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SPAC『アンティゴネ』空間デザインノート(14)「鎮魂の水舞台」
宮城さんの言葉が続く
「つまり舞台上は『魂の世界』であり、この作品全体がその魂を慰める鎮魂の儀式のようなものである。例えば精霊流しの様なシーンを象徴的に使いたい。」
精霊流しと言えば、水に浮かぶ行燈を川に流す、お盆の行事である。ということは
「舞台上に水を張るということですか?」と私
「そう、いわば『三途の川』だね。古代ギリシャにも『アケロンの川』と言うのがあるから、水辺がこの世とあの世をつな
SPAC『アンティゴネ』空間デザインノート(13)「魂の世界」
「巨大な影絵というアイディア自体は悪くないと思う。けれど、それだけでは90分間、観客の集中力を持続させられないよ。影絵という仕掛けに飽きてしまう。」宮城さんは続けてそう言った。
なるほど、確かにそれはそうかも知れない。
演劇は時間と空間を操る芸術だ。演出家は、法王庁中庭という空間を支配すると同時に、90分間という時間を支配する必要がある。その観点からは「影絵」というアイディアでは不充分だ、とい
SPAC『アンティゴネ』空間デザインノート(12)「ラフスケッチ」
ここが勝負の分かれ目だと思った私は、法王庁の視察で手繰り寄せた秘策を宮城さんにぶつけることにした。
この打ち合わせでは、会場の決定と演目の選定までと考えていたので、空間デザインにまで踏み込むつもりはなかったのだが、鉄は熱いうちに打て、である。
「法王庁で『アンティゴネ』を上演するには大きな障害があります。それはあの巨大な城壁に囲まれた空間です。動きの少ない『アンティゴネ』をあの空間で上演する為
SPAC『アンティゴネ』空間デザインノート(11)「あの頂へ」
演出家、宮城聰の創作の出発点であり、真髄はこの「指し示す力」にある、と私は思っている。
彼はまず「我々が登るべき山はあれだ」とはっきりと指し示すのだ。どう登るかはまだ分からない、しかし目指すべき頂(いただき)は確かにあそこにある、と。そして往々にして、それは最高難度の未踏峰なのだ。
「あそこにチラッ見える山の天辺があるよね?そこまでどうやって行けるか、考えてみてほしい」
平たく言うと「無茶振
SPAC『アンティゴネ』空間デザインノート(10)「『アンティゴネ』、一択。」
そもそも『アンティゴネ』とはどんな物語なのか。ご存知ない方の為に少しおさらいをしたい。
『アンティゴネ』は古代ギリシャ三大悲劇作家と言われるソポクレスが書いた悲劇である。
主人公のアンティゴネはオイディプス・コンプレックスの語源ともなった、オイディプス王の娘である。父の死後、国を治めていた2人の兄、ポリュネイケスとエテオクレスが仲違いし、国を追われたポリュネイケスが隣国の兵を率いて祖国に攻め入
SPAC『アンティゴネ』空間デザインノート(9)「『アンティゴネ』?」
2016年8月、アヴィニョン視察から帰国した私は静岡に向かった。
SPACが翌年の演劇祭に招待されるにあたっての会場の選定、そしてその会場で何を上演するのか、という打ち合わせを宮城さんと行うためだった。
そもそも、上演会場と上演作品、どちらが先に決まるのか?これはニワトリと卵の様な関係で、一概にどちらが先とは言えない。時には会場が先に決まり、その会場に合わせて作品を選定することもあれば、その逆
SPAC『アンティゴネ』空間デザインノート(8)「影絵、ならば」
「この巨大な城壁に、影…?」
影絵だ!
舞台上に立つ俳優の影を城壁いっぱいに投影するのだ。影は映像ではない、生身の身体の延長にしか存在し得ない現象である。それは俳優の身体の一部と言っても良い。俳優の身体が巨大な影となって、城壁を乗っ取り、法王庁中庭という空間を支配するのだ。
俳優の姿をビデオで撮ってスクリーンに映す手法は、こうした巨大な会場を利用した演出として散見される。しかしそれは俳優から
SPAC『アンティゴネ』空間デザインノート(7)「城壁を制するものは」
「城壁だ。」
この目の前に聳える城壁。巨大で舞台を圧迫する、厄介な存在。だが、この空間の圧倒的なエネルギーを生み出しているのも、この城壁。これを使わずしてこの空間を味方につける事はできない。
問題は舞台の位置なのだ、勾配の急な客席から見下ろす舞台は決して見やすくない。そのストレスは後方の客席に行くほど顕著だ。それに比べて、真正面の壁はどの席からでも無理なく視界に入る。という事は、この城壁を舞台
SPAC『アンティゴネ』空間デザインノート(6)「そこに答えは」
一体どうしたらいいのか?
法王庁中庭の巨大な城壁に囲まれた空間で私は追い詰められていた。
舞台と客席の関係を一旦壊して再構築するという手法は使えない。となると、この空間をそのまま活かす方法を是が非でも見つけなければならない。
もう一度、私は客席の最上部まで上がり、そこに腰掛けた。昨晩は夜の闇に半ば溶け込んで城壁が、太陽光の元で露わになり、眼前に立ち塞がっている。その足元の舞台は遥か下方に見下
SPAC『アンティゴネ』空間デザインノート(5)「空間構成、封殺。」
「この場所は特別なんだ、フェスティバルの中でも最も重要だ。だから、客席も舞台もこの形のまま使う事、これは絶対条件だ」
こうして書くとフィリップ氏の言った事は至極真っ当である。というかわざわざそんな事言わなくても、当然の事である。しかし、はるばる日本からやって来た2人に、フィリップ氏はわざわざこの一言を言うために、法王庁で私たちを待ち構えていたのだ。そして、眼だけは笑わない笑顔で申し渡されたこの言
SPAC『アンティゴネ』空間デザインノート(4)「動かすべからず」
法王庁でダンス公演を視察した翌日、私と堀内さんは再び法王庁へと向かった。明るい状態で舞台周りやバックステージを見せてもらうためだ。
前の晩、私たちはダンス公演の後、食事をしながら、あれこれと「法王庁対策」の作戦会議を行っていた。課題はやはり巨大な城壁の存在。しかし、石切場でも同じような問題に対して、舞台と客席の形状を大きく変えることで解決できた。今回も何らかの方法があるのでは無いか?そのヒントを
SPAC『アンティゴネ』空間デザインノート(3)「法王庁、のるかそるか」
舞台を見下ろしながら、私は心ここに在らずだった。
その日の法王庁のプログラムは著名な舞踊家による振付のモダンダンスだった。美しいステージングが見事な公演だった。四角く切り取られたステージの上にダンサーの軌跡がダイナミックに描かれる。上から見下ろす舞台をスクリーンに見立てた美しい映像作品を見ている様だった。照明も計算し尽くされ、舞台面に観客の意識が集中し、城壁の存在が気にならない様になっていた。こ
SPAC『アンティゴネ』空間デザインノート(2)「法王庁恐るべし」
法王庁中庭に足を踏み入れた瞬間、私は自分の考えが甘かったことを思い知らされた。そこは決して「憧れの空間」などという生やさしいものではなかった。
まず、空間のスケールが尋常で無い。大きすぎるのである。40m四方の中庭の周囲には30m近い高さの城壁が聳え立っていた。それは9階建てのマンションの高さである。そこに加えて2000席の仮設の観客席がかなりの急勾配で、下から見上げると山の様である。これはもう
SPAC『アンティゴネ』空間デザインノート(1)「いざ、法王庁」
2016年夏、私はアヴィニョン演劇祭真っただ中のアヴィニョンにいた。目的は翌年のフェスティバルにSPACとして参加するための会場の視察である。同行したのは、ク・ナウカ創設期からの宮城さんの盟友であり、私にプロの舞台のイロハを仕込んでくれたテクニカルスーパーバイザーの堀内氏だ。候補となった会場は、法王庁中庭とサン・ジョセフ高校中庭の2箇所だった。2人は両会場での演目を視察して、空間的・技術的な見地か
もっとみるSPAC『アンティゴネ』空間デザインノート(0)「冒険の終わりに」
2017年7月、世界三大演劇祭の一つに数えられているアヴィニョン演劇祭において、宮城聰率いる静岡県舞台芸術センター・SPACがギリシャ悲劇『アンティゴネ』を上演した。アジアのカンパニーとして初めて、この歴史ある演劇祭のオープニングを飾ったこのパフォーマンスはヨーロッパ演劇界に大きなインパクトを与えた。2019年に行われたNY公演では、TIME誌の選ぶ全米年間ベストパフォーマンス(演劇公演)の第6位
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