父性の文学 庄野潤三「夕べの雲」
庄野潤三『夕べの雲』は、昭和三十九年九月から翌年一月まで日本経済新聞に連載された「新聞小説」である。読者はまずこの事実に驚嘆するにちがいない。なぜならこの小説に描かれているのは、作家と思しき主人公大浦と細君、長女の春子、長男の安雄、次男の正次郎がおりなす「生活」であり、なんらエンターテイメントに満ちた、いい換えれば明日の続きが気になるような事件などではないからである。そしておどろくべきことに、『夕べの雲』は、どんな波乱に満ちた小説よりも面白いのである。
江藤淳はこの小説を