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ひとつなぎの木の下で(7)

*お金からの開放がテーマの短編小説です。全9回、連日投稿いたします。

7 社会はチームである

 どうだ!木下!論破してやったり!ワハハハ。

「ああーさすが田宮さん!そこなんですよ、一番大切なところは。心の問題。いくらシステムを変えようとしてもだめなんです。人間の精神性が追い付かなければうまくいかないんですよ。そこがとてもとても大切なんです」

「そうでしょう、そうでしょう、うまくいかないでしょう。人間の性なんてそう簡単には直らないですよ」

 だいぶ落ち着いて来たぞ。呼吸も楽になってきた。

「でもね、田宮さん。今の社会でもいたるところで価格がなくてもまわっている社会があるのをご存知ですか?」

「そんなの聞いたことがないですね。もちろん見たこともない。それはどういう社会ですか?」

「それはですね、まずは家庭です。私は失敗して家庭を無くしてしまいましたが…」
 
「家庭!?何を言うかと思えば家庭とはどういうことでしょうか?」
 
「はい。田宮さんはご結婚はされていますか?」
 
「いえ、私は独身ですが」

「では、小さな頃を思い出してください。冬になれば暖房器具が出ていて時間になればご飯が用意され、着ているものはいつも清潔でいられたのはお母さんの働きがあったからのはずです。でもそこにはお金は介在しないんです」

「まぁ、最近では家事労働に対して賃金を旦那に請求する事例も出てきていると聞きます。何かすごく違和感というか寂しさを感じますが」

「それは私も聞いたことがあります。ここで少し話が逸れてもいいですか?前々から私思っていたことがあるんですが、この社会は男性社会とも言われるくらい男性的なルールで成り立っています。
 そんな中で社会進出した女性たちは非常に男性的な思考を強制的に強いられているのかもしれません。女性でありながら男性的価値観にならなければならない。それはそれで男性たちも苦しんではいますが、それにも増して現代の女性たちの苦しみは尋常ではないのではないでしょうか」
 
「うーん、ちょっと古いですが昔、親父ギャルなんていう言葉があったのを思い出しました。女性が男性のように振る舞うみたいなことでしょうか。でも、そもそも男性と女性では何が違うというのですか?」
 
 記憶を辿れば報道番組で報道されていた赤鉛筆と競馬新聞を片手に中年男性さながらに競馬場でわめき散らしていたO Lの姿が脳裏に蘇ってきた。彼女たちは今どうしているのだろう。
 
「はい、個人的な感覚ですがそもそも男性と女性では性質が違うように思えるのですよ。例えば我々男性が女性のような周りと共感していくような非常にきめ細やかな気配りや優しさ、お母さんのようなすべてを受け入れてくれるような大きな器、そのように振る舞ってこの男性社会を生きなければいけないとなるとなかなか大変です。
 どちらかというと我々男性は意見が違うだけですぐに角を突き合わせてしまうような、それこそマウント取り合うような競争をしてしまうところがありますから。そのような性質の違いから女性はこの男性社会で男性以上に息苦しさがあるのではないかと思うんです」

「なるほど。この男性社会の中でも活躍している女性も多くいますがその女性には元々男性とは違う共感していくような特別な何かがあって成功しているのかもしれませんね。競争する性質と共感していく性質ですか、おもしろい考察です。言うなれば女性のための成功哲学でしょうか。なんだか興味が湧いてきました。
 お金の性質と男性の性質に似ているものがあるのもなかなか面白いです。男性と女性の性質という観点で深掘りすればまた興味深いものが見えてくるかもしれませんね」
 
「先ほど私の言いました家庭の中で家族のために働く母親像には相手を負かしてまで勝とうという競争など全然感じないですから」
 
「確かに。ああ、そういえばそこのところの話でしたよね。価格が無い社会の話。えーっと、まずは家庭ということでしたが母親の家事には確かに賃金は発生していませんが、それもこれも家計がベースにあるわけですから価格は実際はあるとは考えられませんか?結局はお金がないと成り立たないという」

「そうですね、経済システムの中の社会にいる限り確かにお金がなければ生活は成り立たないでしょう。でもこれは家庭の中だけの話です。お母さんはお金のために赤ちゃんのオムツを変えたりお世話をしているわけではありませんよね。家族が家族のために働いたところにいちいち請求していたら田宮さんの言うとおり違和感がありますし。お母さんと同様にお父さんが部屋の電球を交換しても請求する先は無いんです。家庭内の家族の働きはお金が目的ではないんですから」

「うーん、ちょっと分かりづらく難しいです。家族は血の繋がりがあるのでそれが出来るようにも思えます。他に例はないですか?いたるところにあるんですよね?そういう社会が」

「わかりました。それではですねー、この間サッカーのワールドカップがありましたよね?」

「はいはい、ありました。興奮しましたよ!夜中の試合を見るために寝不足でしたが、サッカーの面白さのためなら辛くなかった」

「お詳しいのですか?」

「はい、そりゃあ解説者だって出来るくらい好きです。選手の特徴やチームの戦略戦術。監督の手腕、サポーターとの絆。どこをとってもおもしろいのがサッカーです」

「田宮さん、私がサッカーの試合を見ている限り、試合中に選手はお金のやり取りなんてしていませんよね?」

「そりゃぁ、当然じゃないですか。試合中は勝利に向かってチーム一丸となって攻めと守りを懸命にやっているのですから、お金のやり取り?そんな暇ない」

「ここではサッカーで攻めている時に絞りましょう。サッカーで攻めている時はゴールに向かって各ポジションが最大限に役割をこなしていますね。ゴールという目的のために一丸となって」

「もちろんですよ!もうチームが一つの生き物のようにならなきゃいけない」

「そうなんですよね。その時、チームは一つの生き物なんですよね。だから選手ひとりひとりはその一部となって、出来る限りチームのために働いてボール運びをしている」

「その通りです!ラグビーでよく言われるOne for All,All for One.の精神とでも言いましょうか」

「田宮さん!それです!全員が一人のために、一人は全員のために!これが価格のない社会の基本にある大切な精神なんです。その心にはパスを出してやるからいくら払えとかは無いんです。逆に自分勝手にそんなことをしてしまったら、チームはガタガタになるんじゃないですか?」

「むむ、そうきましたか!」

「我々の生きているこの社会は言わばサッカーの試合中なんです。みんな同じチームに所属するピッチに立つ仲間なんですよ。それぞれのポジションで全員のために懸命にボール運びをしなければゴールに辿り着けないんです」
 
「むむむ、確かに家庭でも家族のためにお母さんは働き、お父さんは働き、子供は…」

「すくすく成長するという仕事ですかね。ハハハ。なんにせよ家族ひとりひとりがサッカーチームの選手たちのようにお互いに助け合い、支え合い、生かし合い最終的には幸せというゴールを目指してるんですね」

「うーん…まいったな…そもそもベースにある経済システムを抜きにしたら家族やチームの中の働きには価格は付かない、いや付けられない。しかも先ほど世の中の価格はオール¥0ということになってしまったから…お金の交換が無くなる…交換のない世界、もうそこにはお金そのものが無いじゃないか…そんなことあり得るのか…」

つづく

 

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