恋と寒空④
恋愛小説『マイ・ブラウン・シュガー』
【第二十八話】
(ヒロ)
笑顔は人を豊かにする。
彼女の微笑みにはどんな意味があるのだろう。
俺に向ける笑顔とカンナさんに向ける笑顔にはどんな違いがあるだろうか。
席に座ってただ話を聞いている彼女と俺の前で沢山話をしてくれる彼女。勘だけど、多分そこに差異はない。本当に笑顔は人を豊かにするのだろうか。
彼女が一人佇む時の”無”の表情。
俺の目にはその時が一番輝いて見えていた。
確かに作業をしながら遠くに見える彼女はとても愛らしいけれど、透明になっているかのように何処か見えない。
「あいつといる時のユリちゃん、あんまり喋んないよね」
急にタクトが俺に向かって言葉を投げる。
「まぁいつも喋ってないか」なんて言いながらタクトは呼ばれて注文を取りに行った。
俺もまだ呼べない”ユリちゃん”を軽々と呼ぶタクトの相変わらずな人たらし術は健在だ、羨ましい。
必ずしも話せるわけではないこの時間だけど。
1秒でも長く同じ空間を共有できるだけで、世界は色鮮やかになって、俺は少しだけ夢をみられた。
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