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編集も生活も、ずっと続いていくから。(北尾修一『いつもよりも具体的な本づくりの話を。』を読んで)

世の中は、抽象的と具体的なことで構成されている。

……すごく当たり前のことを堂々と書いているけれど、いわゆるMECEで区分けしづらいのは、人によって感性・感覚が異なるからだ。ゆえに「何が抽象的で、何が具体的なのか」を識別しづらく、コミュニケーションギャップが発生する。

脳内で「これは抽象的で、あれは具体的だ」といった処理を能動的に行なっているわけでもない。だから第三者から「もうちょっと具体例を挙げてほしい」とか「要するに何なの?(もっと抽象度を上げて説明して)」なんて言われてしまう。

だからこそ、その先にいるお客さんなどの<遠い>ステークホルダーに対して、意図を正しく伝えるのは困難を極める。当事者の解像度が、ぐらんぐらんに茹で&歪められ、もはや原型を留めずに伝わっていることも少なくない。

だいぶ抽象度の高い「まえがき」を書いたけれど、今回は僕が読んだ本の話。百万年書房代表で、編集者の北尾修一さんの著書『いつもよりも具体的な本づくりの話を。』がめちゃくちゃ良かったので、本noteで紹介する。

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いつもよりも具体的とは

まず驚いたのは、本で書かれていることが本当に具体的であることだ。

書籍企画書、著者への手紙(執筆依頼文)、本の構成案、初版時+増刷時の損益分岐試算表……などなど、「これ、ここまで公開して良いものか?」と思えるものが多々記述されている。

この本を読むと、ありとあらゆるビジネス書が、いかに抽象的なレベルで書かれていることが分かる。例えば「価格は①原価率、②利益率、③競合他社の商品などを鑑みて設定すべき」という記述があったとする。それらはとても参考になって、なるほど、ではこの3点を鑑みて価格設定しようという気持ちになる。

しかし、実際のビジネスにそのまま当てはめようと思うと、支障が出ることがある。原価って、何と何を含めるんだろうか。そもそも利益率ってどれくらいが適正なのだろうか。競合他社って、そもそもどこからどこまでを想定すれば良いのだろうか。

決して、先の記述が悪いわけではない。これらの知識が全くなかったら、商売に関して致命的なダメージを被るだろう。知識としてのインプットは、絶対に必要だ。

だが、ひとたび実践するにあたって、これらを「どう活用するか」は新たな指南が必要になる。この本はあくまで「本を作る」という領域に限定されているが、その分、挙げられているポイントはとても具体的だ。例えばこんな記述。

*献本発送費用 献本にかかる費用。2022年8月現在、郵便局から送る場合は本の厚さ2センチ以内ならスマートレター(180円)、厚さ3センチ以内ならクリックポスト(185円)が断然お得です。

北尾修一(2022)『いつもよりも具体的な本づくりの話。』イースト・プレス、P207より引用、太字は本書より)

そもそも献本のことを想定していないケースもある。いざ献本というときにどれくらい費用がかかるか、ざっとした概算が頭にあるだけで、印刷費や印税割合などのバランスを考えやすくなる。

こうした「いつもよりも具体的」が散りばめられている本書は、知識を「より活用に繋げたい」と考えている人にとって必読の内容となっている。

編集者の役割

漫画やドラマでは、編集者の姿はあまり注目されない。

映画「バクマン!」では、佐藤健さん演じる真城と、神木隆之介さん演じる高木の、ふたりのクリエイターによる奮闘が描かれている。山田孝之さん演じる、編集者の服部はそれほど作品の質に寄与していない。あくまでクリエイターの努力と創造性によって、漫画の価値が決まっていくという構図だ。

「バクマン!」はまだマシで、だいたいの漫画やドラマでは、編集者は「締切の日に現れる、作家の尻をたたく存在」のような、雑な描き方がなされている。

本書では、『さおだけ屋はなぜ潰れないか(山田真哉・著)』の編集を手掛けた柿内芳文さんの言葉が紹介されている。カッパ・ブックスの創始者として知られる神吉晴夫の言葉を引きながら、自身の役割はプロデューサーであると語っている。。

著者の原稿をありがたく頂戴して、そのまま出版することが当たり前だった時代に、「編集者はプロデューサーとして著者と共同で本をつくる存在だ」という異端の信念を持って、「創作出版」でベストセラーを連発した(中略)
原稿や企画に、編集者が一読者の目線で介入していって、「これじゃわかりません」と指摘する。一言一句でもあいまいな点や、よくわからないところは著者に問いただす。

北尾修一(2022)『いつもよりも具体的な本づくりの話。』イースト・プレス、P69, 70より引用、太字は私)

北尾さんは、それを踏まえて編集者の役割を「新しい読者層を創り、新たなジャンルをつくることを目指す」と言い換える。

本書でも、これまで「朝ごはん」というジャンルがなかったのに、一冊の本を出版したことによって「朝ごはん」というジャンルを生み出した谷綾子さんの例を挙げている。

ジャンルがない、ということは世の中の需要がない / 小さいことを意味している。それは「売れない」可能性が高いことを示しているけれど、編集者は、果敢に新しいジャンルを作ることに挑戦する。

そんな北尾さんの言葉に、背中を押されたような気がした。

「おわりに」は、終わりじゃない

本は、作って終わりではない。

作った後も、読者に届けるために出版社と著者は試行錯誤を続けていく。「おわりに」で最後に記された5行の文章は、ものすごく格好良かった。引用するのも野暮なので、ぜひ本書を手に取って確かめてみてほしい。

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でも、「作って終わりではない」のは、本に限った話ではない。明確に始めと終わりが決まっているプロジェクトならまだしも、多くのプロダクトは作ってからが勝負だ。今はサブスクリプションが主流の時代だし、日本を代表する企業であるトヨタ自動車もMaaS事業のような新しい交通サービス作りに挑んでいる。「Woven City」という取り組みは、まさに「続いていく」ことを前提とした事業だ

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本の帯に書かれているのは、「これからの編集。これからの生活。」という言葉だ。編集も、生活も、どこかでピリオドを打つものではない。文字通り、命が尽きるまで、何事も続いていくし、続けていかなければならない。

大変だ……とネガティブに捉えることもできるけれど、ぐらんぐらんと揺れる荒波の中で、サーフィンするように生きていくようなポジティブな世界線も信じてみたい。

いつもよりも具体的で、とても実用的な書だと思っていた。なのに読後感は、これからも読み返したいような普遍を見出していた。

ぜひ、「めちゃくちゃおもしろい」本づくりの具体を、存分に味わってもらえたらと思う。

──

本づくりに興味がある方はもちろんですが、編集や執筆に携わっている方も必読だと思います。また読書が好きな方も、「こうやって本が作られているんだ」という喜び(「喜び」って文脈にそぐわないかもしれないけれど、でもやっぱり「喜び」という感情がピッタリだと思うんです)を感じることができます。

*Podcast*

北尾修一『いつもよりも具体的な本づくりの話を。』の感想を、読書ラジオ「本屋になれなかった僕が」でも配信しています。お時間あれば聴いてみてください。

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