見出し画像

究極の練習

サッカーの指導者であれば誰しもが"究極の練習"を追い求めているではないだろうか。この練習メニューをやれば選手たちは上手くなる、このオーガナイズと制約を付けて練習すれば選手の能力がぐんぐん伸びるというような究極の練習メニュー。

しかしながら、この世でそんな"究極の練習"を見つけた指導者はいないのではないだろうか。と言うのも、"究極の練習'など存在しないからだ。もし"究極な練習"が存在すれば全てのサッカーチームや指導者が使うだろう。そして、全てのチームが"究極の練習"を毎日行い、強豪チームになっているだろう。

ただし、練習メニューのオーガナイズが練習に与える影響は大きいことも確かである。例えば、4vs4をシュートゲームのようにPAエリア×2の大きさでやるのと、20×20mの四角形でポゼッションゲームのように行うのでは全然違った練習になる。また、制限無しで行う練習とタッチ制限やルールを設けて行うのでも練習から得られるスキルは大きく変わる。そのため、練習のオーガナイズや制限、ルールなど練習メニューを作成する上で考えなければいけないキーファクターが存在することは間違いない。ここでよく指導者が勘違いしてしまうことが、オーガナイズや制限ばかりを気にしてしまって"究極の練習"という幻想を追い求めてしまうことだ。

今ではSNSで情報が簡単に手に入る時代となった。Twitterにはプロがやっているトレーニング動画やセッションプランなどが流れてくる。しかし、彼らが何か今までに見たことのない革新的な練習をやっているかと聞かれると意外とそうでもない。例えば、4vs4+3のポゼッションメニュー。多くのチームが取り入れているのを目にする。

また、大分トリニータが紹介している3vs3+2の練習メニューも見たことある、やったことあるという指導者は多いのではないだろうか。

もちろん、プロとアマチュアではトレーニング環境も違えば規模も違う。できる練習とできない練習があるのも事実だ。しかし、基本的に練習メニューに関して大きな違いがあるかと言われればそうではないと思う。

下記のリンクではウエストハムU-18の練習メニューが紹介されている。

彼らの練習の内容を見てみると
①ウォーミングアップ+アジリティトレーニング
②パスコン
③ポゼッションゲーム(トランスファーゲーム)
④6ゴールSSG
⑤8v8+2

となっている。

これらの練習メニューが誰もやったことないような革新的なものでもなければ、洗練された練習メニューでもない。非常にオーソドックスな練習メニューだ。つまり、プロであろうが、アマチュアであろうが、育成年代であろうが行っている練習に大きな違いはない。

では、何が影響して練習の『質』に違いが出るのか。

練習というかサッカーそのものは生き物なので外的影響を大きく受ける。例えば、天気や気温、ピッチコンディション、時間帯、ピッチの広さや使えるトレーニング用具といった要素は練習の質に大きく影響するだろう。しかし、外的影響はなかなかすぐには変えることのできない場合が多いので、今回は指導者のコーチングへと矢印を向ける。

練習の質で大きな違いを生むのがコーチングだろう。同じ練習メニュー、同じオーガナイズで練習したとしても指導者が違えば練習の質も変わってくる。ここで一度自身の練習を振り返ってみて欲しい。

  • コーチングの量

  • コーチングのディテール

  • コーチングの解明度

  • コーチングの技術

これらのコーチングの構成要素がどれだけの水準にあるかが練習の質に関わってくる。

コーチングの量

コーチングの量とは指導者がどれだけチーム・個人にコーチングを行うことができているかだ。例えば、20分のポゼッションゲームの練習を行うとしよう。20分間でどれだけの情報をチームに伝えることができているか、どれだけのコーチングを個人にできているだろうか。

よく耳にするのが「指導者が選手に教え過ぎるのはよくない」という言葉だ。これはある意味で正解である意味で間違っている。選手がわからないことがあったら全部指導者に指示を仰いで『指示待ち人間』になっている状態は選手にとって好ましくはない。しっかりと選手に問いかけをして、考えさせるということは必要だ。

しかし一方で、そもそも"教え過ぎる"と言えるほどチームや個人にコーチングしている指導者をあまり見たことがない。1回の練習、1つの練習メニューでどれだけの情報を与えることができているかを考えた時に"教え過ぎる"ほどコーチングすることは非常に困難であるからだ。先程の例で出した20分間のポゼッションゲームで、仮にチームに対して十分なコーチングができていたとしたも、選手個々のレベルで見た時に果たして全員に"教え過ぎる"ほどのコーチングを行うことができていただろうか。私も練習後にいつも、「SBの選手にCBからのボールの受け方を教えるのを忘れていたな」とか「オフザボール時に相手にマークされた場合の解決策を提示することができなかったな」など落とし込めていないことに反省することが多い。

ピッチの外からじーっと観察したままの指導者をよく見る。当然、パフォーマンスを観察することは必要なのだが、観察して見つけた改善点や修正点をほったらかしにしてはいけない。せっかく見つけたのであればコーチングで改善しなければ意味がない。とにかく恐れずにどんどんチーム・個人にコーチングで影響を与えていくことが大事だと思う。

コーチングのディテール

コーチングのディテールは指導者の能力に大きく依存している。練習の質もコーチングのディテールによって受ける影響が大きい。

例えば、SBの選手がサイドでボールを受けた時に相手WGにパスを引っ掛けてボールを失ったとする。その時にどれだけの解決策を選手と一緒に見つけられるかが重要になる。SBの選手に対して「ちゃんとやれ」、「集中しろ」といった全く中身のないコーチングは当然ながら論外。指導者が言ってしまいがちなのが「パスを引っ掛けないようにしろ」というフレーズで『どうやって』という部分が抜け落ちているコーチング。更に言うと、『いつ』パスを出せばよかったのか、『どこで』ボールを受けて『誰に』パスを出せばよかったのか、『もし』相手がパスコースを切ってきたらどうすればいいのか、といった具体的な解決策を提示、問いかけしてあげることが必要になる。

特に私の経験上、この指導者のコーチングが凄いと思った人に共通しているのが『いつ』と『もし』がコーチングの中に入っているということだ。サイドでボールを受けた時にボランチの選手にパスを出して、サイドチェンジしてプレスを回避しよう」というコーチングが一般的な指導者のコーチングだとすると、良い指導者は「相手WGがプレスをかけてきそうだったら立ち位置を5m下げてボールを受けることでWGの背後にスペースを作って、相手WGがボールに食いついた時にボランチにパスを出してワンツーで相手WGと入れ替わるかサイドチェンジをしよう。もし、ボランチが横パスを狙われていたら、GKへバックパスをしてサイドを変えるか、相手のSBが相手WGの背後のスペースを埋めに出てきていたら相手SBの背後にボールを送ってひっくり返そう」といったより具体的なコーチングをしている。

コーチングの解明度

コーチングの解明度も選手たちがコーチングの内容を理解する上で重要な要素である。つまり指導者が言っている内容のわかりやすさのことである。

よく現場でやってしまいがちなコーチングのミスがデモンストレーションをやらないで口頭だけで説明しようとすることだ。「百聞は一見にしかず」ということわざがあるように、あれこれ言うよりも見せた方が伝わりやすいケースが大半だ。

私はイギリスという日本語が通じない土地で指導をしている。やはり言語の壁にぶつかることは今でもある。色々言葉を変えても伝わらないことはあるのだが、求めているプレーを見せれば100発100中。どんなに言葉が通じなかったとしてもやってみせることで伝わるのだ。日本語が通じないイギリス人相手にデモンストレーションを行うことで伝わるのだから、日本語が通じる日本人には尚更コーチングの解明度が上がるはずだ。

このデモンストレーションのテクニックは色んな場面で使うことができる。練習を説明する際に実際に指導者がやって見せる。選手を使ってゆっくりと動作確認をして全員に理解させる。フリーズでプレーを止めた時に解決策をデモンストレーションする。様々な場面で使える重要なコーチングテクニックだ。もしフリーズをしたのであればデモンストレーションで求めているプレーを伝えるだけでなく、そのプレーから再開する『Recreation(リクリエーション)』も忘れずに。

そしてコーチングの解明度を上げるには使う言葉も意識したい。例えば、『ボールを止める』という動作に対してコーチングをする際に、「足を引くイメージでボールを止める」、「ボールを切るようなイメージでボールを止める」、「力を抜いてボールに触れるイメージでボールを止める」など言い回しによって選手がイメージする動作が変わってくる。コーチングの解明度を高めるためにどういった言葉を使うも意識しておきたい。

コーチングの技術

コーチングの技術とは選手にサッカーを学ばせるためのテクニックのことだ。ただただ指導者が一方的にこうしろ、ああしろと言っても選手は技術やスキルを習得することが難しい。いかに選手自身に能動的にサッカーを学習させるかという視点が必要になってくる。

コーチングツール表

上の図は私がサウスウェールズ大学のフットボールコーチング&パフォーマンス学部でUEFA CライセンスとBライセンスを取得する時に常々使ってきたコーチングツール表だ。

練習や試合中に使うコーチングテクニックを一覧にしたものだ。それぞれの単語は以下の通り。

Team Meeting: ディスカッションや戦術ボード、映像を用いてのチームトーク

Walkthrough: ゆっくりとした動作確認
①Recreate: 介入したい現象を再現
②Feedback: 選手/チームと共に実際にボールや動作を付けてゆっくりと動作確認を行いフィードバックする
③Play Live: 動作確認が終わると介入した現象へ戻してプレー再開

Freeze: 重要な現象で動きを止めて介入してコーチングを行う
①Recreate: 介入したい現象を再現
②Feedback: 改善点や修正点を選手/チームにフィードバックする
③Demo: デモンストレーションでどのように改善できるかを見せる
④Rehearsal: デモンストレーションで見せたプレーを選手/チームにやらせて再現する
⑤Play Live: 動作確認が終わると介入した現象へ戻してプレー再開

Bullseye: 全体のプレーを続けながら、1人の選手を呼び出して個人的なフィードバックを送る

Concurrent: 全体のプレーを続けながら、全体に向かってフィードバックを送る

Apply: 制約(例、タッチ制限)、ターゲット(例、パスを10本回そう)、チャレンジ(例、サイドチェンジからゴールを目指そう)を取り入れる

私たち指導者はこれらのコーチングテクニックを使って指導を行っている訳だが、それぞれのテクニックに特徴がある。例えば、1番左のは具体的なフィードバックを選手に与えることができる代わりに、時間の消費が多くなってしまう。つまり、状況によってその場面で適したコーチングテクニックを使う必要がある。

このコーチングテクニックを使うタイミングや選手へのアプローチの方法がコーチングの技術であり、上手く使うことができればコーチングの効果を高めることができる。

"究極の練習"は存在していなくとも究極の練習に近づくことはできる。コーチングの質を高めて各練習メニュー毎に最大限の影響を選手に与えてあげることができれば、濃度の高い充実した練習になるはずだ。「これをやれば」という絶対的な練習メニューはない。「これを言えば」という絶対的なコーチングのフレーズもない。「大事なのはチームや選手、そしてその状況に最適な練習やコーチングを行うことだ」ということを自戒も込めて肝に銘じておきたい。

もし宜しければサポートをよろしくお願いします! サポートしていただいたお金はサッカーの知識の向上及び、今後の指導者活動を行うために使わせていただきます。