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星に願いを~愛を贈る~


 (フィクション)


 クリスマスは、忘れられない想い出がたくさんある。わたしは『絶対』という言葉が好きではないけれど、12歳のときのクリスマスは、絶対に忘れない。


 両親を亡くし身寄りがなく、施設で育ったわたしに、父母の生きた証として、生前父が送った年賀状を譲ってくれた遠縁の親戚…司おじさんとの想い出だ。


 12歳のクリスマス。ツリーのてっぺんにお星さまを飾ったわたしは、お願いをした。パパとママに会いたいって。そうして司おじさんから、奇跡のような年賀状が届いて、パパとママに、会えたんだっけ。


 司おじさんからのクリスマスプレゼントを受け取った翌日…12月26日に、お礼の氣持ちも込めて司おじさんに年賀状を書いた。こどもの頃のことだから、何を書いたかまで覚えてはいないけれど、とにかくありがとうを伝えたくて、急いで書いたことを覚えている。その後は施設の所長さんのおかげで、司おじさんと時々、電話で話ができるようになった。


 18歳のとき、初めて一人で、司おじさんに会いに行った。当時の司おじさんは入院をしていたから、病院に訪問する旨を事前に伝えてもらい、いくつも電車を乗り継いで会いに行った。


 司おじさんは、肌が白くて瘦せていた。会ってみても電話のときと変わらずとても優しくて穏やかで、いろんな話をしてくれる、とても博学で賢い人だった。遠縁ではあったけれど父とは年齢が近く、氣も合ったようで、年賀状のやりとりの他、時々電話で話していたらしい。司おじさんは生まれつき病弱で、いくつも病気を抱えていた。そんな司おじさんのことを、陰ながら応援していた父だったそうだ。


 『康介くんは優しくてね、おじさんの身体のことをいつも心配してくれていたんだよ。だから時々、電話をくれたんだろうな』


 わたしは父のことを、自然に名前で呼ぶ人を、この世で司おじさんしか知らない。父の話を聞けることが、本当に嬉しかった。


 わたしは司おじさんの家の近くにある大学を受験し、合格した。司おじさんの家から大学に通えることになり、高校卒業と同時に施設を出た。施設を離れるのは寂しかったけれど、いつでも帰れる。血が繋がっていなくても、みんな家族だ。司おじさんは生涯独身で、わたしと同じで身寄りがない。その人生の多くを孤独に過ごした人だったから、司おじさんの近くに、居てあげたかった。父もそうしてほしいんじゃないかと思ったのだ。


 大学生のころは、司おじさんの身の回りの世話をしながら、時々学生らしくバイトにも行った。就職した今でも司おじさんの家でお世話になっている。ここ数年の司おじさんは自宅で療養しながら過ごしていたけれど、一ヵ月ほど前に体調を崩して入院してしまい、今は二日に一度くらいのペースでお見舞いに行っている。


 司おじさんの家に住むようになって、古い家なのに、天井が高い部分があることに氣がついた。施設も天井が高くて、氣持ちの良い空間だったな。この季節になると、大きなもみの木を所長さんや職員さんたちが倉庫から出してきて、みんなで飾りつけをしたものだ。懐かしいな。






 ふと、思った。






 司おじさんはクリスマスツリー、飾ったことあるのかな。







 プレゼント交換、したことあるのかな。

















*  *  *  *  *  *



 『ねえ紗矢香、それ本氣で言ってる?』


 『わたしが冗談言ったことある?』


 『今度の週末はだらだらゲームしようと思ってたのに!こどもたちにもみくちゃにされるなんて!』


 『絵里香にしか頼めないんだよ』

 『いくら紗矢香の頼みでもイヤだよ。紗矢香のところまで行くのに、地味に遠いし』

 
 『…そうだよねー…ところで絵里香ってさ、最近、朝ドラの主演俳優に夢中なんだって?』

 『え!!なんで知ってるの!?もしかして紗矢香もユウキ様ファン!?かっこいいよねーーー!!!』

 『ふーん、ユウキ様ね……第6話に出てきたさ、彼女に告白するシーンの、あのフレンチのお店…実際にあるお店だって知ってた?地元じゃ有名になっちゃったから、最近行列できてるんだけど…わたしいてる時間、わかるよ。うちから歩いて10分。超、近所』


 『なに!?行きます行きます紗矢香様!今度の土曜日だよね!?なんと待ち遠しい!今から所長さんに連絡するから!』

 持つべきものは、単純な…いや好きなものに真っ直ぐな友である。SNSで『ユウキ様』のことばかり発信していたら、今誰に夢中なのかくらい、わたしでなくてもわかる。かっこいいかどうかは、正直謎だけど。


 同じ施設で育った絵里香は、一番の親友だ。絵里香は事故で家族を亡くした。同い年で、わたしより少しあとに施設に来た絵里香とは、『さやか・えりか』と語呂も良いおかげか、まるで双子か姉妹のように扱われた。もちろん今は絵里香も自活していて、施設の近くに住んでいる。


 最近体調が安定しているらしい司おじさんが、一時帰宅できることになった。このタイミングで、クリスマスツリーを飾りたい。ツリーの前で、プレゼント交換をしたい。


 クリスマスツリーを、その時だけのただの飾りだと思う人がいるかもしれないけれど、幸せな時間をくれる偉大な存在だ。わたしに幸せなクリスマスの想い出があるのは、施設のみんなと、あのクリスマスツリーのおかげだ。そんな想い出を、司おじさんにもつくってあげたい。司おじさんと一緒に、みんなでワイワイ飾りたい。だから、施設の所長さんに声を掛けて、こどもたちも一緒に連れてきてほしいと、絵里香に頼んだ。


 絵里香は面倒くさがりだけど、なんだかんだ言いながら、いつも付き合ってくれる。それに、自活してしまうと理由でもない限り、なかなか施設に行くこともないだろう。きっと絵里香も、所長さんたちと過ごすクリスマスが、恋しいに違いない。






 クリスマスは、忘れられない想い出が、たくさんある。






 またひとつ、増えるかもしれない。


















*  *  *  *  *  *



 『紗矢香ちゃん!久しぶり!』


 『所長さん!お久しぶりです!』


 ますますサンタクロースのように貫禄が出てきた所長さんが車から降りてきて、ハグをしてくれた。絵里香も降りてきて、『紗ぁぁぁ矢ぁぁぁ香ぁぁぁ!』と半分タックルのようなハグをしてくる。痛い。重い。でも、嬉しい。


 『フレンチのお店どこ!?検索したけど出て来なかった!本当にあるの!?あんた騙してないよね!?』


 『ちょうどよかった。これからお茶しに行けば、混んでないと思うよ。こじんまりしたお店だから、派手に宣伝したくないのよ。だからSNSでの拡散は、店主の希望でご遠慮いただいてるの。はい、これお店までの地図と買い物リストね。帰りにスーパーも寄って来て』


 『そんなあ!人使いが荒すぎる!みんなを連れて来たのに!』


 『店主には、「今日、友人がお茶しに行きます」って、絵里香が行くこと伝えてあるんだけどなー。撮影で使われた窓際の赤いソファ席、人氣席でいつも取り合いなんだけど、特別に取っておいてもらってるんだけどなー』


 地図を目の前でひらひらさせながら、絵里香に向かってにっこり笑った。


 『いいい―――!!!行ってくる!!!ユウキ様が座った席に、わたしも座る!!!』


 わたしの手から地図を奪って、絵里香が叫んだ。


 『あはは。相変わらず仲良しだなあ』


 所長さんは嬉しそうに、わたしたちのやりとりを見ていた。若手イケメン俳優の力は偉大である。絵里香はこういうとき、一人で悦に入りたいタイプなので、知らない土地であっても一人で行かせるのが正解なのだ。長年の友にしかわからない、きっとわたしにしかできない、愛情表現だ。


 『ていうか紗矢香、なんでこのお店にそんなに口が利くわけ?』


 『なんでって、大学のとき、ここでバイトしてたんだ。今でも店主と奥さんと、仲良いし』


 『なに!?持つべきものはフレンチのお店でバイトしてた友だー!』


 調子よく絵里香がまた、抱きついて来る。それを見て所長さんはまた、笑う。一緒にやって来た施設のこどもたちは、いつの間にか庭を走り回っていた。


 嗚呼なんだか、懐かしいなー。


 『司おじさんにも会えるんだよね』


 所長さんは、昔を思い出しているような、やわらかな目を向けて言った。


 『はい。もうすぐ、帰ってきます。寒いですよね、お茶を淹れますので中へどうぞ』


 絵里香はさっそくお店に行ってしまったので、所長さん、こどもたちを連れて家の中に入る。お茶を淹れている間に、広いリビングではもうすでに鬼ごっこが始まっていた。元氣なこどもたちを眺めながら、所長さんと近況や昔話など、他愛のない話をしていると、窓から送迎の車が見えて、司おじさんが帰ってきた。

 『おかえりなさい、司おじさん。調子はどう?』


 『ああ、大丈夫だよ。わあみなさん、よく来てくださいました!所長さん、お久しぶりですね』


 『お久しぶりです。お招きいただきありがとうございます』


 大人同士は和やかに挨拶をし、ゆったりと握手を交わした。


 『この家にこんなに人がいるなんて…何十年ぶりかな…』


 司おじさんは嬉しそうだ。確かにこんなに人がいるこの家は、わたしにとっても初めてで、なんだか家が喜んでいるみたいに感じた。


 おじさんと所長さんが話し始めたので、わたしはしばらくこどもたちと遊んでいた。久しぶりにこどもたちと遊んでいると、時間はあっという間に過ぎていき、絵里香が帰ってきた。


 『ちょっと紗矢香!買い物リスト、何よこれ!半端ないんだけど!重すぎるーーー!手伝ってーーー!』


 『はーい!!』


 こどもたちが一斉に、玄関へ駆けていく。こういうときのこどもたちの結束は、いつも素晴らしい。支え合って生きていくためには、誰かが困っているときのお手伝いは当たり前なのだ。これは所長さんのおかげでみんな、身に着いていることだ。

 『よし!絵里香も帰ってきたことだし、早速クリスマスツリーの飾りつけをしようか!』


『飾りつけするの!?』
『やったー!』


 こどもたちは大はしゃぎで、事前にリビングに出しておいた、まだ何も飾られずに佇んでいたツリーの周りに、たちまち集まってきた。さすがに本物のもみの木では大変だから、ネットで2メートルくらいのものを注文した。オーナメントは、施設のものと似たものを選んだ。ジンジャーブレッドにプレゼントの箱の形。天使に動物たち、そして靴下。全く同じものではないけれど、懐かしい顔ぶれに、ついつい心躍る。たくさんのオーナメントを各々手に取って、飾っていく。


 司おじさんに、プレゼントの箱の形をしたオーナメントを手渡した。司おじさんは車椅子に乗っているため、ツリーの低いところにぶら下げていく。ゆっくりしか動けない司おじさんを見て、こどもたちが司おじさんに飾り方を教えている。こんなに笑っている司おじさんを見るのは、初めてかもしれない。


 「あの笑顔がたまらない」だとか、「まつげの長さがやばい」だとか、絵里香が語るユウキ様愛を軽く聞き流して小突かれながら、賑やかで和やかで、愛おしい時間が流れていった。


 飾りつけが終わったところで、イルミネーションを巻きつけた。そして最後は、てっぺんのお星さま。もちろん購入してあったので、取り出そうとした。

 『あ、待って、紗矢香ちゃん。お星さまなら、持って来たよ』


 所長さんの声に振り返ると、その手にあったのは、なんと施設のクリスマスツリーの、あのてっぺんのお星さまだった。わたしが12歳のときに飾りつけた、あのお星さまだ。

 『え?どうしてですか?』


 『施設のツリーは、来週出す予定なんだ。だから、今日一日だけでも、紗矢香ちゃんのところで飾れたらと思って。出張お星さまだよ』


 所長さんはサンタクロースみたいに、いたずらっぽく笑った。きっと所長さんは、あの12歳のクリスマスを思い出しているに違いなかった。所長さんの氣持ちが嬉しくて、懐かしいお星さまを受け取った。


 『嬉しい…ありがとうございます。司おじさん、このお星さまにお願いをすると、願いごとが叶うんだよ』


 そう言いながら司おじさんの手に、お星さまを載せた。


 『それはステキなお星さまだね』


 司おじさんは目を細めて微笑み、お星さまを少しだけでた。車椅子の司おじさんでは、ツリーのてっぺんに飾ることはできない。でもわたしは、司おじさんのお願いを、聞いてみたかった。そしてお星さまに、司おじさんのお願いを、叶えてほしいと思った。


 『わたしが司おじさんの代わりに、お願いしながら飾るよ。お願いごとは?』





















*  *  *  *  *  *



 『やっと飾ってもらえたね!』


 『なかなか広くてステキな家だ!』

 イルミネーションが点灯され、ピカピカと光りはじめました。ワッと歓声が上がり、みんなの拍手で完成した、クリスマスツリー。それと同時にオーナメントたちが、人間には聞こえない声で、各々話しはじめました。

 『司おじさん、だっけ。「何も要らないよ」って言ってたね』


 『ほんとかなあ?お願いごとのない人なんて、いるの?』


 『うーん…』






 イルミネーションが何かに氣づいて、いつもより速くピカピカしながら言いました。





『あ!みんな!お星さまが来たよ!』


















*  *  *  *  *  *



 『やあみんな!君たちは、初めてのクリスマスかな?僕もこの場所に来るのは、初めてだなあ。なかなか良い家じゃないか!』


 『本物のお星さまだ!』


 『そうなの、僕たち初めてのクリスマスなんだよ!』


 『あれ?お星さまって、クリスマスイブにやって来るんじゃないの?』








 クリスマスツリーのてっぺんの星…この作り物の星には、実は宇宙から本物のお星さまが、毎年クリスマスイブにやって来るのです。






 『そうだよ。いつもはクリスマスイブに来るんだけれど、今日は、特別なんだ。君たちのご主人…紗矢香ちゃんのところにいられるのは、今日だけだからね。特別に早く来たんだよ。所長さんも言っていたけれど、出張だからね!あわてんぼうのお星さまさ。あはは!』


 お星さまは、紗矢香ちゃんのことを覚えていました。

 『紗矢香ちゃんのおじさん…司おじさんは、何も要らない、欲しい物はないって言ってたんだよ!』


 『お星さま、そんな人いるの?』


 オーナメントたちがお星さまに聞きました。


 『そういう人もいるんだよ。司おじさんはね、本当の幸せや愛を知っている人、ってことだよ』


 『どういうこと?』


 『いいかい。何かが欲しいとか、何かになりたいとか、人ってたくさんのお願いごとを持っているんだ。それは、悪いことじゃないんだよ。ステキなことでもあるんだ。でも、もうすでにあるものに感謝して、満たされていると感じられるのは、とてもステキじゃないかな?司おじさんが何も要らないと言ったのは、そういうことだと思わない?見てごらん。すごく幸せそうじゃないか!紗矢香ちゃんも、司おじさんの言葉の意味を、わかっていると思うよ』

 お星さまは優しく、でも力強く言いました。


 『そうか!そういう人もいるんだね!』


 『ステキだなあ』


 『確かに司おじさん、僕たちを見ている顔が幸せそう!』


 オーナメントたちは、司おじさんの「何も要らない」という言葉に、納得したようでした。


 『…でもね。人には、言葉にできないお願いごと、っていうものが、あるんだよ』

 お星さまが、静かに言いました。


 『どういうこと?』


 『何も要らないっていうのは、嘘なの?』


 お星さまの言葉に、オーナメントたちはまた、謎に包まれたようになりました。

 『ごめんごめん、混乱させてしまったかな。嘘ではないよ。司おじさんの場合は、お願いごとというより…”伝えたいこと”、かな』






 お星さまはてっぺんにいるので、オーナメントにもイルミネーションにも、お星さまの顔は見えません。






 それなのに、みんなにはお星さまが微笑んでいるのが、なぜだかわかるのでした。


















*  *  *  *  *  *



 『施設にいたときお手伝いは時々してたけど、ほとんど職員さんたちに任せっきりだったもんなー』


 『大人数の食事を用意するのって、大変なんだね』


 絵里香と二人でキッチンに並んで、夕飯を作った。こんなにたくさんの食事を作るのは、生まれて初めてかもしれない。リビングではクリスマスツリーを囲んで、司おじさんと所長さん、こどもたちが遊んでいる。

 『ねえ紗矢香。いつかは戻って来るの?』


 『どうだろう。司おじさんがいるうちは、戻る氣はないけど』


 『そっか』


 『なんで?』


 『ここに今日初めて来て思ったけど、この家、大きいよね。こんな話するもんじゃないけどさ、もし一人になったら、寂しすぎるなって思っちゃった。わたしだったら、寂しいよ』


 絵里香の言うことはわかる。わたしもそう思っている。いつ何が起こるかわからない身体の司おじさんは、自分が亡くなった後の法的な身辺整理については、弁護士さんを通じてすべて済ませてあるらしい。笑っている司おじさんを見ていると、そんな心配はないように見える。でも、きっとそう遠くない未来だから、考えておかなければいけないことだ。だから今日のクリスマス会だって、急だったけれど決行したのだ。

 『…わたしさ、絵里香のこと、家族だと思ってるよ』


 『…どうした急に』


 『司おじさんは、育ててもらったわけでも、一緒に育ったわけでもないけど、初めてできた、一番家族に近い存在なんだよね。いや、違うな…もう家族なんだよね。所長さんや絵里香たちとの関わり方とは違うけど…上手く言えないけど、パパのことを知っていて、わたしのことを想ってくれていて、一緒に育った家族ではないけど…でも、家族だと思うんだよ』


 『うん』


 『わたしたちって、世間的な…いわゆる普通の家族とは違う。でも支え合っていて、愛し合っていて、血の繋がりとか関係なく、家族と呼べる。司おじさんは、自分自身の宿命を生きる中で、愛を知った人だと思う。でも現実的に、人とは繋がれなかった。わたしたちと一緒で、血の繋がった家族は周りにいなくて、しかも身体が良くない。社会保障の範囲内で助けられて、いろんな人に支えてもらって生きて来て、感謝を知っている人だよ。でも、運という言葉にしちゃうのは嫌だけど、ずっと一緒にいてくれる人が、いなかった。人って慣れる生き物だけど、やっぱり孤独はあるんだよ。家族…わたしたちみたいな家族には、誰ともなれなかった』


 絵里香は手を止めて、黙って聞いていた。

 『家族がいるからって、人の孤独はなくなるわけじゃない。わたしにだって、絵里香にだって、誰にだって少なからず、孤独は存在すると思う。でも、もしパパがいたら、司おじさんと家族になってほしいって、言うような氣がしてさ。パパのことなんてほとんど記憶にないけど、そんな氣がするってことは、そういうことなんだと思うの。だから…あと少しかもしれないけど、「家族って、こんなにあたたかくて、ステキなものなんだ」って、司おじさんに知ってほしいんだ。そこに血の繋がりがあってもなくても、人は家族になれるってことも。わたしの考え方が正解かはわからないし、できるかどうかもわからないんだけどね。でも、そうしたいんだ。わたし司おじさんには、感謝してるから』


 『……っ』


 『…?どうした?』


 『…うぅ…』


 『え、何泣いてんの!』


 『…た、玉ねぎが!』

 手にしていた、切りかけのにんじんと包丁をまな板に置いてキッチンを出た絵里香は、洗面所のほうへ消えて行った。







 わたしたちの周りにいる大人はみんな優しくて、嘘が下手だった。





 そのせいでわたしたちは、嘘をつくのが下手になった。





















*  *  *  *  *  *



 豪華な食事になった。


 サラダ、ガーリックライス、スープにチキン…たくさん食事が並ぶ食卓は、それだけで幸せな氣持ちになる。こどもたちには、なんちゃってシャンパンも用意した。白ぶどう味らしい。

 『すごーい!』
 『美味しそう!』
 『食べていい!?』


 こどもたちは、同じことしか言わない。


 『では、ちょっと早いけど、メリークリスマース!』


 グラスを合わせ、一斉に食べ始める。こんなに楽しい食事は久しぶり!

 『紗矢香ちゃん、料理上手だね』


 『一応、フレンチ料理のお店でバイトしてましたから』


 『紗矢香ちゃんは、昔から何でもできるからなあ』


 所長さんが、にこにこ笑いながら言った。


 『あ!こら!リュウ!それわたしのポテサラなんだけど!』


 『絵里香ちゃん、ダイエットは?』


 『うるさいぞ!』

 久しぶりに、絵里香とこどもたちのやりとりを見て、大いに笑った。司おじさんはというと、この数時間の間に固定の取り巻きができていて、お世話をされている。

 『おじさん、次はどれがいい?』


 『じゃあ、サラダのブロッコリーとトマトをください』


 『これくらい?』


 『うん、それくらいがいいな。ありがとう』


 たくさんは食べられないので、少しずつ、万遍なく食べている。司おじさんが楽しそうで、わたしはとても嬉しくなった。


 ふいに、所長さんが言った。


 『紗矢香ちゃん。12歳のときのクリスマスを、覚えてる?』


 『もちろんです。忘れられるわけがありません』


 『あのクリスマスがなかったら、今この瞬間は、なかったよね』


 本当にそうだ。あの出来事がなかったら、わたしはここにいない。


 『人生って、何が起こるか、本当にわからないものだ。僕は、つらい経験をしたたくさんのこどもたちを見てきた。本当にそんなことがあっていいのか?と思うような、つらいこともあった。起こってしまったことはどうにもできないけれど、当人の考え方や捉え方次第で、その後の人生をどう生きていくかは決められると、僕は思っているんだ。

 つらい中で何かを決めなきゃいけないとき、周りにどんな人がいるのかも、すごく大事なことだ。良くも悪くも影響を与えてしまうからね。だから僕の立場は、とても責任重大なんだ。それを忘れてはいけないって、ずっと自戒しながら施設を運営してきた。こどもたちには、愛を贈れる人になってほしいと願って、接してきたつもりだよ。いつかこどもたちも、家族を持つ日が来る。誰かがつらい想いをしているとき、支え合うことができるのが、人間だよ。一番小さくて身近な家族というコミュニティの中で、支え合うこと、寄り添うことができなければ、社会に出ても自分の役割に愛を持ち、それを果たしていくことはできないと、僕は思うんだ。でも、これは僕の考え方であって、正解だったのかなんて、正直わからないんだ』

 騒いでいるはずのこどもたちの声や、司おじさんの声、絵里香の声が、聞こえなくなった。所長さんがこんなふうに考えていたなんて、知らなかった。まるで所長さんとわたししかいないみたいに、所長さんの声だけが聞こえていた。

 『紗矢香ちゃんの人柄も考え方も、すべて紗矢香ちゃんが生きて来た中で手に入れた、かけがえのないものだよ。そんなことはもちろんわかっているんだけど、それでも僕は…おこがましいけれどちょっとだけ、神様がゆるしてくれるなら…少なくとも紗矢香ちゃんや絵里香ちゃんには、僕の想いが伝わったんじゃないか、間違ってなかったんじゃないかって、思ってしまうんだ。本当にありがとう』


 急にかしこまってお礼を言われて、少し驚いた。所長さんの目を見るだけで精いっぱいだった。


 『考え方によっては…こどもたちにとって、僕との出逢いはないほうがいいかもしれないんだ。それでも、紗矢香ちゃんや絵里香ちゃんみたいな子に出逢うと、感謝せずにはいられないんだよ。“出逢ってくれてありがとう” って』


 『それは、こちらの台詞ですよ。所長さんがいなければ…所長さんじゃなかったら…わたしたちきっと、こんなふうに大人になれなかった。所長さんのおかげです。ないほうがいい出逢いなんて、言わないでください。本当に、出逢ってくださって、引き取ってくださってありがとうございました』


 言いながら、泣けてきた。


 『紗矢香ちゃん、どうしたの?』


 『なんでもないよ。さっき、玉ねぎ切ったからかなあ…』

 隣のこどもの頭を撫でながら、慌てて口走っていた。


 




 わたしたちの周りにいる大人はみんな優しくて、嘘が下手だった。






 そのせいでわたしたちは、嘘をつくのが、下手なんだ。




















*  *  *  *  *  *



 『さあこどもたちーーー!プレゼント交換の時間だぞ!』


 絵里香が叫ぶと、こどもたちから歓声が上がった。簡単なプレゼントを一人ひとつずつ用意しておいた。こどもたちが住んでいる地域では買えない、全国のご当地お菓子だ。人数が多いので予算はかけられないし、欲しいものもわからない。自分で選んだものを交換するのとは少し違うけど、見たこともないようなお菓子なら、こどもたちはきっと喜ぶと思ったのだ。これが、クリスマスケーキの代わり。


 交換方式は、音楽をかけ、音楽が止まったときに持っているものがもらえるという、ベタなあれだ。


 絵里香がネットで音楽を探している。

 『ユウキ様の新曲もいいのよね!どれにしようかな』


 『え、ユウキ様って歌うの?ていうか、普通の、クリスマスっぽいのにしてよ』


 『え、紗矢香、ユウキ様の美声を知らないの?信じられない…憐れな人ね…人生の80%を損しておるね。大丈夫、クリスマス狙いのラブソングもあるからな。心配するでないよ』


 『そういうことじゃないんだけど…むしろやめてくれ』


 そんなやりとりを見て、司おじさんと所長さんは笑っている。


 『でも、こどもたちにユウキ様の美声はもったいないから、やっぱりこっちにしておこう』


 ありふれたクリスマスソングが流れる。OKと合図を出して、みんなにプレゼントをひとつずつ割り当てていく。


 『よし!音楽が止まるまで、プレゼントをぐるぐる回すよー!こどもたち!準備はいいかな?よーい…スタート!』

 絵里香が叫び、音楽が鳴る。みんなでキャッキャと言いながらプレゼントをぐるぐる回していく。リュウがふざけて止めたので、リュウの前後でプレゼントの渋滞が起こっている。すかさず絵里香が見つけて、リュウを小突いた。


 司おじさんは、初めてのプレゼント交換に、終始笑顔だ。膝の上に隣からプレゼントが置かれ、司おじさんはそれを、笑顔でまた隣へ回している。


 『…はいストップ!では一斉に、プレゼントを開けるぞーーー!』


 『なにこれ!?』
 『見たことないお菓子!!』
 『美味しそう!』
 『食べていいの!?』


 こどもたちは、同じことしか言わない。各々盛り上がり、喜んでくれている。司おじさんは、食事の時にお世話してくれた子に、自分のお菓子をこっそり渡していた。大人からこっそりもらえる何かというのは、こどもにとってはドキドキで嬉しいものだ。もらった子は、大事そうにお菓子を抱えて、他の子の輪に入っていった。

 『紗矢香ちゃん、ありがとう。こどもたちも大喜びだ』


 『いえ、大したものは用意できなかったんですが』


 『僕はこのお煎餅だったよ。これ好きなんだよね。嬉しいなあ』

 所長さんも早速バキッと割って、お煎餅を食べている。


 『ちょっと!リュウ!それわたしのチョコなんだけど!』


 『絵里香ちゃん、ダイエットは?』


 『うるさいぞ!』








 嗚呼、こんな時間が…こんな時間だけが、ずっと。







 続けばいいのに。
















*  *  *  *  *  *



 こどもたちが寝静まったころ、大人たちはリビングにいた。


 『今日は本当に、ありがとうございました。普段、なかなかこどもたちと出かけることができないので、遠足みたいで、僕まで楽しくて』


 『いえいえ、僕のほうこそ、みなさんと過ごせて嬉しかったですよ。こんなに楽しい時間は初めてでした。こちらこそ、ありがとうございます』


 所長さんと司おじさん。お互いにお礼を言い合い、和やかな時間が流れていく。わたしは、今日は本当に幸せだったけれど、司おじさんが疲れていないか、心配だった。

 『司おじさん、体調はどう?疲れてない?そろそろ休む?』


 『いや、大丈夫だよ。今日は特別に調子がいいみたいだ』


 『それならよかった。プレゼント交換は楽しかった?』


 『プレゼント交換も、何もかも楽しかったよ。ツリーの飾りつけも初めてだったからね。本当に楽しかったし、幸せだった。良い経験をさせてもらったよ』


 『やった!紗矢香、よかったね!』

 絵里香が先に喜んでくれた。その一言で、意外とほっとしている自分がいることに、氣がついた。喜んでもらえているのか、思った以上に氣になっていたらしい。絵里香が盛り上げてくれて、本当に助かった。


 『所長さん、絵里香ちゃん。本当にありがとうございました。僕は幸せ者だ。紗矢香ちゃん、本当にありがとう』


 司おじさんは、優しく穏やかな笑顔で言った。


 『この際だから、ちょっと…皆さんに聞いてほしいことがあります。紗矢香ちゃんに、ずっと伝えたいことがあったんです。なかなか言い出せなかったんだけど…今なら…いや、今だと思うんだ』






















*  *  *  *  *  *



 『実は、もうあまり…長くないと思います。この身体と、僕は長年付き合ってきたから、自分でわかります。覚悟ならとっくにできているし、できるだけ手間や迷惑のかからないように、手筈をつけたつもりです。でもどうしても、きっと紗矢香ちゃんには、苦労をかけてしまう…それだけどうか、おゆるしください』


 司おじさんは、頭を下げた。わたしも所長さんも絵里香も、黙って聞いている。

 『僕に残っている財産は、半分は寄付、半分は紗矢香ちゃんが受け取れるようにしてあります。その他の法的なこともすべて、済ませてあります。一つだけ、ずっと悩んでいることがあって…。それは、この家をどうするか…。紗矢香ちゃんは、育った場所…所長さんたちがいるところへ、いつかは戻るつもりでいるのかな?』

 わたしは答えられないで、目を伏せてしまった。絵里香がこちらを見ているのを感じた。


 『まだ、わからないかな。それならそれで、いいんだ。まだ考える時間はあるから。僕はなんとなく…勝手だけど、寂しくて聞けなかった。この家がなくなっても、それはもう仕方がない。古い家だし、後を継ぐ人なんて元々いないから。入院生活もあったし、僕だってずっと、ここにいられたわけじゃないから、思い入れが強いわけでもなかった。だけど、紗矢香ちゃんが来てくれて、親子みたいに過ごした家になった…だから今になって、どうしようか考えてしまって…』


 司おじさんはここで一度、言葉を止めた。少し間があって、何かを決意したかのように、大きく息を吸った。


 『…僕は、家族が欲しかったんだ。ずっと。ほとんどの時間、独りだったからね。でも、こんな身体だからいろんなことを諦めて、生きてきた。諦めて、人に感謝する人生だった。人にお世話をしてもらって、感謝して、生きて、また感謝して、生きて…… ”生かされていることを知る”、人生だった。自分の力だけじゃ生きていけないということを、これでもかというくらい、教わった人生だった。

 働くことはできないけれど、両親が遺してくれたお金があった。そのおかげで病院に行けた。家もあった。お世話をしてくれる人がいた。何もできない、何もしていないのに、ただ “この身体で生きていく” のに、必要なものだけが、最初から僕にはあった。

 康介くんが亡くなったとき、本当にショックだった。どうして康介くんが…どうして僕みたいな人間じゃなくて、康介くんが…って。独りになってしまった紗矢香ちゃんに、自分を重ねてしまって、引き取りたいと思った。でも…わかってはいたけれど、現実的に無理だった。大好きだった友人の、愛娘の面倒すらみてあげられないなんて…本当に自分が嫌になったよ。

 その頃から何度か入退院を繰り返して…一度、死にかけたんだ。






あのとき僕は、夢を見ていた』



















*  *  *  *  *  *



 とてもあたたかくて、美しくて、安心できる…上手く言えないけれど、そう感じられる、真っ白な世界にいた。そこでは僕は、とても自由だった。自由に動けた。手も足もスムーズに動かせて、どこへでも行くことができたんだ。









 氣づくと、目の前にドアがあった。手を伸ばして開けようとしたけれど、開けられなかった。「どうして開けられないんだ?」って思ったその時、誰かの声が、聴こえたんだ。














 「あなたは、愛を、贈りましたか?」





















 贈っていない。












 そう思った瞬間、意識が戻った。




















*  *  *  *  *  *



 『僕は、愛を受け取るばかりで、誰にも贈っていなかった。口では感謝するけれど、全然、わかっていなかった。あらゆることが奇跡でできていて、ありふれたものすべて、目に見えるもの、見えないものもすべて、感謝の対象であるということを。この身体である以上、誰かのお世話になることは避けられない。ありがとうと口にする機会はとても多いけれど、ただ “言っている” だけだった。本当に心から、あらゆることに、感謝していなかった。なんて罰当たりだったんだろうって、ようやく氣づいたんだ。

 僕はこんな身体だから、正直何もできないと思っていた。でもきっと、何かあるはずだ。僕にも、愛を贈れるはずだって。ここまで生かされたのには、きっと意味があるんだ。あのドアが開かなかったのは、まだやり残したことがあるからなんだ。目が覚めたとき、僕はそう思ったんだ。

 ちゃんと、生きよう。こんな宿命を背負っていても、誰かに、何かに、愛を贈るんだと、そう思えるようになったまさにその時に、年賀状を見つけたんだ。あの、康介くんからの年賀状だよ。そして、紗矢香ちゃんのことを思い出した。

 康介くんたちが亡くなったとき、紗矢香ちゃんだけが助け出されて、無事だったと聞いた。何も残らなかったと聞いていた。康介くんは、本当に素晴らしい人だった。奥さんのことも、紗矢香ちゃんのことも、もちろん愛していた。そんな康介くんのことを、紗矢香ちゃんはきっとほとんど覚えていない、愛されていたことも知らないかもしれないと思い至ったとき、とても悲しくなったんだ。これは…この年賀状を見つけたことは、康介くんが僕に与えてくれたチャンスだと思った。愛を贈れることになるかなんてわからなかったけれど、きっと、紗矢香ちゃんにはこの年賀状が必要だと思った。康介くんの想い…娘を、紗矢香ちゃんのことを、康介くんは愛しているよと伝えてあげることが、今僕にできること…愛を贈ることだと思った。

 結果的に、あのとき年賀状を送ったから、こうして今がある。本当にあのとき、紗矢香ちゃんに年賀状を届けてよかったと、心底思っているよ。僕は、ちゃんと生きようと改心したけれど、康介くんと紗矢香ちゃんの存在が、さらに僕に生きる理由をくれた。愛を贈る…愛を贈りながら生きる、理由を…』



 二人分の、泣き声が聞こえた。



 絵里香が泣いていた。そして、わたしも。



 『死んだら、何も持っていけないけれど、康介くんと語り合った時間や、紗矢香ちゃんと過ごした日々は、持って行けると思っているんだ。いや、その時々で感じた幸せを…喜びを…持って行くことができると思っているんだ。

 クリスマスツリーに星を飾るとき、紗矢香ちゃん、聞いたよね。僕のお願いを。僕は、本当に、本当に何も、要らないんだ。ずっと欲しかった ”家族” だって、紗矢香ちゃんから与えてもらった。もう、たくさんもらった。空の上へ還るときに持って行きたいものなら、もう十分すぎるほど僕はもらったんだ。

 それでももし、僕のお願いを聞いてもらえるなら、紗矢香ちゃん。紗矢香ちゃんの幸せを願うよ。康介くんの分も、紗矢香ちゃんのお母さんの分も。君が、本当に心から笑えること。心から幸せでいることだけを、僕は願う』




 言葉がどこかへ消えてしまって、何も言えなかった。


 あの年賀状を受け取った、12歳のクリスマスのときと同じだった。苦しくて苦しくて、なんだか悲しくてさみしくて。でもあったかいことを、胸の奥では知っている。春の嵐のような、名前を付けられない、想いたちの去来。


 12歳だったから戸惑ったんじゃない。大人になった今も、名前を上手く付けられないこんな氣持ちを飼い慣らすことなんて、きっと、ずっとできないだろう。


 司おじさんはわたしの隣に車椅子を寄せて、不自由な手をそっとわたしの手に重ねた。ますます涙がこぼれた。


 『紗矢香ちゃん。この家は、紗矢香ちゃんの好きにしていい。戻るつもりなら処分するように手配しておくから、何も心配しなくていい。僕のわがままかもしれないけれど、紗矢香ちゃんに、決めてほしいんだ。あとはこの家のことだけだから、考えてほし…』


 『わたし、ここにいます。司おじさんと…過ごしたここで…生きていきます』


 司おじさんの言葉を遮って、つっかえながらも自然と、口にしていた。


 顔をあげると、司おじさんも泣いていた。


 言葉に詰まりながら、告白した。


 『わたしね…所長さんみたいに、孤児に寄り添いたいの。ここに住むようになって、この家の広さなら、十分できるんじゃないかって…ずっと思ってた。修繕しながらだったら、まだ住める。一人じゃ寂しくて、生活できないけど、わたしも…所長さんや、施設の家族たちから、もらった愛を、誰かに贈りたい。もし、司おじさんが嫌じゃなかったら、ここを…この家を残して…施設にしてもいい?』


 『…紗矢香…わたしも、手伝う』


 『…え?』


 『紗矢香、料理だってなんだってできるけど、お化け怖がるし、虫嫌いだし。「絵里香助けて」って…夜中に電話されても…わたし困るんだから…』


 『絵里香…』


 『紗矢香ちゃん、それはもう、決めたの?』


 司おじさんが、泣き顔を隠すこともなく、わたしの目を見て聞いた。


 『うん、施設に…したい』

 『それがいい。紗矢香ちゃんが決めたことなら、それがいいよ。今日だって、この家はこどもたちがいて、喜んでいたんだ。そうなったら僕も、とても嬉しい』

 司おじさんは、わたしの手を精一杯、ぎゅっと握って言った。


 ずっと黙って聞いていた所長さんも、口を開いた。


 『紗矢香ちゃん。僕も協力するよ。少しは役に立てると思う』


 『少しだなんて…ありがとうございます……』


 12歳のときも、今も、どれだけ泣いても涙は涸れなかった。なんてあたたかいんだろう。どうしてみんな、こんなに愛をくれるんだろう。

 
 まだ、何もしていないのに。何もできていないのに。








どうして、世界はこんなに、優しいのだろう。



















*  *  *  *  *  *



 『さあ!こどもたちー!クリスマスツリーの飾りつけをするぞ!』

 絵里香の声がした。もうそんな時間になったのか。


 『こら!オーナメントを投げるな!』
 『靴下にお願いごと書いたメモ入れていい?』
 『お星さま飾りたい!』


 毎日賑やかすぎる。ちょっとうるさいほどだ。


 ほんの数年前まで、司おじさんと二人きりでしんとしていたなんて、もう誰も覚えていないかもしれない。

 『司おじさん。今年もクリスマスツリーを、みんなで飾るよ』

 お線香に火を点けて、遺影に手を合わせた。司おじさんの遺影は、あの日…司おじさんが最初で最後の、たくさんの “家族” とクリスマスを過ごしたときに撮った写真を使っている。肌が白くて痩せていて、とても健康には見えない。でもきっと、生涯で最も笑った一日の写真だと思う。


 『紗矢香ー!飾りつけ終わっちゃうよー!』


 絵里香が叫んでいる。司おじさんの遺影に、『相変わらずでしょ?』と目で語りかけると、『今年も楽しんでおいで』と、言われたような氣がした。





 この家は、遺してもらった。そして、遺産として譲り受けたお金を使って、危険なところは修繕をした。施設運営に関する手続きや準備は、ほとんど所長さんの指示通りにした。いつの間にか万事、何の問題もなく済んでいた。


 司おじさんが財産の半分を寄付した先は、実は所長さんの施設だった。でも所長さんはその寄付を辞退していて、結局すべてわたしが受け取ることになった。司おじさんの氣持ちだからと何度言っても、所長さんは聞き入れてはくれず、『氣持ちだけで十分だから』と言うだけだった。何もかもが、ありがたかった。






 『あ!来た!』


 こどもたちが外を指差して叫んだ。所長さんと、所長さんの施設のこどもたちがやって来たのだ。

 『紗矢香ちゃん!久しぶりだね!』


 そう言いながらハグしてくれる所長さんは、ちょっとおじいさんになってきて、より本物のサンタクロースに近づいていた。でもまだまだ元氣で、今でも現役の所長さんだ。


 わたしの施設と所長さんの施設は、今では姉妹校のようになっている。毎年クリスマスの時期に、一年おきで交互に施設を行き来するようになった。今年はわたしの施設に、所長さんたちが来る番だ。

 所長さんたちを歓迎していると、誰かが言った。





 『てっぺんのお星さま、今年は誰が飾るの?』





 てっぺんのお星さまは、毎年一人のこどもを任命し、飾ってもらうことにしている。わたしたちが所長さんの施設で育ったときと、同じように。


 今年お星さまを飾ってもらう子はまだ発表していなかったけど、もう決めてある。







 お星さま。どうか、あのときのように、この子のお願いごとを、叶えてあげて欲しい。








『では発表するよー!お星さまを飾るのは…』



















*  *  *  *  *  *



 星に願いを。


 宇宙は愛でできている。


 愛を知り、愛を贈り、愛に生きていくわたしたちは、きっとどんな世界も、超えていける。







 しんしんと降る雪の中を、一筋の光が走っていきます。







 クリスマスツリーのてっぺんの星…この作り物の星には、実は宇宙から本物のお星さまが、毎年クリスマスイブにやって来るのです。





 今夜も、愛を贈る人たちの元へ、お星さまは向かいます。




 愛を贈る、すべての人へ。





 Merry Christmas and A Happy New Year














*  *  *  *  *  *


 この作品は、昨年、2020年のクリスマスに書きました。

 幼少期の紗矢香のお話を hana の note に掲載しました。それでは書き足らず、続編として大人になった紗矢香たちを描き、【おはなとはちこ】サークル限定でメンバーさんにプレゼントしました。

 あれから一年が経ち、新たに加筆・修正を加えてこちらに掲載した次第です。

 (元になった幼少期の紗矢香たちのお話はこちら↓↓↓)



 2021年も残り僅かとなりました。
 みなさんにとって、どんな一年でしたか。

 この度、この作品を一年ぶりに読み返し、また再掲のため加筆・修正をしました。この作品を書いたときのことを思い出して、懐かしい氣持ちでいっぱいでした。

 幼少期の紗矢香たちの話から、大人になった紗矢香たちを描くのに、夢中で書き殴って何日もかかり、結局サークルでの公開が12月25日に間に合わず、悔やしかったことも思い出しました…笑

 近頃のわたしは書く時間がほとんど取れず、自分の作品を書けずにいますが、加筆・修正という形であれ、こうして自分の作品に息を吹き込む作業をしていると、自己表現がわたしにとって救いであり、癒しであり、自分を保つために必要不可欠な行為なのだと氣づかされ、大袈裟ですが打ちのめされました。もっと書きたいし、もっと表現したい。編集しながらそんなことを痛感していました。

 変わらないものは何もない。うつろう世界に憂うのではなく、グラデーションの世界の美しさに氣づき、世界は愛で溢れていることを、もっと表現していきたい。

 いろんなことが終わって、いろんなことがまた、始まる。

 漠然と、抽象的に、2022年に想いを馳せる、クリスマス一週間前の夜なのでした。

 全く時間が取れなくて、みなさんのnoteを読みにいけていません。またふらっと遊びに行くと思いますので、そのときはよろしくお願いいたします。





 ではまた。
 ステキなクリスマスを♡そして良いお年を♡
 本年もありがとうございました^^




hana





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