にも進めやしない
 
「空を飛びたいのに」
小さな少女が呟いた
永遠の少女でいることなど
到底出来やしないのに
 
誰も彼もが
やりたいことのために
やらなくちゃいけないことをしていて
 
あなたが思うほどに
私は良い子な訳でなし
 
それならいっそ
嫌ってしまって
 
自暴自棄になったところで
誰かが救ってくれる訳でなし
 
言い訳ばかりを積み重ねて
それでも私はちゃんと前に進んでいる
例えどれほどゆっくりとしたものでも
 
そうやって
慰めながらでも
歩いているのなら
きっと大丈夫
 
そんな気がする


らぶれたー

あなたは、少し可哀想ね
家族にも親友にも恋人にも
知られない感情を書き連ねて
それでも結局、あとから読み返してみると
未来の自分にさえも届かないんだから
 
あなたのことを一番に知っているのは
皮肉にもあの頃に忘れた置き手紙だけ
 
そんな可哀想なあなたに贈るわ
これは一世一代のらぶれたー
 
まるで朝いちばんの空気を吸うときのように
まるで絶対安静の中見上げた青空のように
 
あなたはあなたのまま
あなたのカケラを大事にしまっていて
 
世界はきっとピエロで
あなたはただの観測者
その幸福なまでの現実が
可哀想なあなたを救ってくれるから


あとがき

 いかがでしたでしょうか。
 今回は私が十代のころに書いた作品ばかりを集めてみました。
 今よりも随分と稚拙で、幼稚で、傲慢で。だからこそ、痛烈なまでに真っ直ぐな言葉たちだなぁと当時のノートを見返しながら思う時間は思いのほか楽しいものです。そうして「あなた」という概念が思い浮かんだ作品を選出し、第三詩集としてまとめました。少しでも何か感じるものがあれば幸いです。
 
 今年は数年ぶりに詩について前向きに考え、感じることのできた年になったように思います。闇雲に書くだけではなく、自分の詩をどう演出していきたいのか、そう考えるだけでわくわくする時間はまた新しい楽しみを私に与えてくれました。
 
 詩だけが私を生かしてくれていた期間を経て、自分の詩に希望を抱いていた時期を過ごし、それゆえ現実と絶望の壁が詩と私を隔てることもあって……。それでもやっぱり私は詩から離れられないのだな、と今は素直に詩作を楽しんでいます。
 それが詩集やそのほか私の言葉の片鱗に少しでも表現できていたらいいのにな。遅めのサンタクロースにひっそりと願いを託して。
 
 また、来年もお逢いできれば幸いです。
 それでは。


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