新年の書き初め短編用画像1

書き初め短編『最初の終わりから、初めの日の始まり』※〈意識の流れ〉の描写あり。

『新年、あけましておめでとう!』
 何も見えない、暗闇の世界から舞い降りた一雫の声。
 それは翼を広げるように光輝き、やがて、波紋が広がるように、
暗闇の世界は光の世界へと生まれ変わった。
 ――誰の声かしら?
 その声の主が誰なのかわからない。
 わからない――けど、遠い昔から、
その声が“何か”をわたしは知っていた。
 そして声の主は一人ではなかった。
 一人のようだけど、二人三人四人五人六人七人八人、
いや、もっともっと多くの声が層となって、
一つの声になっているようでもあった。
 そして、その“全て”を、わたしは知っていた。
この暗闇も、この光の世界も――。
 この〈わたし〉が“どこに”いるのかも。
 波のようにうねる光の世界は、温かく、光の波そのものに、
わたしの意識は抱きしめられていた。
周囲の光は、やがて、ゆっくりと純白に変わり、
わたしの〈意識の体〉が上へ上へと上空に引っ張られていき、
わたしはゆっくりと〈瞼を開けた〉のだった。

     ✩     ✩     ✩

 まず、わたしの視界に入ってきたのは、
白色の光景――かと思ったが、
白色の光景には、徐々にあらゆる色んな色が着色し、
その〈色たち〉は縦横無尽に動き始めた。
また、その動く〈色たち〉の全てには、
一つ一つに〈表情〉があった。
 わたしはその〈表情〉に、懐かしい思いと、
懐かしい暖かさと、
懐かしい場所にいることを肌で感じることが出来、 
気づくとわたしは、おもちゃのベッドメリーがある天井を見ていた。
ベッドメリーは緩やかに回転しながら、
どこからか――オルゴールの音色が部屋の中を泳いでいた。
その曲は、どこか遠い昔に聞いたことのある曲だった。
 わたしは、ちょっと首を横に向けると、
そのすぐ横に、クマのぬいぐるみや、
猫のぬいぐるみや、
見覚えのあるアニメのキャラクターのぬいぐるみなどが、
無垢な表情でちょこんと座っていた。
 ――そっか。ここはいつもの部屋で、わたしは夢を見てたんだ。
 ――あれ? でもでも……わたしのお父さんとお母さんは?
 そう思うと、わたしの中で、
寂しさとか切なさとか哀しさとか辛さとか不安とかが、
一つにぎゅっと凝縮されて詰まった思いが、
わたしの喉仏をぐいぐいと揺らし、
更には涙腺の蛇口までも捻り出した。
「うわああ……あああ……うぁぁああ……あああああ!!
えええん!! うああ!!」
 わたしは世界に轟くように、
大声を上げて、叫ぶように泣いた。
 ――あれ?
 ――でも、わたしは何で泣くって言葉の意味を知ってるんだろう?
 ――ベッドメリーも、ぬいぐるみも、
どうしてわたしは、〈それ〉を知ってるんだろう?
 わたしは泣きながら、そんな疑問が雲のように浮かぶのに、
自分で泣き声と涙の蛇口を止めることが出来ず、
そのやり方さえもわからなかった。
 これから永久に死ぬまで、
いや、死にたくても死にきれず、
涙と泣き声に溺れ続けながら、
泣き叫び続けるのかとさえ思えるほど、
わたしは大声を出して泣き続いた。
 そんなわたしの泣き声に、
オルゴールから生まれた音色たちは、
決して惑わされることなく、
部屋の隅々を自由に楽しく泳ぎ続けた。
 滝のように溢れる涙と泣き声が止まらない――が、
 その時――、
「ちーちゃん寂しかったねぇ。もう大丈夫だから」
 急に現れた母に、そうあやされながら、
気づくとわたしは、抱っこされていた。
 今泣いていたことが、全て嘘かのように、
わたしの泣き声と涙は止まっていた。
 母が、わたしを再びベッドにゆっくりと寝かすと、
わたしの周りには知ってる人たちがいっぱい現れた。
 それは父や母だったり、祖母や祖父だったり、
年の離れたお姉ちゃんや、その他親戚とかだったりした。
 そこにいる皆は、全員微笑んで、わたしを見つめていた。
 わたしは何か声を出そうかと思ったが、
「えへへ、あ~、あうああうぅ、ああ、あ、あう……」
 と、なぜか声と、言葉が上手く出せなかった。
 いや、言葉の使い方と正しい喋り方がわからなかった。
 ――喋るって、そういえばなんだっけ?
 そんな疑問が、また生まれた。
 けれど、そんな疑問は、わたしには大したことではなかった。
 みんなの笑顔には、どれも不純物がなく、
暖かさに満ちていたからだ。
『ちーちゃん、あけましておめでとう!』
 みんなの新年の挨拶が、
わたしの体と意識に浸透していくのがわかった。
 ――あけましておめでとう!
 声に出すことは出来なかったが、意識の声でそう挨拶をした。
 わたしの思いが通じたのか、みんなの微笑みの花が満開になって、
わたしは更に、嬉しくなる。
「ちーちゃーん!朝ですよ~もう起きないと」
 という輪郭を持った声が、糸よりも極めて細い線となって、
わたしの意識の左から右に、
疾風の如く、はっきりと、通過していくのがわかった。
 すると、わたしの周りにいた両親も祖父母もお姉ちゃんも親戚も、
ベッドメリーも、ぬいぐるみの数々も、
全ては光に包まれて、雫のように弾けては、消えていった。

     ✩     ✩     ✩

 気づくと、わたしは何もない天井を見ていた。
 その横にぬいぐるみも何もなかった。
 それは、“いつもの”わたしの部屋だった。
 ――あれ? 夢? ああ、そっか。
 ――わたし、今まで夢を見てたんだ。
 ――そういえば今日は元旦よね! 
 ――今年は楽しい一年になるといいなぁ。
 そう思って、わたしはむくっとベッドから起きて、
 部屋のカーテンを開こうとするが、なかなか手が届かず、
手を思いっきり伸ばしてようやくなんとか開け、
ついでに窓も開けた。
 窓の外は、雲一つない快晴で、元旦の光が、
わたしの部屋に降り注いだ。
 ――それにしても、カーテンと窓って、こんなに開けづらかったっけ?
 ――それにわたしの部屋が、いつもより大きいというか、広いというか、いつものようで、いつもとは違うような、ちょっと不思議な感覚。
 そう思いながら、わたしは自分の部屋の大きな鏡の前に立った。
 そこには、とてもとても体が小さく、
可愛らしい鶴のイラストが入ったパジャマを着ている、
おかっぱ頭のわたしがそこにいた。
 わたしはその姿に、思わずクスッと笑ってしまった。
 ――知ってる! 知ってる! 
そういえば、わたしの小さい頃の髪型ってこうだったよね。
懐かしいな。鶴のイラストが入ったパジャマも、
ずーっと“昔に”なんか着てたような気がしたし。
 と、思った途端。わたしの視界がぐにゃりと歪む。
 ――え? なんで、今わたしは懐かしいなんて思ったんだろう?
 ――懐かしいも何も、現在進行形で、わたしは今年の四月から。
「ちーちゃーん! 起きてるの~? 朝ですよ~。今日は元旦なんだから早く起きて~!」
 と、お母さんの声がはっきりと聞こえた。
「もう起きてるぅ~! すぐ行くから待っててー!」
 わたしははっきりと返事をした。
 ――良かった。ちゃんと喋れるじゃん、わたし。
 そういえば自分は今何歳なのだろう――わからなくなってきた。
 寝ている時に、ど忘れしてしまったのか。
そんなことってあるのだろうか。
 そう思って、とりあえず廊下に出ようと、ドアを開けて廊下に出ると、
急に地面が遠く感じられた。
 洗面所で、歯を磨き顔を洗ってあることに気づいた。
 わたしの背と髪が伸びていた。
着ているパジャマもピンクのマーブル模様だった。
 ――鏡で見た時と違う。また、わたしって寝ぼけてたのかな。
 わたしは再び、自分の部屋に戻って、着替えを済ませて、
仏間に行き、神棚には二礼二拍一礼をし、
仏壇にはお線香を上げて――神様仏様に今年の挨拶をした。
その後、リビングに行く途中、お祖母ちゃんと出会った。
わたしは物心がついた、つまり“小さい頃”から、
お祖母ちゃんのことが大好きだった。
「あ、お祖母ちゃん、おはよう! あけましておめでとうございます!」
 わたしはぺこりとお祖母ちゃんに、新年の挨拶をした。
「はい、あけましておめでとう、ちーちゃん。今年もよろしくねぇ。四月から小学生ねぇ。ちーちゃんは今なんぼになったんだっけ?」
「わたしはえっとえーっと……」
 ――あれ? なんですぐに答えることが出来ないんだろう。
 ――自分の年齢なんて自分が一番わかっているはずなのに。
「えっとねぇ、六歳!」
 そう答えたが、本当に六歳なのかわからなかった。
 いや、小学校に入るのだから、六歳で合ってるはずだ。
「そうなのぉ。それじゃあ、まだまだ人生長いと思うし、この世では本当に色んなことがあって、生きるってことはそれは本当に大変だなって思うこともあるかもしれないけど、毎日を健康に有意義に過ごしてね。はい、これはお婆ちゃんからお年玉」
 そう言って、
お祖母ちゃんは、白い紙の包をそっとわたしの手のひらに乗せた。
「ありがとう、お祖母ちゃん! 大事に使うね♫」
「うん、いい返事ね」
「じゃあお祖母ちゃん早くリビングに行こう! お母さんとお父さんとお姉ちゃん皆集まってると思うから!」
「そうだねぇ。それじゃあ、ちーちゃん先に行ってて頂戴。わたしはお祖父ちゃんとすぐに準備してから行くから」
「うん、待ってるね!」
 そう言って、わたしは一人でリビングに行った。
 リビングに行くと、テーブルには豪華な五段式のお節が並んでいた。
 中でも真っ先に目に入ったのは、
ズワイ蟹とタラバ蟹と毛蟹の三色蟹が、
豪華に重箱の中に仲良く入ってい、
その他にも松前漬けや、黒豆や、伊達巻や、
筑前煮や、数の子や、田作りなどなど、
言ってたら切りがないほど、豪華なお節だった。
 我が家のお正月のお節は、格別だった。
 他の地方ではどうかわからないけど、
わたしの家は物心が着いた頃から、
北海道内の東西南北の農産物や水産物などを、
ふんだんに取り入れて、五段式の重箱に満遍なく詰め込む。
 だから、お母さんはお節を作ることがどれだけ大変か、“毎年”愚痴っていた。
 ――??? 毎年???
 気づくと、わたしは席に座ってい、
皆はお猪口を持って乾杯しようとしていた。
 わたしは子供でお酒は飲めないから、
お猪口を持つといっても、飲むというよりは、
本当に舐める程度だ。
「それではみんな、新年あけましておめでとうございます!」
と、父が言った。
『あけましておめでとうございます!』
と、続けざまにわたしと、お母さんとお姉ちゃんが言った。
 わたしたちの新年の挨拶は、雪の積もった寒い外とは真逆に、
家中を温かく包んだ。
 それにしても――。
 ――足りなくない?
「ねぇねぇ、お婆ちゃんとお祖父ちゃんは??」
 わたしがそう訊くと、お母さんとお姉ちゃんとお父さんは急に笑い出し、
「何を言ってるのちーちゃんったら。まだ寝ぼけてるの? お祖母ちゃんもお祖父ちゃんも、もうとっくに他界してるじゃない」
 今更、何を言っているのかしら、この娘、と言わんばかりの困惑した笑みで答える母。
 でも、困惑したいのは、わたしの方だった。
「え? 他界って、お祖母ちゃんさっき廊下で会ったよ」
 わたしがそう言うと、両親も、お姉ちゃんもみんな声を上げて笑った。
「あらあらやっぱり寝ぼけてるんだわ、この娘ったら」
「ちーちゃんマジで可愛い!」と、お姉ちゃんが笑いながら言い、
「おいおい、千鶴、大丈夫か~? 四月からお前は立派な小学六年生なんだからしっかりしてくれなきゃお父さん困るぞ~」と、お父さんまでそんなことを言う。
 ――六年生って何? わたしは今年の四月から小学校に入るんじゃない。
「何言ってるの? わたしは今年の四月から小学校一年生だよぉ~!」
 わたしがそう言うと、家族は大声で更に笑った。
 その笑い声は、竜巻のように、激しく回りながら家中を激しく揺らした。
「あはははは。千鶴、あなたってたしかにお祖母ちゃん子だったもんねぇ。お祖母ちゃんとの思い出が今でも消えないんだと思う」と、お姉ちゃんが、ニヤリと意地悪く笑って言うが、
「だって、さっき廊下でお祖母ちゃんと新年の挨拶したし、お年玉だって貰ったんだもん! ほら!」
 わたしは自信満々にそう言って、さっきお祖母ちゃんから貰ったお年玉をポケットから取り出そうとするが、そこには――。
 何もなかった。
 ――あれ? だってさっき、わたしはたしかに……。
「ちーちゃん」と、そこでお母さんが優しく目を細め、
「ちーちゃんが貰ったのはお年玉かもしれないけど、それはお年玉であって、お年玉ではない。思い出の欠片の一部なのよ」
「思い出の欠片の一部?」と、わたしは聞き返した。
「そうだぞぉ千鶴。千鶴が楽しかった思い出、
いろいろあった思い出の一部なんだ」
 さっきからお母さんとお父さんは何を言ってるんだろう。
「思い出の……一部……」
 わたしは詩の一行を確認するように繰り返した。
「そう、思い出の一部。今ちーちゃんが見ているこの光景も思い出の一部なのよ」
 お母さんがそう言った途端――。
 ちーちゃん……ちーちゃん……「ちーちゃん!」
 わたしの意識の外側を、トントンとノックされて、わたしははっと気がついた。
 気づけば、そこは毎年いつも訪れる神社だった。
 横を向けば、小学校入学当初からの親友の夢咲叶恵ちゃんがいた。
 わたしと叶恵ちゃんは、毎年の元旦、互いに自慢の振袖を披露しあい、二人で初詣に行くのが楽しみだった。そして“今日も”互いに振袖姿だった。
 ――ああ、そっか、わたし初詣に来てたんだった。
「ちーちゃん大丈夫?」と、叶恵ちゃんが、
心配そうにわたしの顔を覗き込む。
「うん、ごめんね。大丈夫。ちょっと夢を見てたみたい」
「へぇどんな夢? 聞きたい聞きたい✩」
 叶恵ちゃんは目を星のように輝かせて、聞きたがった。
「いや、大した夢じゃないよ。昔の過去の夢」
「ああ、それなら、あたしもよく見るかも。
前世の夢とか見たりしてね!」
 わたしと叶恵ちゃんは、一緒に笑った。
 参拝客でごった返している神社だったけど、
新年を迎えた清らかな快晴の空気と、
皆の新年に対する期待と様々な思いが、
境内、それから周囲や、人々を明るく温かく包んでいた。
「ねえねえちーちゃん、おみくじ引こうよ!」「うん!」
 わたしと叶恵ちゃんは、おみくじを引いて、
一斉のせ、で一緒に中を開くと、わたしが大吉で、
叶恵ちゃんが、凶だった。
「やったー! わたし大吉だぁ!」と、わたしが素直に喜んでいると、
隣で、叶恵ちゃんが、ショボンとしながら、
「うえーん! あたし凶だったよ~とほほ~」
「大丈夫だよぉ叶恵ちゃん、一緒にあっちの木に結びつけよう!」
 そうわたしは提案して、二人で、おみくじを上手く、
参拝客が結びつけているように、木に上手く結びつけた。
 ――これで安心! 四月からは、わたしと叶恵ちゃんは六年生。
 ――最後の小学校生活。良い年になればいいなぁ
 今年も、よろしくね、と言おうと横を向くと、
叶恵ちゃんは、なぜか、今にも泣きそうな表情をしていた。
 どうしたの、とわたしが聞こうとしたら、
「ちーちゃん、本当に“今まで”ありがとう! 
友達になれて嬉しかったし、色んな思い出が出来たよ」
「何言ってるの叶恵ちゃん! それはわたしのセリフだよ。わたしだって叶恵ちゃんと友達になれて本当に嬉しかった。もっともっと叶恵ちゃんのことを知りたいし、もっともっと沢山のことをお話したいよ」
「ありがとう! 本当にありがとう! ありが……とう……」
 そこで叶恵ちゃんは大粒の涙を流す。
 ――どうして、叶恵ちゃんは、そんなに泣いているの?
 ――おみくじで凶が出たから?
 ――泣くほど厭だったことなの?
「あたし……“東京に行っても”ちーちゃんのこと忘れないから」
 ――東京ってなんのこと?
「叶恵ちゃん、何を言って……」
 よく見ると、叶恵ちゃんは、汽車の中――ドアの前で立っていた。
 そう。わたしが居るのは紛れもない、“駅のホーム”だった。
 ――またわたしは夢を見ていたのかしら。こんな時にも。
友達が遠くへ行くというのにも。
 ――なのに、わたしは……。
「東京行っても、絶対手紙書くから!」
「わたしも、わたしも手紙書く! 電話もする! だからだから……」
 そこで汽車の自動ドアがバタンと閉まった。
 ドアが閉まっても、叶恵ちゃんは汽車の中で何か言っていた。
「え? 聞こえない。聞こえないよ!」
 叶恵ちゃんは泣きながら何か言っていた。
 わたしはそれを、彼女の口の動きをよく見た。
“忘れないでね”
「わたしも――」
 わたしが言いかけたところで、汽車が動き出すが、
わたしは追いかけながら泣き叫んだ。
「わたしも忘れないから! 絶対叶恵ちゃんのこと忘れないから!」
 汽車は速度を上げて走り、最終的には、雪の粒より小さくなって、
遠くの世界へと吸い込まれていった。
 ――忘れないから、絶対忘れないから……。
 ……つる……づる……ちづる……ちーちゃん……。
「ちーちゃんってば!」
 意識の斜め後ろから叩かれるように聞こえたのは、お母さんの声だった。
 目の前には、テーブルがあって、わたしたちは丁度お節を食べ終えて、
これからお雑煮という流れだった。お母さんの他に、
お父さんと、お姉ちゃんもいる。
 ――夢? 今のも夢? さっきから、わたし何回夢見てるの?
「もうちーちゃんったら、しっかりしてよー!」
 そこで家族が大声で家中を揺らすように笑い出し、
わたしも釣られて笑った。
「そうだぞぉ千鶴。なんといっても今年の四月から晴れて小学校二年生に進級するんだからなー!」
「あはははは。お父さん進級って義務教育なんだから当たり前じゃん」と、お姉ちゃんが突っ込んだ。
「さすがにちーちゃんも小学校生活は慣れて友達もいっぱい増えたでしょ?」
「……えっと……えっと……うん」
「ほらほら、ちーちゃんお雑煮冷めないうちに早く食べなさい♫」
 と、お母さんが優しく言った。
「うん……」
 お雑煮はよーく見ると紛れもなく、我が家のお雑煮だった。
 ――お雑煮、“懐かしい”なぁ。
 我が家のお雑煮は、基本、海鮮の塩仕立てで、
小さな切り餅が二つの他に、
三つ葉とナルトとほうれん草と椎茸と焼き鮭の切り身、
それからホッキ貝が二つほど入っている。
 お雑煮も家の味で、わたしは毎年のお正月は、本当に楽しみだった。
「いただきまーす♫」
 わたしはそう言って、お雑煮の汁を飲もうとしたら、
妙な違和感があった。
 口の中が異様に冷たかった。
 お雑煮の汁を飲んで冷たい、なんてことはないはずなのに。
 ――わたしは何を今飲んだの?
 よく見ると、それは――。
 雪の塊だった。
「!?」
 家族を見ると、皆雪の塊を持っていた――だけでなく、
わたしたちは雪原のど真ん中にいた。
混乱がわたしの中で大きな渦を巻いてい、
上手く声を出すことが出来なかった。
 みんな笑っている――が、
お母さんもお父さんもお姉ちゃんも白い白い真っ白い雪になって、
バサァっと大きな音を立てて崩れ落ちた。
 雪原の真ん中にいるのは、わたし一人だった。
 泣きたくても、涙が凍ってしまって、
涙を流すことが出来なかった。
 ――どうして、わたしはここで一人なんだろう。
「それはね、人間は元々孤独だからなんだよ、ちーちゃん」
「!?」
 後ろからはっきりと聞こえた声に驚いて振り向くと、
そこには東京へ行ったはずの、叶恵ちゃんが立って微笑んでいた。
「ちーちゃんと出会えて本当によかったよ!
本当にありがとう……ありがとう……」
 わたしが叶恵ちゃんに、触れようとした途端、
彼女もまた白い雪の塊になってバサァっと崩れ落ちてしまった。
 ――人間は孤独。生まれながらにして孤独……そうだよね。
 わたしは叶恵ちゃんのことを思っていたら、
感情が熱を帯び、凍りついた涙の泉が沸騰しだし、
わたしの瞳からは大粒の涙が溢れ出た。
 次々に溢れる涙に、
わたしは雪を両手いっぱいに掴んでそれを食べた。
 ――冷たい。雪って……こんなに冷たいんだ。
 両手に掴んだ雪は白くて、少し薄紅色で、“紅色”で……、
 ――違う、この雪って。
 両手に掴んだ真っ白い雪は、
紅色に変わり、突如、暖かな風がわたしの体を温める。
 更に、ビュオオーっという強い風に目をつむり、
すぐに目を開けると――。
 わたしは両手に桜の花びらを乗せて、
それを愛おしむようにじっと見ていた。
 空を見上げると、雲一つない快晴の青空で、
エゾヤマザクラは満開で見頃を迎えていた。

     ✩     ✩     ✩

 わたしの両手のひらに乗った、エゾヤマザクラの花びらたちは、
風に吹かれると、楽しげに舞い踊りながら、
遠い空のどこかへ旅立っていった。
「ちーずりん!」
 わたしの渾名を、親しげに呼ぶ声と、
肩をポンとたたかれたのがわかった。
 隣を見ると、セーラー服姿で、親友の桜華が微笑んで立っていた。
 わたしは改めて自分の服装を見ると、桜華と同じように、
セーラー服を来て、髪の毛を三つ編みにしていた。
そして、桜華の微笑みは桜の風景と上手く溶け合っていた。
「ははは! ちずりんったら空を見ながら何をぼんやりしてたの~?」
「あ、ごめん。いや、実は昔の夢を見てたの」
 わたしはそう言いながら、
朝の通学路を親友の桜華と二人で歩く。
 わたしたちの前や後ろには、
同じセーラー服姿の生徒たちが、
新鮮な表情で、長い桜並木の通学路を歩いていた。
「昔っていつの昔よ。昔って言うほど、アタシら大人じゃないじゃん。
なにせ、アタシらまだ成長真っ盛りの中学二年生なんだから♪」
「そうだよね、えへへ、わたしもなんか気取った言い方しちゃった」
 わたしも笑って答えた。
 ――そっかそっか。そうだよね。わたしったらまた夢を見てたんだわ。
 ――今は中学二年生で、隣の桜華は四月の下旬に転入してきて、
その後は……。
 ――その後、桜華は……たしか……たしか……。
 すると、桜華が前を見据えて、歩きながら、
「ねぇちづりん!」
「うん?」
「ちづりんってさぁ。自分はいつ生まれたんだって実感したか覚えてる?」
「わからないよ、そんなこと。というより、そんなこと普通の人はあまり考えないんじゃないかしら?」
「まぁそうだね。アタシもそうかもね。だけどね」
「……? だけど、なに?」
「だけど、アタシは桜が咲く頃に生まれたんだって実感したんだと思う」
「それは一体どういうこと?」
 すると、桜華はこっちを見て、満開のように笑いながら、
「つまり、アタシっていうのは、アタシそのものがメタファみたいなものなんだよ♪」
 ――そっか、そういえばそうだったね。
 ――桜華は、この後……桜が散る頃に、
「ねぇ、ちづりん。人間の意識って絶え間なく流動してるって知ってた?」
「ああ、それって確かフォークナーとかプルーストの小説でもそういうのがあったよね」
「うん、そうだけど、用語としてはウィリアム・ジェイムズかな」
「あ、そうだそうだ! 思い出した。ウィリアム・ジェ……」
 と、わたしが言いかけたところで、肝心なことに気づいてしまった。
 なんで中学二年生の、わたしが“それら”を知ってるのだろう。
 それを知ったのって――。
 もっと後の頃じゃなかっただろうか。
「あはは。ようやく気づいた? そうだよ、ちづりんが見ている風景と、アタシは思い出の一部分。だーってさぁ、考えてみなよ、アタシはもう遥か遠い昔に、5月の中旬に他の学校に転校しちゃったじゃん」
「……そ、そうだよね。桜華は五月の桜が散る頃に転校しちゃったんだもんね……だから、これも夢……なんだよね?」
 わたしは気づくと、糸のような涙が次々と流れているのに気づいた。
 けど、桜華は優しくわたしの頭を撫でながら、抱きしめてくれた。
「そういうこと。だからね、ちづりん。もう少しだけ、旅を続けててね」
 そう言われたのと同時に、わたしはウトウトと眠くなり、そのまま意識を失うように、倒れたか、と思うと、わたしは地面に吸い込まれていった。
 …………きゃくさん……きゃくさん……お客さん……、
「お客さん。お客さん!」
 わたしは顔を上げて、声がした方を見ると、図書館司書の中年男性が困惑しながら、
「すみませんが、閉館のお時間ですので」
 そう言われて、わたしは辺りを見回すと、広い図書館にはもう誰もおらず、六人用の机で、
わたしは寝ていたことを思い出した。
 机の上には、マルセル・プルーストの
『失われた時を求めて』の一巻と、
ジェイムズ・ジョイスの
『フィネガンズ・ウェイク』の一巻と、
ウィリアム・フォークナーの『響きと怒り』の上巻と、
キャサリン・マンスフィールドの、
『マンスフィールド短篇集』と、
ガルシア=マルケスの『百年の孤独』と、
なぜか、アナイス・ニンの
『ガラスの鐘の下で』などが、置いてあった。
 それらはどうやら、わたしが持ってきて置いたものだったことを思い出した。
「あ、すみません。今出ます。あ、でも本を元に戻さないと」
「いえいえ、大丈夫ですよ、こちらでやっておきますので」
「す、すみません」
 わたしはそう謝って、外に出た。
 外はとても暑く、空は黄金色に染まっていた。
 家に帰る途中、海岸沿いを歩きながら、夕日を見た。
 ――夕日、綺麗だなぁ。
また、わたしったら夢を見てたけど、
 ――何回夢を見てるんだろう。
 そう思うと、見ている夕日が突如巨大化し、真っ赤に真っ赤に燃え上がる。
 真っ赤に燃える太陽は、
わたしの方へと距離を近づけていき、
わたしはその迫力に身動きがとれなくなる。
 その真っ赤な太陽に対して、一瞬、
恐怖が津波のように襲ってくるが、
その真っ赤な太陽は赤色の濃さを次から次へと増していき、
次第には、赤色は紅色になって……、
 紅色は……紅色は……それは……それは、よく見ると――。
 紅葉の葉っぱだった。
 ――ああ、そっか。そういえば、
わたしは、恋人の彼氏の秋都くんと紅葉を見にきてたんだっけ。
 秋都くんは、わたしと同じ高校二年の同級生で、
日曜日にデートをしようと、わたしから約束したのだった。それなのに、わたしは、さっきからずっと夢を見ていたことに気づいた。
 わたしの膝枕で、恋人の秋都くんは気持ちよさげに眠っていた。
「ちーちゃん」と、彼は目をつむりながら言う。
「うん♪」
 と、わたしは微笑んで答える。
 秋都くんも、わたしのことを『ちーちゃん』と呼ぶ一人だった。
「ちーちゃん……ありがとう」
「え? 何が?」
「僕のことを想ってくれて……ありがとう」
「え?」
 秋都くんが、そう言ったの同時に、
彼が石になり変わった――いや、正確にはお墓になった。
 わたしは秋都くんの、彼のお墓の前で手を合わせて泣いていた。
 ――こちらこそだよ、秋都くん。
 ――わたしは“大学四年になった今でも”、秋都くんを忘れたことはないよ。
 秋都くんは、そうだった――彼は、高校三年の夏休みに、バイク事故でこの世を去っていたのだった。わたしは秋都くんのお墓で手を合わせながら、夢を見ていたんだ。
 ――わたしは、もう何回夢を見ているのかしら。 
 わたしは灰色の空を見上げながら、学生マンションへと向かう。
 帰り道を歩いている途中、わたしはあることに気づいた。
 ――そういえば、今の“季節”って何だったっけ?
 涼しくもなければ、暑くもなく、かといえば、暖かくもなければ、寒くもなく、ただ。
 ただ、わたしは――。
 とても眠くて、ずーっと眠り続けていたい、と思った。
 誰もいない道を、一人歩いている途中、
わたしは自分の体が段々と軽くなっていくことに気づき、
体は白い光になって、意識だけが、空へと高く飛んでいった。
 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピ…………!!
 その音は、わたしの意識の中心を、
右から左へと勢いよく回るかのように鳴り響いた。
 目覚ましの音で、起きたわたしは、
今自分が“社宅”に一人暮らしであることに気づいた。
 ――はぁ、もうなんなのかしら。すっごく長い夢の連続って感じ。
 そんなわけで、
わたしはパンツスーツに着替えて身支度を済ませて、
朝食を取って、会社へ向かおうと、
ドアを開けて外に出た。だが、その途端――。
 見覚えのある閑静な住宅街を見て、わたしは思い出した。
 ――会社は……随分前に……、
 ――主人と結婚してから、やめたじゃん。
 ――何やってるのかしら……わたし……。
 わたしは自分の服装を見ると、
スーツではなく、普段着だった。
 ――寝ぼけてたのかしら、わたし……。
 わたしは再び家のドアを開けて、
中に入ると、自分はそういえば、
“千鶴”を起こすんだってことを忘れてた……気がしてきた。
 ――そうだ。そうだ。今日は“元旦”だったじゃない。
 リビングに行き、テーブルを見ると、
ちゃんと自分が用意したお節が、用意してあった。
 もうすぐ、主人と長女がやってくるから、
あとは“ちーちゃん”だけを起こせばいいんだわ。
今日は元旦なのに、わたしったら変な夢ばっかり。
 しばらくすると、主人と長女がやってきたので、
わたしは“ちーちゃん”の部屋へ行き、
「ちーちゃーん!朝ですよ~もう起きないと」
 わたしは大声で、“ちーちゃん”を呼んだが、何も返事が聞こえない。
 ――もしかして、まだ寝てるのかしら?
 わたしは窓の外を見た。
外は元旦にはふさわしい新鮮な快晴の空だった。
 しばらく待っていたが、
まだ寝ていると思ったので、わたしは再び、
「ちーちゃーん! 起きてるの~? 朝ですよ~。
今日は元旦なんだから早く起きて~!」
 と、わたしはちーちゃんの部屋のドア越しに、
はっきりと言った。すると、
「もう起きてるぅ~! すぐ行くから待っててー!」
 ――良かった。ちーちゃんは相変わらず寝ぼすけさんだなぁ。
 わたしはそう思いながら、
主人と長女が待つリビングへ戻ろうとした、その時――。
 地面が――いや、世界が、
ぐにゃぐにゃに歪んでいるのを感じ、更に、
 ――ちーちゃんって……わたしが“ちーちゃん”じゃないの。
 わたしは波打つ廊下にバランスを崩し、
地面に倒れかけた――その途端――。
 はっと目が覚めた。
 どうやら、わたしは仏間で、
一人ウトウトと座りながら寝ていたようだった。
 ゆっくり立ち上がり、廊下に出るところで、
孫娘の“千鶴”と会った。
 千鶴――いや、孫娘のちーちゃんは、
何歳になっても本当に可愛くて、
わたしの自慢の孫娘だった。ちーちゃんは、
わたしを見て一瞬驚いたが、すぐに元気いっぱいに笑って、
 「あ、お祖母ちゃん、おはよう! あけましておめでとうございます!」
 わたしに、ぺこりと挨拶をしてくれる姿が実に可愛かった。だから、わたしも、
「はい、あけましておめでとう、ちーちゃん。今年もよろしくねぇ。四月から小学生ねぇ。ちーちゃんは今なんぼになったんだっけ?」
「わたしはえっとえーっと……」
 ――うふふ、考えてる考えてる。
 ――わたしも“かつて”はそうだったから。
「えっとねぇ、六歳!」
 快活に答えるちーちゃんに、
わたしは言わなくてはならないことを思い出した。
「そうなのぉ。それじゃあ、まだまだ人生長いと思うし、
この世では本当に色んなことがあって、
生きるってことはそれは本当に大変だなって思うこともあるかもしれないけど、毎日を健康に有意義に過ごしてね。
はい、これはお婆ちゃんからお年玉」
 そう言って、わたしはポケットから、
白い紙の包をそっとちーちゃんの手のひらに乗せてあげた。
「ありがとう、お祖母ちゃん! 大事に使うね♫」
「うん、いい返事ね」
「じゃあお祖母ちゃん早くリビングに行こう! 
お母さんとお父さんとお姉ちゃん皆集まってると思うから!」
「そうだねぇ。それじゃあ、ちーちゃん先に行ってて頂戴。わたしはお祖父ちゃんとすぐに準備してから行くから」
「うん、待ってるね!」
 ちーちゃんが、一人でリビングに行く後ろ姿を、
わたしはしっかり見届けて、再び仏間へと戻った。
 お祖父ちゃんは、とっくにこの世にはいないし、
わたしだってこの世にはとっくにいない。
 けど、わたしは今まで生きてきて何も悔いはないし、
色々なことをやってきたし、色々なことがあったと思う。
 自分の人生を振り返れば、それはもう切りがなく、
些細なことの積み重ねもあれば、出会いや、恋や、
別れや、それから別の新たな出会いや、
新たな発見――それらが、
わたしの未来の道を構築していたとも思えるし、
年を積み重ねてからわかってきたこと、
でも本当はやはり何もわかってなかったこと――という繰り返し。
 まぁでも生きるってそういうことなんじゃないかしら。
 そんな、もうこの世には存在しないはずの、
“わたし”がじゃあ人間はどうして生まれてきたのだろうか、
なんて聞かれても、一人一人意味はあるだろうけど、
その答えを教えてくれる人は結局のところ誰もいないし、
更に言えば、生き方も考え方も答えも自分で探すか、
あるいは自分自身で作るしかないのだから。
 それに、わたしは、わからないことが多いままでこの世を去ってる。
 けど、それはそれでいいのだと思う。
 最終的に、わたしは本来の場所に帰るだけなのだから。
 そう思って、わたしは仏間でゆっくりと目をつむった。

     ✩     ✩     ✩

 多くの仲間たちの声で、わたしは目を覚ました。
 わたしはどうやら、長い時間寝ていたのかもしれない。
 そして今が何時何分で、季節がいつなのかはわからない。
 わたしの〈目〉で、木から地面を見ると、
地面には雪が積もっているが、
今のわたしにはもはや関係のないことだった。
 空は雲一つない快晴の青空で、
これからわたしはところどころ仲間と行動を共にしたりする。
 ――長い夢の後の今。
 人間の世界で言うなら、もしかしたら、
今は新年のいわゆる元旦なのかもしれない。
 わたしが夢を見ていたのは、わたしが“人間だった頃”の夢だ。
 あの頃……あの頃というのが、
一体いつの頃を指すのか、わたしにはわからないが、
少なくともわたしが人間だった頃は、
よく過去を振り返って今を生きて、
未来を考えて未来に向かっていたように思う。
 時間という概念にも縛られて、
けど縛られているということを実感しないまま生きてきた。
 だが、今のわたしには時間という概念はない。
 あるのは今だ。
 じゃあ、何故わたしは、
過去と現在と未来なんて言葉とかを知っていて、
人間のことを知っているのか――それはおそらく、
つい今さっきみたいに毎年わたしが長い夢を見るからだ。
 夢から覚めた時、わたしは一時的とはいえ、
人間だった頃のことを思い出す。
 本当に、わたしが人間だったのかどうか、
それはわからないし、証拠もないし、
更に夢でもあるから、事実ではない、
虚実だって、もちろんある。
 だが、喜怒哀楽――つまり、
人が何に対して喜んで、時に怒ったり、
悲しんだり、あるいは哀しんだり、
楽しんだりするのか、
一時的に思い出せるということは、
わたしはやはりかつては人間だったのだろう。
人間は孤独だったと思うが、今のわたしだって孤独だ。
 そして生き物なんていうものは、
結局のところ孤独なのである。
 違いといえば、人間は空を飛べないけど、
わたしは飛べる。
 けど、飛べるから凄いというわけではない。
生き物には出来ることと出来ないことがあるからだ。
それと過去とか現在とか未来といった時間の概念とか、
物事に対する捉え方。
 現在のわたしには今しかない、今ここ、である。
 過去もなければ未来もない。
人間の視点からすればあるのだろうけど、わたしにはない。
 過去とか未来とか時間の概念に、
興味がない、とかではなく、無いのである。
 あるのは今である――ということ。
 夢から覚めたわたしは、何時間後には、
人間だった頃の思い出が消えて、
いつものわたしに本当の意味での〈わたし〉に戻る。
 人間の考えでは、
思い出が消えるということは、
悲しいことなのかもしれないけど、
それは人間の世界の話であって、
今の〈わたし〉の世界――または、わたしと、
その同胞らにはとっては、
もはや意味をなくす――つまり、
別次元の話ということになるのだ。
 ただ言えること、
それは生きるということは今を生きるということ。
 そして、
人間だった頃の感覚が薄れてきてるから、
最後に言いたいこと。
それは、どんな生き物にも新年は訪れるということ。
 それは今のわたしでも、おそらく意識のどこかで思っている。
 わたしは声高々に叫び、翼を広げて、大空へと飛び立った。

 ――了

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ということで、
ここまで読んでくれた方々に深く感謝を申し上げま鶴。
本当は一月中に発表したかったのじゃが、
なんと今は2月1日である。
じゃが、この作品は、書き初め短編小説としては、
しっかりと完結出来た一つではないかと思っておる。
もちろん、加筆修正はするが、
皆様からの感想コメント、
簡単簡潔で全然構わぬので、
コメント欄に書いていただけたらと思いま鶴♪
皆様のコメントは今後の創作の研究として、大事に受け止めま鶴。
今後も、蝦空千鶴をよしなに!

皆様からの暖かな支援で、創作環境を今より充実させ、 より良い作品を皆様のもとに提供することを誓いま鶴 ( *・ ω・)*_ _))