失業中

まだまだ生きづらい内向的人間

そもそも内向的な人間って日本でも生きづらい

それなのに外国でよく生きてきたなって自分でも思う

最初の何年かは専業主婦という名のプー子だったけれど
プー子って死語?笑
今は何というんだろう

その後は子供もいないしずっと働いてきた

本来性格的にはニートや引きこもりになりそうなタイプだけど

「海外で働く」という響きはすごい
親戚、知人の中には輝かしいキャリアウーマンのイメージを抱いている人もい

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アラフィフ死を怖れる

最近死ぬのが怖いと思うことがある

健康であるにもかかわらず

50代で死を怖がるのは早すぎないか

やや更年期鬱っぽい時があるのでそのせいかもしれない

死ぬのが怖いし歳をとるのも怖い

大切な人が死ぬのも怖い

私には死なれると困る人が3人いる

死なれると悲しい人はもっといるが死なれるとこっちの精神がもたないと思われる人が3人

困る順に、現在のパートナー、母親、親友

この3人がいっぺんに

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人に好かれない私

私には20年くらい一緒に暮らしているパートナーがいる

彼は私と違って老若男女誰にでも好かれるタイプだ

ちなみに私は老若男女誰にでも嫌われるタイプだ

この違いはどこからくるんだろう

彼は誰とでもすぐに仲良くなる

同じマンションの人と仲良くなり、よく行くレストラン、喫茶店の店員さんとも仲良くなり、私の家族とも仲良くなる

仕事で知り合った人ともプライペートで仲良くなったりしてよく「あの人すご

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子供 or No 子供?

私には子供がいない

子供に関しては絶対欲しい派でも絶対欲しくない派でもなかった
どっちかといえばいなくていいかなって感じ

いつか子供を産んでおけけば良かったって後悔する日が来るかもしれないけれど幸いその日はまだ来ていない

なぜそれほど欲しいと思わなかったか?

それは

育てるの面倒くさそうだから…

いや、それでは身も蓋もなさすぎる 笑

でも子供の手を引いてさらにベビーカーを押しているお

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スキ押していただいた方ありがとうございます。あまり皆さんのところへ見に行けていませんが感謝しています。早くもネタ切れ感がありますがよろしくお願いします。50年生きてきてもうネタがないとは?笑

寂しい人のチャットルーム

インターネットがない時代があったって知ってる?

そんな時代に海外で暮らしていた人がいることを?

インターネットがまあまあ普及してきたのは私が30歳くらいの時だったか

それでも当時は通信費も高くおいそれとインターネットを使える訳ではなかった

当時、彼と私の関係は冷め始めていた

先に冷めたのは私の方かもしれない

海外で家族、友達のいない私は常に寂しい思いをしていた

その私がのめり込んだの

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「若気の至り」日本代表

というわけでアメリカに語学留学した私
今でいう「自分探しの旅」っていうやつ?
そんな恥ずかしい言葉はすでに死語かもしれないが

語学学校で知り合った外国人と恋に落ちて結婚するなんてベタなことはさすがの私もしない…

と今なら思う

だけど当時は違っていた

「若気の至り」とは私のために作られた言葉と言っていい

いや外国人に恋するのは許してあげよう
若かったんだし

by 今の私

その人を追って

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逃げ道確保

普通は就職して自分でお金を貯めてから語学留学なり美容整形なりするのが人として正しい道だろう

それを4年間大学へ行かせてもらった上にさらに留学費用を出してもらおうなんて堅気の人間の発想ではない

いくらなんでも甘えすぎている

それなのにうちの親はあっさりと許してくれた

いや、止めろよ!!笑

コネがだめだったから不憫に思ったのか。。。

まさか英語ペラペラになって帰ってきて外資系企業に就職する

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90年代初期の就活

大学4年のとき一応人並みには就活をした

いや、人並みではなかったか、2社しか思い出せないということは

1社目は英会話学校、2社目はコネで保険会社

どっちも落ちた訳だがコネで落ちるってどういうことよ 笑

入社試験の結果が中くらいだったから、みたいなことを母親から聞いたが本当のところは分からない

死ぬほど馬鹿ではないとしてもお世辞にも頭がいいとは言えないし、性格も内向的で面接官に好かれるタイ

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海外で失業するということ

まさか50歳を超えて失業するとはね

自分で辞めたから自業自得だけど

積極的なイジメを受けた訳ではないけれど明らかに私に悪意を持っている人が数人いて、その人達はそれをきちんと態度で示してくれた

悪口を言ってるのが耳に入ってくることもあったかな

それくらいで辞めるのは甘えているのかもしれない

もっと辛い思いをしている人はたくさんいるだろう

それでも辞めた

20年近く勤めていたのに

20

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