物語・世界・宇宙─『構造素子』

書籍詳細

選考会で絶賛を浴びた、現代SF100年の集大成たる傑作
L8-P/V2のエドガー・ロパティンは、SF作家だった父ダニエルの死後、残された草稿を目にする。それはL7-P/V1の母ラブレスが構築し、父ダニエルが実装したオートリックス・ポイント・システム、彼らの子供であるエドガー001の物語だった

本年のハヤカワSF大賞.ちまちま読み進めていたが,ようやく読了.
かなり複雑なメタフィクションのため,難解ではあったが,可読性は高い.選評にて「欠点を強いて挙げるならば完璧すぎることか」とまで言わしめた構成力は脱帽もの.
東氏の選評で書かれていたが『クォンタムファミリーズ』への強いオマージュになってるらしく久しぶりにそちらを読み返してみようかしら,と思った次第.
円城塔氏の『Self-Reference ENGINE』はボーイミーツガールの物語だったが,こちらは父と子の物語.同じく複雑な構成を持つ両作だが,その根底にある思想はベタすぎるほどに人間的だ.

小説,ひいては文章を綴るということは「世界」はたまた「宇宙」を生み出すことだ.書かれてしまった文章は私の手を離れ,世界を広げていく.

「わたしが語る言葉は、わたしから離れ、わたしとは無関係な場所で読まれ、解釈され、わたしとは無関係にまた分岐していくのでしょう。」

エドガーの物語,生まれなかったエドガーの物語,人工意識であるエドガー・シリーズの物語.人間と人工知能のあり方についても考えさせられる.

小説内に描かれたウェルズの『宇宙戦争』の逸話が興味深い.

オーソン・ウェルズの「宇宙戦争」事件~全米をパニックに陥れた伝説のラジオ番組が引き起こした集団パニックの真相とは?

ラジオドラマとして放送された『宇宙戦争』,そのあまりのリアリティに本当に宇宙人が攻め込んで来たと勘違いした人々で混乱に陥ったという.
ラジオという限定的な情報発信の世界だったからこそ,そこに発生するリアリティが強化されたのか.
この逸話は「フィクション」とは何だろうか?ということを考えるきっかけにもなる.私たちは映画や小説を読むときに「それはフィクションだ」という当たり前の共通認識を知らぬままに抱えて受容している.だからこそ,私たちはそれらの作品に対してメタ的なレベルで言葉を紡ぐことができるのだし,観たり読んだりすることができる.しかし,それらのフィクションはある日突如として現実へ影響を与えることもある.こうした事件はフィクションが現実に侵食した結果,明らかに現実を異化させた例である.

ところで,「ポスト・トゥルース」という言葉がある.何が真実なのか容易に区別がつかなくなってしまった私たちの世界は言い換えれば「ポスト・フィクション」の世界であるとも言える.その世界において私たちは「フィクション」との付き合い方を考えなければならない.現実はおそらくもっと虚構化されるのだから.

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