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いい湯だな(続き)

前の投稿で、筑波大学などの研究チームが高温酸性の温泉からRNAウイルスがいるのを発見したと言う記事を紹介し、好熱性細菌とその利用についてお話ししました。高温で強い酸性(もしくはアルカリ性)の水の中に住んでいる細菌もすでに私たちの生活に欠かせないものになり始めています。今回は、その続きで身近なRNAについてお話しします。

DNAのコピー

科学に興味があるなし関係になく、DNAという言葉を聞いた時にイメージするものはほとんどの方が同じだと思います。細胞の中にある遺伝物質で、これが受け継がれているため、親子や兄弟が似ていると言った感じでしょうか?もう少し詳しく説明すると、このDNAの中に含まれている塩基という物質の並び方が遺伝情報(遺伝子)となっており、これが受け継がれています。私は学生にDNAや遺伝子について教える時、「DNAは紙、そこに書かれている内容(塩基の並び方)が遺伝子」と例えています。そんなDNAに書かれている内容は何かというと、体を作ったり、生命現象を補助するためのタンパク質(酵素)の設計図です。しかし、この設計図は細胞という世界にたった1つしかありません。では、胃をつくる細胞が消化酵素を作る時に、その設計図はどのように作られるのでしょうか?

先述したように、DNAは細胞という世界にたった1つしかない設計図です。そのため、DNAを核膜で覆って保護しています(これが細胞の核とよばれる場所になります)。タンパク質は核の外側にあるリボソームで合成するのですが、タンパク質を作るためとはいえ、核という図書館からDNAを持ち出すことはできません。私たちが、図書館で持ち出し不可の本の情報が必要な時と同様にコピーをします。このDNAのコピーがmRNA(伝令RNA)です。RNAには他にも、rRNA(リボソームRNA)とtRNA(運搬RNA)があるのですが、ここではmRNAを紹介します。RNAは、DNAと同じく核酸とよばれる遺伝情報を扱う物質ですが、構成する成分が違うため、DNAと性質が異なっています。(少し詳しく説明すると、核酸は塩基と五炭糖とリン酸が合わさってできたヌクレオチドでできています。DNAとRNAでは、そのうち五炭糖と塩基の種類が異なっています。)

転用可能?

私たちの胃の中で消化酵素が作られる時の話をすると、DNAの消化酵素の設計図が書かれているところが印刷され、mRNAが作られます。そのコピー(mRNA)をもとに、核の外にあるリボソームで内容が解読され、酵素(タンパク質)が組み立てられていきます。ちなみに、DNAやこのコピー(mRNA)を別の生物に入れてもちゃんと目的のタンパク質や酵素は作られます。例えば、細菌がもつ小さなDNA(プラスミド)にブタのインスリン(血糖値を下げるホルモン)の設計図が書かれているDNAを埋め込むと、細菌でインスリンのmRNAが作られ、インスリンを作る細菌が出来上がります。また、レトロウイルス(mRNAを持つウイルス)は、生物の細胞に自分のmRNAを流し込み、その細胞内の材料を使って子供をつくります(逆転写などの話は割愛させて下さい)。このようなことが可能になのは、地球上の生物の設計図とそのコピーがDNAとRNAという共通の物質を使っているためです(ウイルスは生物ではありませんが)。

この地球上の生物の遺伝情報が同じ物質で受け継がれていることをうまく利用したのが、新型コロナウイルスのワクチンとして利用されたmRNAワクチンです。ワクチンには、弱ったウイルスや細菌を注射して免疫細胞に敵を覚えさせる生ワクチンウイルスや細菌の体の一部を注射して免疫細胞に覚えさえる不活化ワクチンがあります。新型コロナウイルスの場合、治療法がない中で生ワクチンを使うことはできません。一方、新型コロナウイルスの体の一部からワクチンを作るのには数年かかってしまいます。そこで、RNAワクチンでは、新型コロナウイルスのタンパク質(感染する時に利用するスパイクタンパク質)の設計図のコピーであるmRNAを私たちの体に注射して、私たちの細胞に新型コロナウイルスのタンパク質を作らせます。これによって、免疫細胞に新型コロナウイルスのタンパク質を覚えさせます。

DNAとの違い

DNAとの違いはいくつかあるのですが、ここでは壊れやすさについて紹介します。RNAは、DNAに比べて壊れやすいです。従来は、使い終わったコピーを廃棄する意味合いもあることから、RNAが壊れやすいことは悪いことではありません。しかし、ワクチンなどで利用する場合、RNAが壊れてしまわないように倉庫では−90〜60℃で、病院や接種会場でも−20℃くらいで保存しなければなりません。この性質は、製品の使い勝手を悪くしているだけではなく、開発や実験をすることも難しくなっています
今回の発見は、熱水の中に生息しているRNAウイルスで、RNAの性質を考えると不可能な話です。研究チームの研究テーマからすると、この調査の目的は、ワクチン開発のためではなく生命の起源を探ると言ったところでしょうか?ウイルスは生物ではありませんが、同じ遺伝物質(DNAやRNA)をもっており、条件がそろえば自分と同じ特徴をもつ子供を作れることは生物と同じです。また、熱水は原始の地球と同じ環境だと考えられているため、今回の発見はDNAやRNAをもつウイルスが生命へと変化したという可能性を証明する根拠となるかもしれません。
この熱水の中から発見されたRNAウイルスの研究がすすめば、分解されにくいRNAを人工的に作ることができるようになり、ワクチンだけでなく分子生物学的な技術が発展することになるかもしれません。

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