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ハセガワさん/もちはこび短歌(8)

文・写真●小野田光

解説のハセガワさんは目の前のマイクの網目が気になっている
鯨井可菜子『タンジブル』(2013年、書肆侃侃房)

 日本には「球春」という言葉があるけれど、野球開幕の季節になると思い出すのがこの歌だ。
 「ハセガワさん」はどうして「長谷川さん」ではないのだろう、ということが気になっている。カタカナ表記だと「世界のクロサワ」的な感覚を呼び覚ますので、メジャーリーグで活躍した元投手の長谷川滋利さんを思わせるけれど、連作の設定ではハセガワさんは打者なのできっと違う。
 実はこういう謎があると、そこが心に引っ掛かって歌を記憶することがある。この歌もしかり。そもそも、ハセガワさんはどうして「マイクの網目が気になっている」のか、はっきりとはわからない。これも謎だ。
   わたしはこれらの謎の部分から、古き良き野球の匂いを感じる。具体的なことを言うと、現在の野球中継ではヘッドセット型の小型マイクを使うことが多く、大きな据え置き型を思わせる「マイクの網目」という部分が古さを演出しているのかもしれない。でも、それだけではない。大づかみな感じのするゆるやかな文体なのに、描写の内容はとても細かい部分を捉えている点も、一昔前のパ・リーグの野球に近い感じがするのだ(連作の他の歌で、ハセガワさんはパ・リーグの出身だということがわかる)。豪快に投げて打つ一方で、その裏には細かい技巧がある。それが、わたしの抱く昭和のパ・リーグの印象である。
   今ほど、観客を集めることができなかった当時のパ・リーグ。閑散としたスタンドは、どこか集中力を欠いた雰囲気もあった。試合に入り込んでいないハセガワさんの様子は、その空気にぴったり。懐かしいものを思い出させてくれる。
   メジャーリーグで7回裏に合唱される『Take Me Out to the Ball Game』(邦題:私を野球に連れてって)という楽曲にも、サビに「At the old ball game」という歌詞がある。野球はわたしたちにとって、いつだって懐かしいものなのだ。大切なことをこの一首は思い出させてくれる。
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3月22日(金)19時から
福岡の本屋さん&カフェ「本のあるところ ajiro」で、トークイベント「『蝶は地下鉄をぬけて』ともちはこび短歌のこと」を開催していただくことになりました。
「もちはこび短歌」を10首ご紹介し、その短歌の実生活における効用などもお話しする予定です(noteではご紹介していない10首をご用意するつもりです)。お近くの方、よろしければご来場くださいませ。お会いできること、たのしみにしています。
当日は20時からの「ajiro歌会」に、わたしも参加する予定です。
お申し込み(要予約)はこちらからどうぞ。

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