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著…渡貫淳子『南極ではたらく』

 行くのも、帰るのも、そこで生きるのも大変。

 これは、そんな極寒の世界で、南極地域観測隊の調理隊員として腕をふるった方の本。

 食糧を運べるのは年に一度きり。

 途中の補給は無いので、あらかじめどの食材をどのくらいの量仕入れるか計算しないといけません。

 使える水の量にも限りがありますし、南極に持ち込んだものは全て持ち帰らないといけないので、食材や調味料をいかに無駄なく使い切り、生ごみを出さないか試行錯誤。

 また、現地では慢性的に生野菜が不足するので、栄養バランスや満足感を得られる献立を考え抜くことが必要。

 そして仕込みに取りかかり、仲間たちの好みに合う調理方法を工夫し、美味しいお料理をふるまう…。

 この本にはそうした様子と、南極ならではのハプニングや人間関係の悩みが丁寧に綴られているので、まるでドキュメンタリー映画を観ているかのような気分で読めます。

 有名な「悪魔のおにぎり」のレシピも載っているので、食いしん坊のわたしは早速真似して作ってみたのですが、確かに美味!

 お夜食に食べたいけれど、夜に食べるにはハイカロリー。

 とんでもないものを知ってしまった…。

 さて、南極地域観測隊に入ったからには、てっきり、子どもの頃から「南極で働きたい!」という夢を抱いてきた方なのかな…と思いきや、決してそうではないようです。

 きっかけは子育てをしているさなか、朝刊で見た1枚の写真だった。色鮮やかな防寒着を着た女性が、真っ白い大地にすっと立っているだけの写真。その時、自分の心の中に一滴、しずくが落ちたような気がした。何かが揺れるというか、本当に感覚的なものだった。でもそれから数年はその人が誰なのかを調べるわけでもなく、子育てに追われる日常を過ごしていた。
 でも、その時こそ、私が南極という種を見つけた瞬間だったのは間違いない。

(著…渡貫淳子『南極ではたらく』単行本版P18から引用)

 と著者は振り返っています。

 偶然なのか、はたまた運命的な巡り合わせなのかは、神のみぞ知るところ。

 けれども、著者のおっしゃることにわたしはとても共感しました。

 その時ははっきり分からなくても、後から思うと「あれが自分にとって分岐点だった」と確信出来る瞬間って、ありますよね?

 著者が「種」という表現を使っているのも素敵。

 もし著者がその時その朝刊を読まなかったら?

 その写真に気づかなかったら?

 著者は「種」を受け取れず、南極へと赴くことは無く、今とは全く違う人生を歩んでいたかもしれません。

 そうなると著者以外の方がその年の南極地域観測隊の調理隊員として選ばれていたことでしょう。

 したがって、著者がこの本を出版することは無く、わたしはこの本を読んで感想文を書くことが出来ないので、今この記事を読んでくださっている方がこの記事と出会ってくださることも無かったはず。

 そう想像すると、凄いことですよね。

 たった一枚の写真によって、数えきれない人たちの運命が変わっていくのですから。

 いつかわたしのこのnoteも、どなたかにとっての「種」になれますように…。



 〈こういう方におすすめ〉
 チャレンジしてみたい大きな夢がある方。
 南極に関心がある方。

 〈読書所要時間の目安〉
 2時間くらい。

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