自分が何を見て、何を感じて、何を考えるのか。

先日、韓国に行ってきました。その時に見たこと、感じたこと、考えたことを記事にしました。

とても有難いことに多くの人に読んでいただき、気付けばその日のうちに、韓国の日刊紙・国民日報の中で取り上げられていました。

記事が公開された当日は、韓国に関するニュースが他にもたくさんありました。そんな中、一時的ではあったけれど、yahoo!ニュースの国際枠でアクセスランキング1位になるほど多くの人に読んでも

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Yさん(プリン職人)

今日はプリン事業に取り組むYさん(仮名)の話。Tinderで目に止まり、7月某日都内で取材の練習に協力していただきました。(※ヘッダー画像はイメージです)

きっかけはパステルのプリン

プロフィールに「プリン事業」と書いてあったので、気になってメッセージを送らせていただきました。早速ですが、プリン事業って何されてるんですか?

「プリン事業に関しては、プリンを1日100個作って卸すっていう仕事を

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立川ヒロナリさん(放送作家)

今回は、おもしろそうな人に取材し続けてどこまで行くかという企画の1人目として放送作家の立川ヒロナリさんに取材しました。

バスケ少年からハガキ職人に

実は記事にするのは2回目なんですけど、今回は改めてちゃんと取材させていただきました。まずは放送作家を目指したきっかけを教えてください。

「仕事を意識し出したのは高校生のときに深夜ラジオに出会ったことがきっかけです。小中の頃からテレビとかお笑いが好

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それでも、被害者取材は必要だと思うこと~14年前の福知山線脱線事故をいま振り返って

(記事一覧)

何ともタイミングの悪いことに

2005年のJR福知山線脱線事故で、遺族・負傷者取材に携わってきた話を紹介してきた。理不尽な事故で肉親を失ったり、事故で瀕死の重傷や心理的な後遺症を負ってしまった被害者の取材は、正直に言って、やる方も苦しいし、読む方も辛い。私自身、いろんな人を傷つけてきたし、怒られてきた。「センセーショナリズムに走るな」「お涙ちょうだいが売れるからやっているんだろう

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関西出身でないことは罪なのか~JR福知山線脱線事故、ある遺族とのこと

(記事一覧)

JR福知山線脱線事故で、取材に応じる被害者の心境にはいくつかの類型があったことを紹介してきた。

初回で紹介した、妻を亡くした男性のことも、その流れで書いておこうと思う。

男性と初めて会ったのは、事故発生後1カ月ほど過ぎた2005年6月3日だった。大阪市内の中心部で管工事の会社を経営しており、取材場所はかならずその事務所だった。男性が社長兼作業員で、亡くなった妻が経理その他を切り

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手紙を書く~取材に応じてくれる人を掘り起こすために

(記事一覧)

時間の経過とともに、遺族の心境も落ち着いてくる。それは、取材をする側にとって有利にも不利にも働く。でも、発生直後に泣いている映像だけ撮って、現場を荒らすだけ荒らして去っていくワイドショーのような火事場泥棒的取材で終わらせるのと、その後も長期にわたって関係を築いていくのは、圧倒的に後者の方が労力を伴う難儀な作業だ。

その作業は、手紙を書くことが中心になった。すぐには取材に応じてもら

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令和の始めに~なぜ被害者は取材に応じるのか(初期)

(記事一覧)

というわけで、平成が終わったが、14年前の回想録はまだゴールデンウィークも終わっていない。来年の4月25日、事故から15年のメモリアルイヤーまでに完結することを目指して、ぼちぼち書き進めよう。

107人が死亡し、562人が負傷した事故では、遺族、負傷者やその家族を中心にした「被害者」もかなりの数に上った。葬儀や法事など忙しいときに訪ねて来る記者に応対したところで、法的・金銭的なメ

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私はなぜヒゲをそらないのか~JR福知山線脱線事故と「暴言記者問題」

(記事一覧)

前段

2005年4月25日、突如起きたJR福知山線脱線事故の発生で、この年のゴールデンウィークは消えた。

青空の下で、連休なのに喪服姿の人が増えた西宮北部や三田のニュータウンを駆け回り、取材をしたり、電話をしたり、地べたに座り込んで応援で来た記者と打ち合わせをしたり。

そんなわけで、事故現場に顔を出したのは前回書いた通り、大型連休期間で一度だけ。遺体安置所になった尼崎市記念公

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2005年4月28・29日~入学から3週間で亡くなった大学生

(記事一覧)

兵庫県警から発表される死者の数は10人単位で増え続け、100人が目前だった。時事通信のメール速報で私の元に届く。未曽有の大事故になってしまった。

現場ではマンションにぶつかってつぶれた車両の捜索が続いていた。事故発生から2日後の4月27日朝、行方を探していた大学生の2人が遺体で発見されたと、警察から発表された。

事故を起こした快速列車には大学生が多数乗っていた。大学生の死者も連

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鉄と大島紬(奄美大島取材日記3)

CAMPonPARADE編集部です。

以前、奄美大島の土壌の正体が鉄だったと書いた。栄養分が少なく農作物が育ちにくい土壌、雨が多い亜熱帯気候で土の中の鉄分だけが残り、空気に触れて赤くなった土。これだけ聞くと奄美が貧しい土地に思えるが、実はこの土が世界に誇る伝統工芸品を生み出していた。一反200万は下らないという織物「大島紬」だ。この織物最大の特徴ともいえる黒にこそ奄美大島の鉄の土壌が大きく関係し

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