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凪良ゆう『汝、星のごとく』ネタバレ注意

本作はネタバレを含みます!



はじめに:地域格差、ジェンダー格差、ヤングケアラー問題

本作は本屋大賞を受賞した、超人気作である。Kindleで次に読む本を物色していた私は何気なく購入ボタンをクリックした。あらすじによると、なんとも切ない恋愛小説のようである。
しかし、その本質は、地域、ジェンダーそして生まれ落ちた家庭を巡る差別や苦悩の縮図であった。

異郷から来た女史が何者か知りたい人はこれを読んでくれ。

そして、女史のnoteをどう読むか、こちらを参考にしてくれ。

出逢い:閉ざされた島に住むヤングケアラー同士の苦悩の共有

舞台はとある地方の島。非常に小さいこの社会では、1つ問題を起こせば次の日にはコミュニティ全員が知るところとなり、途端に噂話の的となる。島に生きる人々は島の中が宇宙そのものなのである。

高校生の櫂と暁海はそんな島で出会い、恋に落ちる。
2人は互いに親に関する問題を抱えている。櫂の母親はとっかえひっかえ男に夢中になり、しまいには櫂をネグレクトするような母親だ。そんな母を櫂は見捨てず、責任を持って面倒を見続ける。
暁海の両親は、父の浮気によって家庭崩壊状態で、母親がついには焼身自殺を試すに至る。

ぱっと見れば、辛い思いをしてきた若者同士の甘い恋、と言ったところだが、これはヤングケアラーを取り巻く深刻な問題を示唆する設定である。
幼少期から常に親の面倒を見ねばならない環境にあった2人は、自分と似たような不憫な環境にある互いのことを見捨てることが出来ないのである。

別れ:地域格差とジェンダー格差

高校生だった2人はついに大人となり、それぞれの道に進む。櫂は漫画家としての道を選び、東京で成功を収める。一方の暁海は精神不安定の母の面倒を見るため、島に残り、地元の会社で働きつつ趣味の刺繍に励む。

櫂が漫画家としての成功で大金を得たことで、暁海との関係が変化していく。仕事で忙殺されながらも、漫画家として出世街道を驀進する櫂には、島で生きる暁海が退屈に思えてくる。そして東京に住む女性たちと一時的な快楽を求めて浮気を重ねていくのであった。
一方、母親の面倒を見ながら、閉鎖的な地元の会社で働く暁海は、自身のキャリアを含めた将来に絶望と似たものを感じ、成功を収める櫂と自分を比較しては自信を喪失する。

ついに2人は別れを選ぶことになる。

遠距離恋愛の難しさを描いたシーンと思いがちだが、これは地域格差とジェンダー格差を鋭く、そしていとも自然に描いている。

本作に、暁海が会社でもどかしさを感じるシーンがいくつか描かれている。
例えば、「まあ、お茶くみは女がやるもんだから」「営業は男の仕事だから、女はどうがんばっても営業補佐から昇進できない」というシーン。暁海がキャリアに行き詰まりに直面し、「東京だったらこんなことはない」と憤りを感じる。
残念ながら、地方では未だにこのような水準のジェンダー格差が是正されず、残っている。地方出身の女史も幾度となく経験してきたことである。東京だったら、都会に生まれてたら、と悔しさを抱えて生きてきた女史には痛いほど気持ちが分かる。

決定的なシーンに、暁海の会社で女性社員の生理期間申告(!?)の撤廃が決まったというシーンがある。その理由として、社長は、「暁海の彼氏が有名漫画家であり、このことを問題視されてマンガにでも描かれたら困るから」と説明する。暁海を称える女性社員の言葉に対して、暁海は、「私の成果じゃない。櫂が有名だからこうなっただけ。結局は男が決めたんじゃないか。」ともどかしさを感じる。
女にとって良い事、悪い事は全て男が決める。世界の縮図である。

再会:違う形を認める世界

櫂と暁海が別れて数年経ち、暁海は高校時代に世話になった北原先生と結婚する。結婚と言っても、本人たちは「互助会」と称す。
北原先生は、当時の教え子と関係を持ち、娘の結を授かるが、教え子との不適切な関係を糾弾されてしまい、関係を終わらせた。
互いに恋愛で傷を負ったもの同士、支えながら生きようとする意である。性行為等のロマンチックなことはしない。暁海、北原先生、先生の娘の結。これが彼らの家族のカタチである。
暁海は行き詰まりを感じた仕事を辞め、趣味であった刺繍を本業とし、徐々に成功を収めていく。

一方の櫂は、漫画家のコンビであった尚人がゲイであるかつ当時未成年であった男性と交際していたことが原因で漫画家人生が崩落してしまう。
尚人も精神を病み、漫画家としての櫂は再起不能となった。
最悪なことに、櫂は胃がんを発症し、生存さえ危うい状況となってしまった。

櫂の闘病の話を聞いた暁海は、ついに櫂に会うことを決意する。別れてからも2人はお互いの事がいつも頭の片隅にあったのである。暁海の夫は、過去の男を支えるために東京へ引っ越すという暁海を快く送り出す。

東京へ引っ越し、櫂の闘病を支えた暁海は、最後に花火が見たいと言う櫂を島へと連れて帰る。
暁海、櫂、北原先生、北原先生の娘の結。4人で花火を見るシーンは、それぞれが、責任や他者の意見を吹っ切って、自分なりの心地よい居場所を見つけたことを表す場面であった。

おわりに:日本を取り巻く問題

もし櫂と暁海が東京に生まれていたら。子供を蔑ろにしない、責任をもった両親の元に生まれていたら。物語はきっと大きく違った。

両親の不仲、不安定な収入、ネグレクトなど、決して少なくない数の子供たちがヤングケアラーとして家庭を支える。そうした子供たちは教育機会に恵まれないままに成長し、類似の問題を次世代に引き継ぐ。地域格差は進行し続け、ガラパゴス化する地域も多い。法律や規制は社会の末端まで行き届くまでに莫大な時間がかかり、ジェンダー格差は一向に是正されない。
恋愛とは一時の快楽やエンターテイメントとしての消費の対象でもある。しかし、その本質はもっと根深い社会的な問題を広範囲に表現する一つの宇宙である。

この小説を書き上げてくださり、これらの問題について考える機会をくださった凪良さんに感謝したい。

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