画像1

【朗読】恋の残像

文月悠光
00:00 | 00:00
あの夏、わたしたちは何を燃やしていたのか🎆

 *

八月の空はゆっくりと暮れていくから
からだの熱を持て余したまま歩き出す。
体温を薄く溶いたような夏の闇は
しっとりと首筋を取り巻いた。

一本のろうそくを囲めば、
ちいさな花火大会がはじまる。
それぞれの手が自在に描く光の曲線。
照らし出される横顔は、古いフィルム映画のよう。
懐かしい暗闇に あなたを見つけた鮮烈な一瞬。
あなたがわたしに燃えうつる。
青い蝉が初めて舞い立つとき、
一対の翅は分かちがたく
空気と触れ合い、スパークする。

朝のTシャツに残る、かすかな火薬の匂い。
あなたがきれいと褒めてくれた、
わたしの花火はどんな色をしていただろう。
覚えているのは、安らぐようなさみしさ。
水に浸ければ、シュウッとしぼむ赤い火を
みずから 名残惜しく手放したこと。

あの夏、わたしたちは何を燃やしていたのか。
けむった夜空の下で、夏の終わりを灯していた。
自分の求めるものを知らずに
ただ影となり、歩きつづけるほかなかった。
そのうつくしい残像に
わたしはせめて 手を振りかえす。

詩「恋の残像」文月悠光

*「婦人之友」2020年8月号 ミヨシ石鹸さん広告より。
毎月、裏表紙広告欄に詩を書き下ろしています✍🍧
写真:岩倉しおりさん

▶︎詩のテキスト・朗読のバックナンバーは
ミヨシ石鹸さんホームページでも公開中🎧🌠
https://miyoshisoap.co.jp/pages/medium

投げ銭・サポートは、健やかな執筆環境を整えるために使わせて頂きます。最新の執筆・掲載情報、イベントなどのお知らせは、文月悠光のTwitterをご覧ください。https://twitter.com/luna_yumi