2年3ヶ月にわたる「場所」と「場」の運営にまつわる考察。ぼくたちが得た、大切にしたい5つの考え方。

 昨日、無事「amare(あまり)」のクロージングパーティーが終わった。

 「amare(あまり)」というのは、駅前商業ビル(塚口さんさんタウン)の空きスペースをたくさんの人と一緒に改装してつくった秘密基地のような空間だ。

 尼崎をリノベーションしたい、「あまり」の部分にこそ価値があるのではないか、「amare(アマーレ)」愛する場所にしたい。そういう想いで「amare(あまり)」と名づけて、みんなで育ててきた。

 今回、ビルの建て替え工事に伴って、残念ながら退去せざるを得なくなった。共に歩んできた2年3ヶ月は、長かったようで短かった。

 今までやってきた中で学んだこと、気がついたことがある。ぼくが大切に思うそれらのちっぽけなことを、これから「場づくり」や何かの活動をしたいという方のために、まとめておきたいと思う。

・なぜを考える。
ぼくたちは大切なことを問う必要がある。その場や活動は「わたしにとって」本当に重要なのかということを。また、なぜ、どういう意味で、重要なのかということを。
「誰かのため」を思ってはじめた場づくりや活動でも構わない。だけど、その誰かのためを思ってしているわたしの行動(の理由・目的・背景)を言語化したり、腹落ちさせたりすることはとても大切なことではないか、と思う。
情報にあふれた世の中で、誰かの心に刺さるか刺さらないかは、この研ぎ澄ましにかかっている。主語が「わたし」あるいは「(具体的な)わたしたち」ではない言葉は、もはやなかなか人の心に届いていかない。丁寧に自分自身を掘り下げていくこと。これがぼくが一番大切だと思っていること。

・しっかりと楽しむ。
自分を中心に考えないと疲弊したり、不満が出たりする。結局は、わたしが楽しいからやる、わたしが大切だと思うからやるが基本だと思う。自分中心にというのは好き勝手にすることではない。自分の小さな声を大切にするということだ。でなければ、楽しめない。
「誰かのため」が、いつしか「やってあげているのに」に変わるときがある。不満を言うよりも、できるだけ自分に引きつけて、どうすればよいかを考える方が建設的だし、楽しい。
おこがましいが、ぼくが主催するものは、ぼくが楽しいと思っているから人が集まってくださると思っている。ゲストの話をぼくが一番聞きたいと思っているし、企画するイベントのことを誰よりも楽しんでいる。そういうあり方は、きっと関わる人に伝わってしまう。

・未来を考えない(今を遊ぶ)。
未来を考えすぎると動けない。リスクや不安が頭を埋めつくす。そういう状況をたくさん見てきた。
大切なのは、とりあえず手帳を開いて日程を入れること。できることからはじめること。3年後どうなっているかも知らないし、1年後さえもどうか分からない。バックキャスティングで人生を考えるなんて、ぼくにとってはつまらない。今、ここでしか生きられないぼくたちは、もっと今を「遊ぶ」べきだと思う。「遊び」というのは素晴らしい。何かを得るための手段ではなく、それそのものが目的でもあり、手段でもあるのだから。
進むべき方向(羅針盤)だけ間違わなければ、なんだっていいとぼくは思っている。そして、羅針盤を磨くためには、最初で書いたように自分を掘り下げていくことと、歴史やものごとの背景を知ったり、想像したりする必要がある。

・仲間(同志)をつくる。
一人じゃできない。いや、一人でやれてしまう人は天才なのかもしれない。凡庸なぼくは、仲間の後押しや支えがないと何もできない。
どうやって仲間をつくるのか。そのためには、自分の想いを伝えるしかないし、実践を背中で見せるしかない。言わないこと、書かないこと、見せないことは伝わらない。基本的に、人は身近な人のことでもほとんどわかっていないのだから、どんどん出していって、知ってもらうほうが良いと思う。
仲間をつくると書いたが、つくるというよりも、やっている中でできたというのが個人的な感想。下心をもって近づいてくる人のことはわかるので、普通に出会って仲良くなるほうがいい。
弱いところが出せたり、誰かを頼ったりできるリーダーが、優れたリーダーなのかもしれない。足りないからこそ、関わり合えるということはこの数年で痛いほどわかった。

・余白をつくる。
「〜ねばならない」という考えをできるだけなくす。また「社会課題の解決」や「地域活性化」などとできるだけ言わないようにする。「義務」や「身体を超えた大きな話」は理解するのが難しい。ハードルを下げ(ぼくはファッション化させると言っている)、関心層や関係層を広げていくことが、まず必要なことだと思う。
場をつくる人は、関わりやすい状況を整えること、また関わる人がその人自身でいられるような雰囲気を生み出すことに集中する必要がある。指示しない、決めない、準備しないというのはサービスを受けることに慣れている人には大変だけれど、慣れていくとそれも楽しい。余白や間のある社会は、とても自由で素敵だと思う。

 要するに、今自分ができうることを義務ではなく楽しみながらやり続け、それを誰かにファッショナブルに伝えていく、その一方で、自身の行動に対しての振り返りや内省を続け、自分の立ち位置や進むべき方向を明確にしていく、ということだ。

 いや、そんなふうにまとめなくていい。思うように自分を信じてやればいい。周りに信じてくれる人がいれば、あるいは信じられる人がいればできるというのがぼくの持論。だから困っている人がいたら、ぼくが「面白い!」「いいですね!」「やりましょう!」と言いたい。

 あと、最後につけ加えておきたいのは、「場所」がなくても「場」はつくれるということ。自分で具体的な空間を借りたり、買ったり、持ったりしなくても「場(関係性)」はつくることができる。だから、できることからはじめられるといいな、と思う。

 ぼくも最初はカフェで集まるところからはじめた。知り合いと二人で。それだけです。

 だから、何かを新しくはじめるって、そんなに難しいことじゃない。きっと。

 (すべて無料で読んでいただけますが、投げ銭制にしておきます。気が向いた方は、ぜひよろしくお願いします。)

■尼崎ENGAWA化計画
https://www.facebook.com/amagasakiengawa/

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2年3ヶ月にわたる「場所」と「場」の運営にまつわる考察。ぼくたちが得た、大切にしたい5つの考え方。

藤本 遼(ふじもと りょう)/場を編む人

500円

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