一双

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  • 長編小説

    十年ぶりに連絡してきた稲本典子(通称テンコ)に懇願されて、物部索朗は霧白村の古民家で一週間を過ごすことになった。

記事一覧

久しい懐(ふところ)

 電車内に夕日が射し込んだ。海沿いを走るローカル線に乗っているのは、私の他に親子らしき女性の二人で、臙脂色の長椅子はとても空いている。床の木目がより縦長に見えて…

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3年前
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京都大原 マリアの心臓

 気さくな主人の深淵を覗いた気がした。  どこにでもありそうな日本家屋の中は、玄関から座敷、屋根裏に至るまでヒトカタ、ヒトカタ、人の形が展覧されていた。みっしり…

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4年前
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春巡る。駆け巡る。対角線構図の癖あり。

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5年前
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花降り

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5年前
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枝垂れ桜

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5年前
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春秋山荘 孤娘展

山の麓はまだ寒く、春は降りていなかった。 春秋山荘の板間は靴下越しでも冷たい。部屋の明かりは抑えられ、危うい眠りを誘う。灯ったのは狐で彩られた品々だった。壁にか…

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5年前
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薬箪笥と車輪影

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5年前
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スタンバイ

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5年前
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待春(たいしゅん)

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5年前
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二話 フランソワ喫茶室 手紙の娘

 ほっておけばいいと思っていた。何ができるでもなし、まして見世物にするなど冒涜《ぼうとく》だと思い込んでいた。  女の嘆く姿を絵に残したところで、当人の涙は乾か…

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5年前
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晩秋

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5年前
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影の城

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5年前
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彼岸華

 手水鉢に浮いた彼岸の花は、此岸を水面に映していた。
 あちらはこちら。こちらはあちら。
 そちらはどちら?
 響いた問いは、内なる想いか、外なる告げか。
 岸は遠く、泳ぐ日々。

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5年前
3

ZIGEN写真展「球体関節愛花」

 花屋の二階で血のない人が観られるという。  訪れると和装の老紳士が迎えてくれた。 「こちらがメインの作品なのですよ」  階段を回り込んだ壁に、大きな一枚が飾られ…

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5年前
1

一話 きんせ旅館カフェ・バー 酒の娘

 広々とした店内に座席はごく限られていた。ライトやキャンドルの灯りは、包まれるように抑えられており、飴色《あめいろ》の床が仄かに照り返している。まどろみを誘う薄…

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6年前
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妖艶

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6年前
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久しい懐(ふところ)

久しい懐(ふところ)

 電車内に夕日が射し込んだ。海沿いを走るローカル線に乗っているのは、私の他に親子らしき女性の二人で、臙脂色の長椅子はとても空いている。床の木目がより縦長に見えて、自ら乗車したのに、運ばれてしまうように感じる。

 背中の車窓へ首を回した。ガラス窓の中央は菱形に色を抜かれて、四隅は白く擦られている。顔を寄せて菱形を覗くと、車内と同じ茜色に染まった木々が後ろへ流れていった。体が揺れる。古い車両なのだ。

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京都大原 マリアの心臓

京都大原 マリアの心臓

 気さくな主人の深淵を覗いた気がした。
 どこにでもありそうな日本家屋の中は、玄関から座敷、屋根裏に至るまでヒトカタ、ヒトカタ、人の形が展覧されていた。みっしりと濃厚に在している。
 ともすれば床下にまでと考える。板を剥がした先の湿った土に並べられているのではないか。ぞんざいではなく、そっと寝かしつけられている。
 妄想をふり払い数えてみた。十体、三十体、五十体……椅子に座っていた童子は何体だった

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春秋山荘 孤娘展

春秋山荘 孤娘展

山の麓はまだ寒く、春は降りていなかった。
春秋山荘の板間は靴下越しでも冷たい。部屋の明かりは抑えられ、危うい眠りを誘う。灯ったのは狐で彩られた品々だった。壁にかかった狐面に、小机の孤頭根付け、床の間の狐玉、座敷には尾のある少女が横たわる。
けぇん。
庭で鳴き声がした。
縁側に立つと、羽衣がたなびいている。
春が、揺れて微笑っていた。

二話 フランソワ喫茶室 手紙の娘

 ほっておけばいいと思っていた。何ができるでもなし、まして見世物にするなど冒涜《ぼうとく》だと思い込んでいた。
 女の嘆く姿を絵に残したところで、当人の涙は乾かない。
 抒情画家だった祖父。小林かいちを軽蔑《けいべつ》すらしていた。
 私は愚かな潔癖《けつぺき》だった。
 今夜、訪れた店は烏羽色《からすばいろ》のテーブルと椅子が整然と並ぶフランソワ喫茶室。椅子の座面と背凭《せもた》れは深緋《こきひ

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彼岸華

 手水鉢に浮いた彼岸の花は、此岸を水面に映していた。
 あちらはこちら。こちらはあちら。
 そちらはどちら?
 響いた問いは、内なる想いか、外なる告げか。
 岸は遠く、泳ぐ日々。

ZIGEN写真展「球体関節愛花」

ZIGEN写真展「球体関節愛花」

 花屋の二階で血のない人が観られるという。
 訪れると和装の老紳士が迎えてくれた。
「こちらがメインの作品なのですよ」
 階段を回り込んだ壁に、大きな一枚が飾られていた。女が写っている。
 球体の関節に肉の体を合わせた裸の女。
 纏っているのは足首にレースを回したソックスにメリージェーンのみ。うずくまり、傾げた頭を抱えて、虚ろな目をしている。瞳に焦れはない。
 私が目を止めたのは、腿で押さえた乳房

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一話 きんせ旅館カフェ・バー 酒の娘

一話 きんせ旅館カフェ・バー 酒の娘

 広々とした店内に座席はごく限られていた。ライトやキャンドルの灯りは、包まれるように抑えられており、飴色《あめいろ》の床が仄かに照り返している。まどろみを誘う薄闇を奥へ進んだ。ステンドグラスに月光が差している。窓辺に置かれた一人用のソファー。あそこにしよう。
 腰を沈めて店内を見渡すと、ダンスホールだった名残りだろうか。透き通った紳士淑女が談笑し、踊り合っている気がした。
 気がするだけで、そこま

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