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小説の技巧:「大人の領分③薫」ができるまで(後編)

こんにちはこんにちはこんにちは!

※書き手さん向けエッセイの後編ですが、後編は読み手さんにも楽しい(と思ってもらえることを願う)内容です。

前編はこちら。

…というわけで、書きました。

ので、答え合わせ。

1.メロディ

繰り返し出てくる旋律は、「会う約束のある別れ」。ただし、主人公たちだけ一旦、逆回転。お気付きですか?不倫カップルは別々な家庭から来て、会って、やって、食べて、別々に帰りますが、薫と詢は別々に来て、食べて、やって、お互い本来の姿で出会います。これは、だからこのままいくと、別れた後も出会いの約束があるのか、それとも逆回転的に、未知の仲に戻る出会いなのかいまいち定まらないんですが、最後に詢をメロディに乗せて、帰ってくる約束で部屋から一旦出させる。不協和音的な逆回転をここで「解決」(前編冒頭部の引用参照)しています。

2.呪文と異界のテーマ

詢のタトゥーはわかりやすく。これは翻訳とプログラムの世界の魔法使い、薫と敦の呪文の象徴ですね。ただし薫の魔法書(ドイツ語原典)は今日はただの紙の束。使い物になりません。敦の呪文がどんどん侵食してくる。これは詢の魔法の杖(バーナー)の調子が悪いのと同じ。

カップルの指輪と別々の終電も呪文と異界のテーマですね。指輪というこの呪文があるから、それぞれの異界に帰らないといけない。このカップルの存在によって、ここが「異界」ではなく「公界」であることがわかります。そして詢は看板をしまうことで、ここを「異界」にする。ここは「公界」であると同時に「異界」になります。そこで、「異界」のテーマとして薫の回想を入れこんでいくと同時に、「公界」のテーマとして槙野くんが演出してくれるキラキラエピソードを。しかし、槙野くんの魔法は期限付き(花火)で、時間と場所を制限されたもの(予約)。二人にとって、この「普通」は、いまから、明日という一日の間しか約束されません。

そうですね、写真も異界。これは二重底になってます。敦が写真の外から中に入り、二人の真ん中に配置されます。これは現実のミニアチュアという意味での物語世界に対する異界。二段目、この写真は薫の記憶が真実の記憶ではないという証明でもあり、詢と敦の世界へ通じる、薫の世界にとっての異界の入り口です。

3.同質性、相似性、公平性のテーマ

この世界の均衡を取るための、いわば音量の調整ですね。登場人物のメロディが、これによって足並みを揃えることになります。

たとえば、別々の家庭を持つ客カップルに対して、槙野くんにあかりちゃん、詢に敦という「本当の家庭」。薫はそのどちらにも入ってない。公認の槙野くんとあかりちゃん、詢と薫に対して、物語現在の表面には敦という単語も存在もありません。薫と敦のバランスを取ります。お気付きですか?薫、敦、槙野、あかりは訓読み、詢だけ音読み。一応、出演なしのあかりちゃんはひらがなを採用しています。

槙野くんが物語の表世界で、薫と詢を前にもぞもぞ居心地悪そうにするのは、バランスが悪いから。あかりちゃんのところに帰りたいんですね。槙野くんが帰ったあと、閉じた世界に訪れたこの優しくて儚い均衡は、店から出ることでまた、崩れます。薫は詢に合わせてる。詢は薫に合わせません。

さらに言いますと、このシーンには「詢のためのホームページを並んで見ながらキスする敦と薫」という伏線が配置されています。表の世界で槙野くんがかけた「普通」の魔法、二人の愛情を現すケーキは、裏の世界では、詢の冒頭の言葉にも象徴されているように、食べてなくなれば現実が待っている「時限爆弾」であり、詢の世界(食の世界)に刺さった棘のようでもある花火がその象徴です。そう、花火はバーナーの変形表象。このケーキは詢の心象世界の象徴です。自分のコントロール下にないもの、着火しては消火、目の前に、ある種の昇華、愛の表現として現れては、消化されてなくなる…薫と共に食べる…敦という危険で甘い絆。記念ケーキは、敦のニ極的な様相を表してもいるんですね。
…これらが様々な対をなしながら、もっとも大きな構造として、ケーキ(表:槙野くん、裏:敦)を挟んで結婚を祝う二人の構図にどっと流れ込んで、この段落の冒頭に戻りますが、薫と敦のファーストキスの構図とぶつかって競るのが、私としましては、このシーンの醍醐味になっています。

また、詢と敦が、相似的で対照的なのは明示されてはいますけども、この点、漢字の作りにも配慮してみました(ちっちゃ笑)。見えにくい相似と対照…例えば二人とも後ろから薫に抱きつきますが、敦はセックスのあと薫の解けた髪を編み込み、詢はセックスのまえに鞄を剥ぎ取る(髪も鞄も「記憶」の象徴であるのは、皆様にもご存知のことでしょう)。二人とも薫とセックスしますが、部屋に残るのは敦、部屋から出ていくのは詢。これもバランス。



以上、ポイントは3点でした。この辺まで仕上がったら、全体の流れをみます。冒頭から秘密のポーズをとる薫が、作品の秘密の花園っぽいとこを完全に象徴してて、好きなんだよなあ。など。大サビ以下を調整。プロットで思いついた、切なくて身勝手で、あがいているのに幸せで、かけがえのない感じ、のために、主人公を追い詰めます。あとやっぱり濡れ場ね。下書き時点でまあまあ、肝になるところのあたりはつけてますので、そのインパクトを盛り上げるべく、筆圧を高めてガツガツ書き込みます。緊張感。体温。高揚。息遣い。緩急。脱力。余韻。などなど。やはりサビですからね。情感たっぷりに、印象的に。はい。

できたぁぁぁ。

付録を書き、更に、本篇の人物たちが奏でる各自のメロディの雑音を取り除きます。

でーきーたー。嬉しいなぁ。

付録を見直して、最後の楽しみ、こどもの国。を味見しながら書きます。味わい深いです(この辺りは以前に書いた「小説の技巧:『愛を犯す人々』ができるまで」をどうぞご参照下さい)。

…と、いう、わけだったのです。相変わらずすごい労力。でも、いいんです。楽しいから!

どうでしょうどうでしょう。

今回は初期プロットの秘密もまるっとご紹介でした。

私が書いてる時の楽しい気持ち、少しでもお分けできていたら、いいのですが。

どうぞどうぞ、ご自分で筆を取って、実際に書いてみてくださいね!


…好みのJ-POPみたいになりました?


えっとですね、宣伝(?)…このあたりで、薫篇をもう一度お読みいただくとですね、こういった解釈が、一切、物語世界には関係ないけれど、いわば物語の外側で星が舞うように展開しているという、不思議な感覚を味わっていただけるかと思います。物語の世界には、表象しかありません。読むことによってようやく、このからくりは動き出すんですね。しかも、物語の中でではなく、読む人の心の中で。




たまには、こんな書き方をして楽しみ、こんな読み方をして、楽しみます。


お話を書くのが、大好きです。

以上です。


本講義のテキスト?は、この作品:

参考作品群(付録(人物図鑑)はこちらに収録されています):


今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。