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「かみ太郎」(昔ばなし風おとな向け童話)

昔、とある山奥にひとりのおばあさんが住んでいました。おばあさんは若い頃から抜けた自分の髪の毛をこつこつ集めていました。それはかつらを作れそうなほどの毛量になっていました。
おばあさんには夫も子どももいませんでしたが、一時期だけおなかの中に子が宿っていた時期がありました。
 
山奥でひとり暮らしをしていたおばあさんは若い頃、冬山で遭難しかけていた若い男を助けていました。ひどい吹雪で下山できそうもないと判断したおばあさんはその男を数日間、家に泊めていました。布団はひとつしかなく、一緒に眠ることになった夜、男と交わり、おばあさんは身ごもったのです。
自分のおなかに数日間だけ一緒に過ごした男の子どもがいると分かった時、男の所在は知る由もありませんでした。仕方なく、おばあさんはひとりで産んで育てる覚悟を決めました。長いこと、ひとり暮らしをしていたものですから、おなかに自分の子がいると思うと二人で暮らしている気分になり、幸せを感じ始めました。しかし、山仕事をしている最中に流産してしまったのです。
 
おばあさんは悲しみに明け暮れ、ひとりで泣き続けていました。そのうちあの男がひょっこり現れて、また子を授けてくれないかと思いましたが、授かったとしても、流産してしまった子ではありません。違う子なのです。それを考えると、もう二度とあの子とは会えないのかとますます寂しさは募りました。
 
何度あの冬のような吹雪の夜が訪れても、二度と男が現れることはなく、傷心のおばあさんは毎日抜け落ちる自分の髪の毛を集めるようになっていました。たくさん髪の毛を集めたら、人形を作って、子どもの代わりにしようと考えたのです。
 
それから何年も時は流れ、おばあさんはとっくに身ごもることのできない年齢になっていました。自分の髪の毛を集めて作った人形に話しかけながら、相変わらずひとりきりの寂しい生活を送っていました。人形を作った後も髪の毛は集め続けていました。
 
吹雪の夜のことです。夕食の支度をしていると、家の戸を叩く音が聞こえました。こんな雪の夜に誰だろうと戸を開けてみると、見知らぬおじいさんが寒そうに震えていました。「一晩だけ、泊めていただけませんか?」そう言われ、おばあさんはそのおじいさんを家の中に招きました。一瞬、もしかしたらあの時の男ではないだろうかと思いましたが、歳を重ねたとは言え、全く面影はなく、人違いだろうと残念に思いました。
ひどい雪だというのに、おじいさんは帽子さえかぶっておらず、髪の毛もほとんどない頭はひどく冷えていました。おばあさんは集めていた自分の髪の毛でかつらを作り、そのおじいさんの頭にかぶせてあげました。
「これはとても温かい。どうもありがとう。それにしてもこんなにたくさん髪の毛を集めているとは。」
おばあさんはおじいさんに一人分しかなかった夕食を差し出しながら、身の上話を始めました。ずっとこの山でひとり暮らしをしていて、若い頃、子どもを授かったけれど、流産してしまったこと、それ以来、自分の髪の毛を集めていること、その髪の毛を使って作った子ども代わりの人形と一緒に暮らしていることなど…。おじいさんはおばあさんの話を真剣に聞きながら、おばあさんが用意してくれたご飯を食べると、凍えた体はすっかり温まっていました。
「ごちそうさま。あなたが作ってくれたご飯とかつらのおかげで体はぽかぽかです。」
「それは良かった。今夜は冷えますから、ぐっすりお休みください。」
おばあさんはおじいさんに布団を貸すと、自分は囲炉裏で暖をとり、人形を抱えながら冷たい床の上に横になりました。若い頃と違って、同じ布団で眠ることはありませんでした。
 
翌朝のことです。おばあさんが目覚めるとおじいさんの姿はなく、きれいに畳まれた布団の上には小さな子どもがちょこんと座っていました。
「おや?おじいさんはどこへ行ったんだろう?おまえはだれだい?」
「ぼくは髪太郎だよ。お母さん、ずっとぼくに会いたがっていたじゃない。ゆうべは髪の毛とご飯とお布団をありがとう。おかげでぼくはぽかぽかだよ。」
髪太郎と名乗る男の子はにこにこしながらおばあさんに言いました。そう言えば、髪の毛で作った人形も消えていました。
「髪太郎…?もしかしておまえは私の子なのかい?私がずっと会いたがっているから、こんなに寒い中、会いに来てくれたのかい?」
「うん、そうだよ。髪の毛を集めて、お母さんは人形を作ってぼくのことを大事にしてくれていたじゃない。だからぼくは神さまにお願いして、お母さんに会いに来たんだよ。あの時は死んでしまって、悲しい思いをさせてごめんね。」
「髪太郎、本当におまえは私の子なんだね。会えてうれしいよ。お母さんはずっと神さまにお願いしていたんだ。どうか命が尽きるまでに一度でいいから、子どもに会わせてくださいとお祈りしていたんだよ。」
おばあさんは涙を流しながら、髪太郎を抱きしめました。
「お母さん…あのね、ぼく、神さまから言われたんだ。お母さんに会わせてあげるから、その代わり、お母さんを連れて来なさいって。本当は…ぼくはこれからずっとお母さんと一緒にここで生きていたいんだけどな。」
「そうかい。おまえはお母さんをお迎えに来てくれたんだね。神さまの言う通りにしないとバチが当たってしまうよ。たとえ一緒に生きることができないとしても、これからはきっとずっと一緒にいられるから、怖くないよ。」
おばあさんは自分の命が長くないことを悟りました。しかし自分の子と会えたのですから、死ぬことは少しも怖くありませんでした。
「まだもう少し、時間があるから…お母さん、今日はぼくと一緒に遊んでくれる?」
「もちろんだよ。お母さんはこんな日が来ることをずっと願っていたんだ。」
昨夜の吹雪が嘘のように晴れ渡ったその日、おばあさんと髪太郎は一緒に朝ごはんを食べ、庭でたくさん雪遊びをした後、囲炉裏で暖をとりながら、おばあさんは髪太郎に昔話を聞かせてあげました。
「ねぇ、ぼくのお父さんのお話もして。」
髪太郎に言われ、おばあさんは数日間だけ一緒に過ごした男の記憶を辿りました。
それから夕飯を食べ、同じ布団に包まりました。おばあさんは髪太郎に子守歌を歌ってあげました。
「ねんねん、ころりよ、おころりよ…」
外はまた雪が降り始め、まるでこの世界には二人きりと思えるほど、とても静かな夜でした。
「お母さん…ぼく、眠りたくないよ。ずっとお母さんとこうやって生きていたいな。」
ぐずり出した髪太郎におばあさんはやさしく言いました。
「髪太郎…今日はありがとうね。本当に幸せな一日だったよ。二人でちゃんと神さまの元に帰らないとね。これからもきっとずっと一緒にいられるから、大丈夫。」
布団の中でおばあさんは髪太郎の頭をなでながら、やさしく抱きしめました。
新しい雪が積もった翌朝、微笑む親子は寄り添いながら、冷たくなっていました。

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