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【読書】希望の経済学/「Good Economics for Hard Times」から

ノーベル経済学者のアビジットさんとエステルさんの書籍で、移民流入による雇用&賃金破壊、貿易自由化、成長の指標、経済格差、環境問題などを題材に、スタンダード経済学理論の限界点などを指摘しつつ論じている。

要約

  • スタンダードな経済理論では実体経済を捉えきれない事、さらには様々な弊害を起こしかねないことを指摘。

  • 本書で着目しているのは、移民、国際貿易、経済成長、格差、環境といったコアな経済問題。

  • 移民問題や貿易自由化などについて、改めてスタンダード経済学に準拠して政策作っても、いいことももちろんあるが、悪影響が多々あるということを再度認識。




1.本の紹介

本のタイトルは「Good Economics for Hard Times」(2019
年刊行)で、邦訳は、「絶望を希望に変える経済学: 社会の重大問題をどう解決するか 」。

共著で、著者の一人はインド人経済学者で、現在MIT経済学者教授のアビジット・V・バナジー/Abhijit Vinayak Banerjee(1961-)。開発経済学が専門で、インドで修士号まで取得した上でハーバード大学に入り博士号取得。もう一人の著者はフランス人経済学者で同じくMIT教授のエステル・デュフロ/Esther Duflo(1972-)。名門パリ高等師範学校/École normale supérieure出身でMITで博士号取得。両者とも2019年にノーベル経済学賞を受賞。

アビジット・V・バナジーさん
エステル・デュフロさん

エステルさんはTed Talkにも登壇、世界の貧困問題に関して論じている。

なお、Paris school of economicsが、本書を元にしたレクチャー・シリーズをyoutube上にアップ、無料公開している(が、あまりに長い上もう知ってる内容でもあったの、私はイントロで挫折)。

2.本の概要

普通の人たちは読みたがらないようなリサーチ・ペーパーを書くのが経済学者の仕事という著者。そんな彼らが本書を執筆した理由は、各種経済問題に関して、巷で行われている議論が歪んだものに映るため。本書では、移民や国際貿易、経済成長、格差、環境といったコアな問題にフォーカスして、スタンダードな経済理論では実体経済を捉えきれない事、さらには様々な弊害を起こしかねないことを指摘しているのでここではその一部を紹介。

なお著者らは経済学者を水道業者のように例えている。つまり、物理学者のような意味での厳密なサイエンスではなく、どちらかと言えば事実や問題を把握し、それを解釈し、解決法を考える、そしてそれはデータだけでなく直感や経験から来る推測、トライ&エラーが求められる仕事とかんがえている。

ここから中身の話に入る。

2.1 移民流入しても賃金は低下しない&雇用は失われない

移民問題に対するポピュラーな論調、すなわち、移民受け入れは自国の失業率増や労働賃金低下を招く、という論調について考察し、改めてこれは間違いと指摘。

確かに、需要供給に基づくスタンダードな経済学的考え方からすれば、貧困層が先進国労働市場に流入すれば、労働者供給が増え、価格調整の結果として、賃金が低下する。このロジックはとてもシンプルで、魅力的ではあるが間違いであるとのこと。

各国間の賃金格差は、実は移民の数と比例していないことがわかっている。つまり、低スキル移民の大量流入がローカルな労働に悪影響を与えるというエビデンスは存在しない。それどころか、10年間にわたり移民流入による賃金変動を分析した近年の調査結果によれば、移民流入による賃金に対する影響は極微細なものにとどまるとしている。

その要因として、新たな労働力の流入は、労働者の供給を増やすだけでなく、労働需要にも同時に影響を与えるから。移民らがやってきて、日常生活のために支出をする。するとローカル経済が潤う、すると新たな雇用が生まれる。

他にも、移民流入により、産業プロセスの機械化が鈍化がスローダウンし、雇用が守られるということもわかっている(賃金の安い労働者が大量に存在すれば、企業としても金のかかる機会を導入するインセンティブを失う。)

また、移民が流入しても賃金が低下しないのは、企業としても労働者側の労働意欲をキープしたいから。であれば最低賃金レベルまで賃金を下げてしまうのは愚策となる。

2.2 貿易自由化はWin-Winではない

貿易問題に関するポピュラーな論調、すなわち貿易自由化に関する考察を行っている。通常、比較優位の原則から、2国間がそれぞれ得意とするものに特化して生産し、完全自由化した貿易(例:関税撤廃など)で双方の商品を取引すれば全体の効用は最大となる、がスタンダード経済学。

しかし、1991年のインド市場の自由化の経験から、貿易自由化の国内影響は、地域毎に大きく異なる。国全体でみれば、1991年以降貧困率は35%(1991年)から15%(2012年)にまで急速に減少。しかし、地域別でみていくと、自由化された商品や製品を生産していた地域では、貧困率の改善は非常に緩い上、児童労働の改善率も鈍いという研究結果が出ている。

また、貿易自由化論は、国際競争力のない製品からそれがある製品への労働者シフト(構造調整)を前提としている。しかし実際、労働者はそれほど簡単に業界を飛び越えて華麗に転職できないし、そもそも投資された資本/Capitalも動かせない。

2.3 人間はそれほど合理的でもない

経済学の根底にある合理性の想定に関し考察。群集心理や思い込みorステレオタイプによる行動パターンへの影響などを取り上げ、いかに経済学が大前提とする人間の合理的思考と行動パターンが現実に当てはまらないか指摘。

2.4 炭素税は実現可能

Carbon taxに対する考え方。Carbon taxというと政治的に厳しい感じがするが、集めた金の使い道をはっきりさせれば可能だと主張。集めた金で、低所得者対応すれば、低所得者からの反発も減る。

The government should structure the carbon tax in a revenue-neutral way, such that tax revenues would be handed back as a compensation: a lump sum to all those at the lower end of the income scale, who would therefore come out ahead

p. 225


著者は他にも色々と論じていたが、ここでは割愛。

3.コメント

結構既知の内容が多かった本書。多分、スティグリッツやクレッグマン、ミルトン・フリードマンらの著作を結構読んでしまっているからか、彼ら経済学巨頭の著作と比べると、どうしても見劣りしてしまう。執筆スタイルとして主題が結構頻繁に切り替わるのが、どちらかというとしっかりと掘り下げてほしい私からしたら物足りなく映ってしまったのかもしれない。

いずれにせよ、移民問題や貿易自由化などについて改めて、スタンダード経済学に準拠して政策作っても、いいことももちろんあるが、悪影響が多々あるということを再度認識。要はそこら辺をどう丁寧に拾っていくかが政治からの仕事。市場原理主義者らは市場に任せておけば勝手に構造調整させるというが、そうでないのはもうすでに明白になっているわけだ。

最後に一言

本記事は、あくまで私がポイントだなと思った部分のみ書き出しまとめているだけです。この概要記事がきっかけとなり、この本に興味を持っていただけたら幸いに思います。


併せて、他の記事もご覧いただけたら幸いに思います。


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