ディアトロフ峠とマンシ族とエリツィン(追記あり)

1959年に旧ソ連で起きたディアトロフ峠事件は、奇妙な遭難事故として有名だ。

ウラル科学技術学校の学生と卒業生ら、合わせて9名が犠牲になった。

宇宙人説やら軍事兵器説が噂されてきたが、最近では「ヘアピン渦」説が有力らしい。

理工系の若者たちならば、力学的な現象についてよく理解できたはずだが、残念ながらヘアピン渦のことまでは知らなかったようだ。

また、現場となった山は、現地のマンシ族から「死の山」と呼ばれていたという。

登山の際は、こうした現地人の見識も調べるべきなのだろう。

ちなみに、日本語で読めるマンシ族関連の文献として、『世界の民話 37』(ぎょうせい、1986)の「マンシ族の始祖伝説」がある。

 

ところで、ウラル科学技術学校は、ロシア連邦の初代大統領ボリス・エリツィンの母校でもある。

Wikipediaによると、エリツィンは1955年の卒業らしいので、彼と犠牲者の誰かが同時期に在籍していてもおかしくはない。

ついでに言うと、事件が起きたのは2月2日の夜で、エリツィンの誕生日は2月1日だそうだ。

 

【追記】(2020.11.5)

昨日のテレビ番組によると、一行が峠にテントを張ったのは2月1日とのこと。

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