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小説 フィリピン“日本兵探し”

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フィリピンに日本兵が生存しているという情報を追った、テレビ記者や戦没者遺族の一行の冒険ストーリー。
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小説 フィリピン“日本兵探し” (26)

小説 フィリピン“日本兵探し” (26)

暗い空間の中に、OAまでの時間を告げる時計が白く浮かび上がっていた。進む秒針。その場にいるスタッフの視線は、その正面の白い明かりに集まっていた。
「本番1分前です。各所よろしくお願いします」、テレビ関東のニューススタジオも、映像を送出する副調整室も、いつも以上の緊張感が漂っていた。もちろんトップニュースはフィリピンの無人島に、旧日本兵が54年前に戦争が終わったことを知らずに、きょうまで洞窟にとどま

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小説 フィリピン“日本兵探し” (25)

小説 フィリピン“日本兵探し” (25)

アキラが洞窟に戻ると、タカシと宮田が言い争いをしていた。宮田の携帯電話がつながらない状態で、大使館や本省への連絡のため、衛星携帯電話をタカシに貸してほしいというのだが、タカシは、1時間後、夕方4時のテレビのOAが終わるまで貸せないと断っていたのだった。
「タカシさん、旧日本兵発見の知らせを大使館と政府に入れて、谷口四郎少尉の帰国準備に入りたいんです。持っている衛星携帯電話を貸してくださいよ!」と宮

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小説 フィリピン“日本兵探し” (24)

小説 フィリピン“日本兵探し” (24)

ミンダナオ島ダバオの日本式カラオケ店に、拉致されているはずのハルミがいた。テーブルで向かい合い、この店の主人、ケイコと今後の動きを確認し、同行したNPAの兵士に指示を出していた。
「実行部隊を空路でマニラに送るよう、本隊に伝えて」

ハルミは、マサがレイテ島で行う遺骨収集や現地の人々への奉仕活動、日本人戦没者の慰霊碑の維持・管理などを行っていたが、それは表の顔で、裏の顔はフィリピン政府に抵抗する

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小説 フィリピン“日本兵探し” (23)

小説 フィリピン“日本兵探し” (23)

フィリピンの首都マニラの北西に米空軍の使用が見込まれる施設がある。かつて在比米軍基地だったその場所は、1991年に米軍からフィリピン政府に返還され、フィリピン空軍が管理していた。

フィリピンでは、領有を主張する南沙諸島の環礁が1995 年に中国に占領される事件が起きたのを契機に、米軍の再配備を求める動きが強まっている。国家主権を重視する上院は、「外国の軍事基地、軍隊、施設はフィリピン国内では認

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小説 フィリピン“日本兵探し” (22)

小説 フィリピン“日本兵探し” (22)

ミンダナオ島の空港毒ガステロ事件について、タカシは、欧米が日本やフィリピン以外の第三国の関与を推察していて、谷口少尉が実在していようがしてしまいが、NPAとその第三国の関係者が、フィリピン政府軍による「制圧」の対象になるだろうという仮説を述べた。第三国の関係者とは、当然、北朝鮮の工作員、マリアを指していた。

「逆もあるのではないか。お前は実在していようがしていまいがと言ったが、それは生きていよ

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小説 フィリピン“日本兵探し” (21)

小説 フィリピン“日本兵探し” (21)

宮田から共産ゲリラとの仲介を依頼され、どのように話を進めるのがよいかを考えあぐねていたマサにタカシが声を掛けてきた。
「マサさんと電話で話していた日本人のマリアという女。公安調査庁のルートで聞いてみたら、どうやら北朝鮮の工作員の可能性がありますよ。キム・ソラ、北九州の折尾の朝鮮学校に通っていたそうです。その後、帰国事業で万景峰(マンギョンボン)号に乗って北朝鮮に渡り、消息を絶っていましたが、現在は

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小説 フィリピン“日本兵探し” (20)

小説 フィリピン“日本兵探し” (20)

フィリピンの7月は雨季にあたる。1~2時間ざっと降る感じだ。この日は、ざっと降ってすぐにやむスコールだった。 ミンダナオ島のダバオにある国際空港、フランシスコ・バンゴイ国際空港。政治家、フランシスコ・バンゴイを記念して命名された空港だ。ダバオ国際空港とも呼ばれている。ここで、午後の雨上がりに傘を持つ男の姿は特に目立つものではなかった。空港警備員の足元に置かれていた琥珀色の液体が入ったビニール袋を男

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小説 フィリピン“日本兵探し” (19)

小説 フィリピン“日本兵探し” (19)

マサからの電話を終えた後、受話器を置いた宮田は、東京の本省の援護局事業課長である本郷にすぐ電話を入れた。
「本郷課長、旧日本兵が生きているという情報が、フィリピン・サマール島で流れているようです。日本の慰霊団からの情報です。指示を仰ぎたく」
厚生労働省は、戦没者の遺骨について、発見現場の周辺に遺留品などがあって遺族が推定できる場合は、遺族からの申請に基づいてDNA鑑定を行って、関係が明らかになった

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小説 フィリピン“日本兵探し” (18)

小説 フィリピン“日本兵探し” (18)

フィリピン・サマール島のカルバヨグにあるレストラン。そこに、共産ゲリラのジュンは、客であるマリアを招き入れた。
「ここに、その若者はいるのか?」
「アウアウのことですね。すぐに連れてきますよ」
別の男が、奥から小柄な若者を連れてきた。
黄色いヨレヨレのシャツを羽織って、濃いグレーの短パンをはいている。顔には、殴られたような複数の傷があり、左のまぶたは腫れて黒ずんでいた。
最初は、マリアが分からない

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小説 フィリピン“日本兵探し” (17)

小説 フィリピン“日本兵探し” (17)

クレアがタカシのところへ走ってきた。見てほしいものがあるらしい。クレアはサミエルとクワトロがいるサトウキビ畑にタカシを連れていった。
「見せたいものって?」
「これよ。アナタはどう思う?」
視線の先に鍬を持ったクワトロがいた。

「ひどいな。水牛の下に1人、2人…7人くらいいる」
作業を進めるサマール島出身のクワトロが現地語のワライワライ語で言った。サトウキビ畑で金属探知機に反応した場所を数十セ

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小説 フィリピン“日本兵探し” (16)

小説 フィリピン“日本兵探し” (16)

今回の日本兵探しの前々年、1997年4月に化学兵器禁止条約が発効され、化学兵器については、使用のみならず、製造・保有も禁じられた。ただ北朝鮮はこれに調印していない。

VXガス。マリアの狙いは、共産ゲリラがこの化学兵器を保有しているとの情報が国内外に拡散されれば、資金不足で弱体化する彼らの組織を強化させ、フィリピン政府に対しての交渉力を引き上げられるというものだった。加えて、日本政府が放っておか

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小説 フィリピン“日本兵探し” (15)

小説 フィリピン“日本兵探し” (15)

北朝鮮とフィリピンは、1年後の2000年7月に国交を樹立するが、1999年7月の時点では、外交はフィリピンの駐中国大使と、北朝鮮の駐タイ大使が接触する程度に止まっていた。そうした中、マリアは、諜報および工作活動を専門としていて、フィリピンでは日本国籍の民間人を装っていた。

1970年代、当時の最高指導者だった金日成が息子の金正日に対し、朝鮮労働党内に立ち上げを命じた資金調達組織「39号室」。金

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小説 フィリピン“日本兵探し” (14)

小説 フィリピン“日本兵探し” (14)

幻の金貨「丸福金貨」。表に「福」の一文字が描かれた金貨である。製造地や製造理由などは謎で、この丸福金貨が、フィリピンなどで戦後伝えられている「山下財宝」ではないかともいわれている。

丸福金貨が誕生したのは第二次世界大戦の末期とされる。「マレーの虎」で知られる、山下奉文大将がフィリピンの華僑財閥とのやり取りに使用するはずのものが、戦争激化でフィリピンに隠されたといわれている。

戦争末期のフィ

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小説 フィリピン“日本兵探し” (13)

小説 フィリピン“日本兵探し” (13)

シュウの家の周りに、金属探知機を持ったサミエルの子分、クワトロがいた。
「隊長、何か反応してるぜ。ピーピーさっきからこの家の裏の辺りに行くと鳴るんだよ」
「クレア!波形は見たか?」とサミエルが聞く。
「ああ。下に空洞があるみたいだけど、川が近いから、地下水ってことも考えられるし、何とも言えないね」、女性隊員クレアは長い黒髪を手で束ね、口にくわえていた黒いゴムで後ろにくくり直して、波形モニターの記録

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