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短編小説 昭和の残り香に生きる男(2134字)

渋谷区恵比寿の坂を上り小さな路地裏を縫うように歩くと、
突然昭和が現れる。
これは昭和の風景だ。
つまり男の住むアパートの一区画だ。
それは三十年以上続く経済的停滞の産物ではない。
男の中では、この風景と一緒に昭和は続いている。
ここに紹介するのは昭和に立ち止まった、ある男の生き様である。
この男は昭和三十年に生まれている。
終戦から十年焼け野原から劇的に復興する最中に男は生を受けた。
新幹線が出来、東京オリンピック、首都高速、大阪万博、あらゆるヒトモノが上昇志向で社会経済が発展をした。

昭和四十八年男は東北の寒村を遠心力の様な社会風潮の力で弾き飛ばされる様に受験の為上京した。
この年、男の大学受験は、ほぼ不合格・・・つまり浪人になった。
友人の紹介で、先に恵比寿のガソリンスタンドでのバイトが決まった。
男は恵比寿駅前の不動産屋で三畳六千円の格安物件アパートを下見した。
入り組んだ小路に平屋のアパートはあった、男が入り口から覗き見ると
五部屋あり共同の炊事場と、トイレがあり、風呂無しであった。
「お客さん、この上、二階です、こちらからどうぞ」
年配の不動産屋が玄関外を示した。
雨ざらしの階段があった、それは滑り台のスロープ上に、滑り止めの小板を打ち付けた坂道の様な、手すりが無かったら階段とは呼べない品物だった。
それは物干しに行く階段だった。
屋根の上に物干しと小さな小屋があった。
手すりに摑まり不動産屋が小屋のドアを開けた、
畳が確かに三つありその脇に三十センチ程の板の間があった。
不動産屋が窓を開けて
「隣が気に成らないですよ、それにこの板の分広いんです、お得ですよ」
金の無い十八の男に選択の自由は無かった。
その日から男は小屋に住み始めた。
渋谷の宮田家具店で特安価格の机と椅子、新宿小田急ハルクで折り畳みの簡易ベットを買った。
男の浪人生活が始まった。
同時にそれはアルバイトに明け暮れる生活のスタートだった。


年月は過ぎ、アパート代は一万ニ千円になり、バイトの時給は二百五十円位から今は千円を超す位になった。
助かった事はバイトが無くて、失業した事が一度も無い事。
常食の中華永楽楼のレバニラ炒め定食が五百五十円から六百八十円、
吉野家の牛丼が三百五十円から四百二十六円と小幅の値上げだった事だ。
男は殆ど勉強していない。
長年の愛読書蛍雪時代もオレンジ色の大学別の過去問題も買っていない。
近頃は本屋も激減したのだが、それは関係ない。
増えたものは、パソコンとスマートフォンだ。
そういう意味で正確には昭和に生きていると言うのは、嘘になる。

男は鏡を見る。
映る顔は禿げを嫌ってスキンヘッドにした皺の目立つ老け顔だ。
思わず男の口からため息の様に言葉が漏れた。
「もう、爺さんだ。」

この男を昭和に止めさせたのは、大学受験だけではない。
昭和五十一年二十歳の時だ。
勉強から逃げ回りバイトに明け暮れた男には、多少の貯えができていた。
ある日バイトの友人から、インド旅行に誘われたのである。
男は深い考えも無く同意し男二人でバツクパッカーとして、
インド東南アジアを半年彷徨う事に成った。
なぜ同意したのか、男は意識していなかったが、
それには十分な遠因があった。
それは、ビートルズの振り撒くヒッピー的文化だった。
つまりヒッピーの平和、非暴力、サイケデリック、自由、ユートピア、自然食、性の解放、ヌーディスト、東洋の神秘主義への憧れ等が影響していた。
今思えば、男二人は黄色いヒッピーだった。
男が海外で体現したのは、
名誉白人と呼ばれる日本人の姿と、偽善者でお人好しな日本人であった。
黄色人種を忘れた日本人、お人好しで騙されても怒らない偽善者日本人。
これに気付くまでに三カ月もかかった。
やつと、<外国の皆様からお前らになり>
やっと対等の関係になった。
1976年(昭和五十一年)9月9日男二人はインド南部のマルガオにいた。
宿の主人が
「マオ、マオ、マオ」
と言って新聞を振って持って来た。
一面にデカデカと毛沢東の写真が載ってた。
毛沢東が死んだ。
このニュースに触れて男二人は帰国を決める。
なぜ帰国なのか二人には明確には分からなかった。
ただ、お花畑は終わった、日本の未来に不安を感じた事は確かだ。
男二人は何者かに成った気分で帰国した。
しかし自身も周りも、何も変わらなかった。
男は自身の存在を証明するように、その年も大学受験をしている。
三つの大学を受験し全て不合格だった。

鏡を見ながらしみじみ男は考えた、バイト先には外人が増えた。
受験料は一万から三万五千円に成った。
時代は動いている、幸い昭和の残り香の様な一区画に住んで
日本の高度成長の、おつりの様な今に寄生して受験で自身を
確かめている自分に、嫌気がさす。
あの時憧れたヒッピーも高度成長の上に出来た、
生ぬるい、お花畑だったのだ。
恐らくこの先、年金も無く、生活保護が
目の前に見える現実に・・・・・・
万が一大学に合格しても学費も無く、辞退しかない現実に・・・・・
男は決意した。
浪人は終わった。お花畑は終わった。
今回が最後、受験が終わったら、此処を出よう。
新天地で、何でもいい。ゴミ拾いでもいい。
世の中の為に成る事をしようと、恩返しを誓った。

翌朝、早起きした男は、
五十回目の大学入試会場に向かった。

おわり。































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