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【めりけんじゃっぷ】第5話 ロックな砂煙と涙のマッシュポテト

←第1話「別れの儀式」
←前話「反骨精神とラクダの青春」


目まぐるしく変化する刺激的な留学生活なんてものが、見渡す限り牧場の、そのド真ん中に立つトレーラーハウスに訪れる確率は、
小学生の頃に流行ったファミコンをクラス中で僕だけ持っていなかったというそれより低い。


それでも毎日の授業や、トムやその友達との青春、トムのPCで初めて経験し夢中になったタイピング練習ゲーム、
食後のメアリーとの秘密会議は僕の英語力を徐々に押し上げてくれていた。

対して、穏やかで緩やかに過ぎる日々がメアリーの顔から徐々に笑顔を奪っていく原因は、
僕とメアリー家に残された時間があまりないという事実だった。

あくまでも、ここは新学期を迎えるまでの肩慣らしの場所。

新たな家族の元で、本番である高校生活を送る予定の僕を手放したくないと思い立ったメアリーは、それまで僕が見た事もない、
かつて、ここと同じような大地で発生したウッドストックばりのロックな行動をブチかます事になる。


いつも心地よく聞こえてくる牛の声と、視力が回復しそうな緑の風景を変えたのは、アクション映画のような砂煙をあげて近づいてくる3台の車だった。

粗雑に止められた車から現れたのは、久々に見る現地コーディネーターと、いつもの先生、それと見知らぬ女性。

「Hi ! NOB」

と声をかけてくれたものの、先生の表情は渋い。


(なんか俺やっちまった?秘密のラクダの事?いや…何だ?)


と焦りながらも、「しばらくお話しするから」というメアリーの言葉を受けとった僕は、
トレーラーハウスからは窺い知る事のできない鳥小屋の先の原っぱでマッチを擦った。


空の明るい水色に橙色が混ざり始め、やがて濃い青になりラクダの白煙が目立ち始めた頃、ようやく僕を呼ぶ声。

匂い消しのガムを噛みながら戻ると、テーブルに用意された食事と、確実に「泣いた後」とわかる3人の顔。

「Well...what's up ?」

と不安顔には似ても似つかない大口でいつものマッシュポテトを頬張りながら切り出した僕に、
先生はいつも以上にゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。


新学期を迎えるにあたり、離れた別の家庭で生活を送る予定の僕を、メアリーはどうしても手放したくはなく、
その後一切の面倒をみる事を条件に、出来る事ならこの家から地元の高校へ通わせる事はできないか?と。

更に、受け入れ予定である家族にも打診していたという。先生の横で僕を見つめる見知らぬ女性はトムが通う高校の教師だった。

先生と、(トムの学校の)先生と現地コーディネーターは、日本の留学斡旋会社との契約や学校側の受け入れ態勢等で、
それは叶わぬ要望だという事を改めて説得する為に来ており、けれど互いを良く知る間柄の彼女達は、
メアリーの気持ちを嫌という程理解できる為、3人で泣きじゃくった結果が今の顔らしい…。

ほんのわずかな時間を過ごしただけなのに、見知らぬ異国の大人たちがこれ程までに僕の事を想ってくれている事は、
まだ語学力のない僕にも十分に理解ができた。

マッシュポテトで膨らむ僕の顔は、久しく見せていない涙色になっていた。


その日を境にのんびり屋のメアリーの行動は一変した。

残り僅かな僕との日々を濃密に過ごす為、毎日のように、あるいは授業を休ませてまで色々な所へ連れて行ってくれた。

牛の競り市、
牧場必須アイテムのブーツや帽子のプロショップ、
ギブソンの中古ギターショップ、
とんでもなく透き通った湖、
何の理由でできたかわからないデッカイ穴があるスポット、
野鳥の展覧会、
只々ばかデカい木、
よくわからない小さな集落、
誰にも教えていない秘密の場所…

時にはトムやエドを交えたその時間は、ひょっとすると、ずっと続くかのように錯覚したのだが、
授業のテキストの残りページがなくなって間もなく、


やっぱりその日は訪れた。


第6話「good boy & good bye」


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