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新人の掟

開発部。
 
配属された新人のりおちゃん
 
少し慣れてきたようで、
プライベートな会話も、
できるようになった。
 
「ねえ、りおちゃん?」
「はい。何ですか先輩?」
 
「りおちゃんは、
 何か趣味とかある?」
「特にないですね。
 いて言えばゲームです」
 
「ゲームやってるんだ。
 何のゲーム?」
「先輩、ポケモンGOって、
 知ってますか?」
 
「ああ、知ってる知ってる。
 やったことはないけど。
 わりと最近だよね、流行ったの」
「はい。
 私、中学生からやってます」
 
「え?!嘘?!中学生……」
8年前です」
 
「8年前、中学生…
 (殺傷力さっしょうりょくの強すぎるワードだわ)」
「じゃあ、先輩の趣味は何ですか?」
 
「私?私は…そうだなぁ…
 月並みだけど音楽鑑賞かな?」
「先輩は、
 どんな音楽聴くんですか?」
 
「音楽?
 いや、音楽もちょっと独特なの」
「そうなんですか?
 でも聴くんですよね?」
「ちょっとね」
 
「じゃあ、先輩のお薦め教えてください」
「いや…だから…私、
 最近の音楽はあんまりわからなくて…」
 
「?」
「実はね…私の専門はジャズなの」
 
「ジャズ?」
「りおちゃん、わかんないか…。
 何て説明すればいいんだろ…。
 即興そっきょう音楽?」
 
「わかんないです」
「じゃあ、4ビートのスウィング…?!
 そう、スウィング!
 りおちゃん、
 スウィングガールズって映画、
 見たことある?」
 
「見たことないです」
「(ええ~!あれ何年?中学生より前ってこと?)
 見たことないかあ…。
 じゃあ上野樹里ちゃんは、知ってる?」
 
「…し、知ってます。
 家族のカタチってドラマで、
 香取慎吾さんと共演されてました。
 ドラマは最初から毒親、クレーマー、
 親の無断再婚、大人になれない大人たち。
 急にできた引きこもりの弟。
 あまりに辛い現実大量投入で、
 序盤のシングルライフのシーンが、
 夢のような生活過ぎて、
 私も社会人になったら、
 結婚せずにああいう生活を
 送ろうってちかったドラマです。
 だから全部見ましたが内容は、
 ほとんど覚えてません」
「そ、そうなんだ。
 あれ?りおちゃん、それいつ見た?」
 
「私が中学生の頃です」
「また中学生!!
 そして、まだ中学生…」
 
「先輩、ジャズってなんですか?」
「ごめん、ちょっとトリップしちゃった。
 (あれ?ドラマの主題歌、
  ジャズっぽくなかったっけ…?)
 え~と…どうしよ。
 そうだ、椎名林檎は知ってる?」
 
「…知りません」
「ええ~。
 じゃあ…東京事変も?」
 
「…し……それは知ってます」
「なんで?!
 東京事変のボーカルは、
 椎名林檎だよ」
 
「…しり…そうなんですか?
 私、ボーカルが誰とか、
 ギターが誰とか興味なくて…」
「まあそういう人いるよね。
 で、その東京事変の曲が、
 わりとジャズテイストのもあるかなって」
 
「…と…東京事変は、
 ミディアムテンポが特徴的な、
 ロックグループじゃないですか?
 むしろバンドメンバーそれぞれの、
 得意分野を持ち寄り様々な楽曲を創作する、
 オールラウンドバンドとも言えませんか?」
「え?!あ、ああ、そうね。
 りおちゃん、東京事変くわしいね」
 
「い、いえ…そんなに知りません」
「あ、そ。
 まあ秘密って曲とか、
 喧嘩上等とかはジャズだよね」
 
「喧嘩上等大好きです!」
「それがジャズだと
 思ってくれたらいいよ」
 
「わかりました。
 喧嘩上等はジャズ。
 喧嘩上等はジャズ…」
「あっ!
 私も最近の歌手、
 ひとりだけ知ってる」
 
「誰ですか?」
吉澤嘉代子よしざわかよこ
 知ってる?」
 
「…し…知りません」
「?
 知らないかあ。
 メジャーじゃないのかな…。
 あの人もジャズっぽい歌があるの。
 地獄タクシーって曲。
 なかなかパンチのきいたタイトルで、
 歌詞も奇想天外きそうてんがいだけど、
 聴き応えのある一曲って感じで…
 さすがに知らないよね?」
「…し…し、知ってます!!」
 
「え?!
 さっき、知らないって?」
「吉澤嘉代子はジャズというより、
 昭和レトロポップな曲調
 独特な歌詞の世界観で、
 独自の音楽を追求する
 私が尊敬するシンガーソングライターです」
 
「ねえ?」
「はっ?!はい!」
 
「りおちゃん、
 さっきから知ってて、
 知らないって言ってない?」
「し、し、知りません」
 
「何か隠してるでしょ?」
「な、な、な、何も知りません」
 
「りおちゃん~。
 たまには…
 先輩にも教えて…ねえ?」
「は、はい、教えます。
 実は同期で決めました」
 
「何を?」
「今年入社の社員、
 みんなで助け合って頑張ろうって。
 そして守るべきことを決めました」
 
「守るべきこと?」
「それは…」
 
「それは?」
「例え先輩より知っていたとしても、
 知らない振りをすることです」
 
「はあ?!
 なにそれ?」
「先輩に失礼のないように、
 たとえ知ってることでも、
 まずは先輩の話を聞こうって」
 
「そんなの意味ないよ、りおちゃん。
 知ってるなら知ってるでいいんだよ。
 それに教えてる時間…まあいいか。
 みんな気をつかってくれたんだね…。
 …りおちゃん聞いて」
「はい!先輩」
 
「別に先輩より知識があったって、
 仕事ができたって良いんだよ。
 今は私が指導係で先輩だから、
 立場が上のように感じるけど、
 会社はみんなが力を合わせるとこなの。
 だから仕事ができるなら、
 ドンドン挑戦していけばいいんだよ。
 変な気兼きがねは逆効果だよ。
 りおちゃんたちが頑張れば、
 私たちだって負けずに頑張るんだから。
 それに今後は同期だけじゃなく、
 全員で助け合わなければいけないの。
 私たちはもう同じチームなんだから」
「はい先輩。
 今度からはわかることは、
 きちんと先輩に伝えます」
 
「うん。
 私も先にりおちゃんに
 確認するようにするから」
「ありがとうございます。
 先輩、私、頑張ります!」
 
「うん。頑張ろうね。
 ところで、りおちゃん?」
「はい」
 
「りおちゃん、
 吉澤嘉代子知ってんだよね?」
「…は…はい」
 
「じゃあ、りおちゃんは、
 吉澤嘉代子では何の曲が好き?」
「好きな曲ですか?」
 
「そう。
 りおちゃんお薦めの曲」
「私がお薦めする曲は……」
 
「教えて……」
「はい!
 ねえ中学生って曲です!」
 
「もういいよ、中学生…」
 
 

このお話はフィクションです。
実在の人物・団体・商品とは一切関係ありません。

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