トレーラーハウス27893099_1749123861805536_1190437511361462272_n

【めりけんじゃっぷ】第3話 ナイフと昼寝と食後の秘密

第1話「別れの儀式と菓子箱の匂い」
前話「懐かしの助手席と思いつきの第一声」


見るからにご機嫌なメアリー。

ゆっくりと分かりやすい単語で話しかける。必死に聞き取る僕。

家まではあっという間の感覚だったが、街を出てからのその道中はほぼ大木の連続で、間違いなく馬や牛の数が人口を上回ってる事がわかる。

人気のニューヨークやカリフォルニアより、あまり日本人がいない所がよいと思い、ここオレゴン州を選択したのだが、
日本人どころかそもそもあまり人を見かけない、度を超えた田舎っぷり。

森林を抜けると予想通り、一面の牧場風景。

まさか、ここを?

思いがけないポイントで左折をしたメアリーは「It's your home」と言うのだが家なんて見えない。

しばらくデコボコ砂利道を進むと、広大な緑に紛れて見える牛の姿と倉庫が2つ見えた所で大雑把に車が止まり、ハッとする。

これ倉庫じゃない。ト、トレーラーハウスだ。

知らない訳ではないが実際に見るのはお初である。

家の前はただの草っ原。
遠くから聞こえる牛の声。
小さなテーブルと乱雑に置かれた椅子。

そこに腰掛け、ここから見てもデカイとわかる体格の白髪交じりのおじさんは、しきりに自分の指を気にしている。

一度はこちらに気付いたものの、再び指に目を向けた。メアリーは僕の荷物など気にもせず、僕をそのおじさんの所へ案内した。

大きな鼻先にチョコンとメガネをのせて、上目遣いに僕を見るおじさんの手にはナイフ。おい、怖いんだが。

「oh, you must be...um...what's your name again?」

(おぉ、えーと、んー、名前なんだったっけ?)

思いの外、穏やかな口調と馴染みやすい声、とぼけた上目遣いの表情は僕の笑いを誘った。

「I'm NOB. you must be...um...Edward?」

(のぶです。えーと、んー、エドワードさん?)

と、おじさんの仕草と同じように話しかけると

ア~~ッハハハハ~ッ

と、メアリーに負けず劣らずのリアクションで笑いながら立ち上がり、丁寧にナイフを畳みながら大きな手を僕の頭にのせて

「Yes I am. my son.」

とニンマリしながら畳んだナイフで鼻先のメガネを少し持ち上げた。

どうしてもナイフが気になった僕は、何をしていたのか?と聞くとメアリーが「汚れた爪のそうじ。いつものことよ。」と代わりに答えた後、エドワードは

「Big job ! haha~~」(大変だよ)

と言いながらナイフを出し、それこそ、その体格を支えるのはけっこう大変だろうと思ってしまう小さな椅子にまた腰かけた。

気付くと彼はどこかへ出かけ、その日彼との会話はそれっきり。物静かというかマイペースというか空気のような人。

一家の大黒柱、エド父ちゃん。


案外広く整った家の中を案内され、洗濯機などの説明を受けた後、そろそろ息子のトムが帰ってくるからそれまでは好きにしててと言うと、
メアリーはPCでカタカタし始めた。

どうやら僕は1歳年下のトムと相部屋。スーツケースから荷物を出し、整理
している間に僕は床で寝落ちした。



「hey ! hey !」

目をかけると見知らぬ男の子。トムかな?

「What are you doing ? Are you alright?」

(どうした?大丈夫か?)

僕は(嗚呼、寝ちゃったか。)くらいにしか思ってはなかったが、トムからしてみれば、帰って自分の部屋に入ったら、
開けっ放しのスーツケースの横で床に倒れてる日本人。

そりゃ焦る。

ドン引きのトムの後ろで爆笑するメアリー。

ここの家庭を巣立っていった過去2人の留学生とは全く違うタイプの僕に驚きながらも、興味を持ってくれたトムとは一瞬にして仲良しになった。



いつの間にかいなくなっていたエドは急な仕事が入ったらしい。3人でテーブルを囲み、辞書を片手にマッシュポテトを頬張る。

メアリーは鳥をたくさん飼っている事、エドはコンピューターのエンジニア、再婚をしてるからトムの本当の父親ではない事。

トムとメアリーの会話はさっぱりわからなかったが、二人の仲の良さは充分に伝わったひと時だった。

食後のトムはなんだか忙しそう。メアリーは玄関前のテーブルで後の一服中。尚、18歳以下の僕はここアメリカでは喫煙できない。

勿論、日本でもダメなのだが、やんちゃ盛りの17歳は父親のパッケージからこっそり拝借していた。

羨ましそうに暗闇の火種を眺め、漂う煙を追いかけていた僕を見て、メアリーは悟ったかのように隣の椅子をポンポンと叩き、
そこに座るように促すと、

「Bad boy~~~~」とニヤつきながらクシャクシャのパッケージとマッチを差し出してくれた。

「I love you mom」と言って火をつける僕。

真っ暗な原っぱに、笑い転げる2人の声が響いた。


翌朝からあの教会で授業開始だ。

キャンプ帰りでお疲れのトムと満腹かつ食後の一服で大満足の僕は、未だ開けっ放しのスーツケースを気にする事もなく、
たいした話をする事もなく、二段ベッドで静かに目を閉じた。



第4話「反骨精神とラクダの青春」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?