マガジンのカバー画像

トピックス(日本)

26,392
素敵なクリエイターさんたちのノートをまとめています。
運営しているクリエイター

#短編小説

明くる

どうしようも無い闇が、私を覆った。 黒く光った森を連れた“それ”は、私の身体中に纏わりつき、眼を隠す。 温く濁った瞳の奥。枯れた木々が囃し立てる耳の奥。咳切れた血の味に塗れた喉の奥。 遠くの山並に陽が昇り、暗がりが碧く燃えた。 濡れた枯葉の上、擦れた膝を抱いて蹲る私の、冷えた肩は小刻みに揺れる。 何処から走り続けて、此処に来たのか。 何から逃れて、此処に来たのか。 今となっては、分からない。 しかし先程まで、私を喰わんばかりであった葉の先に、美しい大気の子供達が宿り、その身を

母屋の女

「いつになったら降りてくるんだ」  階段の下から、義兄の声がした。僕は、ろくに返事もせずに奥に進んだ。 ※ 大叔父がなくなってから1か月が過ぎたころ、僕のところに一本の電話が入った。 「母屋を取り壊そうと思っている」  義兄は大叔父とは不仲で、いつも喧嘩が絶えなかった。大叔父が入院した時、老朽化が進んだ祖父の家を取り壊そうとしても、母屋の屋根裏だけは立ち入るなと言われていた。祖父の家を継ぐはずの父は早く亡くなり、養子になった義兄の父も事故でなくなった。まだ幼かった僕と

毛玉と木の芽とハンカチ[短編]

あるいは4月について  桜は満開なのに季節が回れ右!をして突然寒くなった。 積み上がった洗濯待ちの洋服の中から、アヲがひっぱり出したのは毛玉の浮いたセーターだ。 あっちにもこっちにも丸い毛玉がぷつぷつ浮いているが、暖かさにはかえられない。 シーズンの始めは毛玉もまめに取っていたが、3月を過ぎ出番が少なくなるにつれて手入れもおろそかになってしまう。 それでもクリーニングに出さないのは、突如やってくる思いがけない寒い日に備えてのこと。 毎年この“最後の一回”が着納めとなる。

夜の美術館

 こんにちは。  一名様ですか。  ただいまチケットをご用意しますので、少々お待ちください———  それにしても今日はたいへんよいお天気ですね。  昔は雨の中に美術館へ出かけていくのが風流なものだと思い込んでいたんですが、夜を失ってからは、こう、おてんとさまが幅をきかせている時のほうが似つかわしいと思うようになりました———  はい、こちらのチケットとパンフレットをお持ちになって。  どうぞゆっくりとご鑑賞ください。  五つの扉、どちらからでもお入りいただけます。 一.森

ふくちゃんとホルン(短編小説)

ふくちゃんはお母さんの妹で、わたしのおばさんだけれど、お母さんとは全然似ていないなぁといつも思う。 「こんにちは」 うちのリビングに入ってきたふくちゃんは、こんがり焼けたパンみたいな顔で、ニカッと笑った。お母さんはふくちゃんを見て目を丸くした。 「ちゃんと帽子かぶってる? 日焼け止めは?」 「めんどくさいからかぶってないよ、日焼け止めもしてへんし」 お母さんはあきれた顔になった。ふくちゃんは全然気にしていないみたいだった。わたしは二人を交互に見た。お母さんは肌が白くて、いつも

【短編小説】余命幾許#夢の訳し方を知らない僕等

文学フリマで出版されている短編集に寄稿したお話です。 ポートフォリオ的な目的で記事でもアップしています。 できれば本の形で手に取っていただきたいですが、必ずしもそうはならないと思うので。 Kindle Unlimitedでも読めるようなので、できればこちらからどうぞ。 『夢の訳し方を知らない僕等』 その他の作品の紹介の記事はこちらです。 (読了目安7分/約5,200字)

有料
100

短編小説【夏のいたずら】

しょうもない時間だった。 でも、どうしようもなく愛おしかった。 彼と一緒にコンビニに入る。 効いているような、いないような、体温に近い冷房が体にまとわりつく。 火照りをとってもらいたいのに、本当に役立たず。 「新発売だって」 彼が立ち止まる。 アイスキャンディーが目につく。 「これ、味違うのふたつ買おう」 私は小さく頷いて、彼からぶどう味のアイスキャンディーを受け取った。 彼は桃味。 私たちは肩を並べて歩く。 アイスを食べるのに夢中に見えた彼が、ふと口

檸檬【二次創作】

 文学作品というものは、一般にとっつきにくい印象を持たれやすいように思う。それはおそらく、文体の違いや文化的背景の違いに起因するものであろう。しかし、多少の読みにくさに耐え、読み進めていくと、そこには丁寧に抽出され、濃縮された、人々の心があることに気づく。究極まで高められ、丁寧に物語という瓶に詰められたそれは、たった一滴でもエッセンシャルオイルのように強く香る。どんな具体的素材の中でも、たった一滴で、その存在に気づいてしまう。  …はい。かっこつけました。以下、駄作です。内

沈みゆく島の高校生A

 どんぶらと窓のすぐ下で揺れる水面をながめながら、この光景も見納めか、なんてベタなことを考える。でも実際、なんだか感情のない生き物のようで不気味だとずっと思っていた灰色の水の塊も、お別れと思ってみるとほんのりかわいく見えてきたりするから不思議なものだ。 「英語では卒業式のことを『コメンスメント』と言うわけですが、これは本来『始まり』という意味の単語でありまして——」  いかにもありがたげな校長の訓示に耳を三度程度わずかに傾けながら、教室のうしろ、ずらりと並んだ保護者の列の中に

早朝に鳴く

アラームを止めようと伸ばしたあなたの腕が、私の顔にかかる。 そのまま抱き締められ、貴方の胸元の、柔らかな香りに包まれた時、私は心底、生きているのだと、穏やかな睡魔に目を閉じた。 あなたが隣にいる間、私の思考が止むことは無い。常に脳の何処かがぐるぐると目まぐるしく動き、あなたの中の私を探す。 あなたが着ている私のスウェット、あなたが私の家で洗った下着、私の匂いの染みついた骨ばった長い指。全てに私の片鱗を探しては、安堵する。 他のどの暖房器具でも満たない自然の温もりに、私だけが包

短編小説【ナイト・グルーヴ】

東京駅。八重洲中央口を出て右手に、夜になると明るい照明で鮮やかに彩られる、大きな階段がある。 人々はみな、なんの目的もなく、あるいははっきりとした意思を持って、この階段に座っている。 とりわけ僕たちは、この子洒落た街を行き交う人々を見ながら、夜を無駄遣いするのが好きだった。 毎週金曜日のバイト終わり、僕と俊介は決まってここで落ち合う。 半年ほど前、お互いのバイト先の最寄り駅だったこともあり、家に帰る前にちょっと休まないかと座ったことが始まりだった。 ある日はコーヒーを片手

2人の三角形(短編小説)  #肉食と草食の物語

(2034字)  高瀬さんは僕のことが好き、なのかもしれない。熱い視線を感じるし、バレンタインにはチョコレートをくれた。  彼女はアルバイトスタッフの中でも優秀だ。指示をだせば的確に動いてくれるし、ミスをしたら必ず反省をして同じことは繰り返さない。  それに、素直ないい子だ。そんないい子に本当のことを伝えたら、どれほど傷つけてしまうのだろうか。 🍫  keliは大切な友だち。写真の中の彼女は綺麗でいつも輝いている。私の憧れの存在。 「インスタのフォロワーと揉めたら、アカ

【短編小説】LOVE POTION NO.9(後編)

先を行くお兄さんに気づかれないように、私は美春にこっそりと尋ねる。 「そもそもあの人なんなの?」 「お店の人なんだけど、なんて言えばいいのかな、古道具屋さん?」 ……古道具屋さん? 古道具屋さんがいったいなんでチョコレートなんて取り扱っているのだろうか。 先を行くお兄さんはまるでウィンドウショッピングを愉しむかのように飄々と町を歩いて行く。どれだけ歩いただろうか、いつの間にか私達は駅前の裏路地を歩いていた。いつも通学で駅から学校までの道のりを歩いているはずなのに、なんだか

【短編小説】LOVE POTION NO.9(前編)

きっと、バレンタインのせいだ。 二月になると教室の空気がなんだかそわそわしてくる。他愛ないおしゃべりだったり、視線を交わす仕草にもなんとなく緊張感が漂っているみたいに感じる。 でも、私は正直に言うとみんながなんでそんなにバレンタインに必死になっているのかが分からないのだ。同級生の男子がなんだか子供のように思えてしまって、よっぽど仲の良い女友達と話している方が楽しいと思うんだけど、みんなはそうじゃないのだろうか。 そんな感じで浮き足だった教室の雰囲気とは一歩引いた立場に立