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消えた命に気づかされた「無関心とはこういうこと」

もうずいぶん前、自ら生きる道を絶った部下がいた。日付も変わった深夜のこと。その数時間前まで行動をともにしていただけに、ショックはかなりのものだった。あれから十数年、今あらためて彼女の死について考えた。


口先だけの助言

自ら生きる道を絶った彼女は当時、20代半ば。機転が利き、何事も理解するのが速かった。そして人の感情に敏感で、精神障害の人たちの就労支援には適任だった。施設に通ってくる利用者(施設に通ってくる人たちを、多くの福祉系施設ではこう呼ぶ)からの信頼も厚く、どこか芯の強さを感じさせる人だった。

彼女が勤務する施設とは別の施設の運営を任されていた私は、彼女の直の上司ではない。それでも何かと一緒に仕事をすることも多く、困りごとを相談されることもよくあった。


明日また会える

その日もたまたま、こちらの施設に応援に入ってくれていた彼女。仕事を終え私より先に退社をしたが、ずいぶん時間が経ってから忘れ物を取りに戻って来た。私が施設の戸締りを終え、裏口の鍵をかけようとしているところだった。自宅近くの駅に着く頃にロッカーに財布をいれたままだと気づき、慌てて戻って来たのだと言う。すれ違ったらどうするつもりだったのか、電話もせずに戻って来たのは驚いたが、彼女のことだから気を遣ったのだろう。

何はともあれ無事に財布を手にした彼女と私は、施設を出て線路沿いの細い道を並んで歩いた。駅までのおよそ二十分いろんな話をしたのだが、途中、彼女の友人の話になった。鬱がひどくて「死にたい」と言っていると…。

この時私は気づかなかった。気づけなかった、それが彼女自身の話だったことに。だから私は無情にも、どう寄り添うかというテクニック的な話をして、彼女の辛さに寄り添うことなくその日は別れた。

家に帰って一息つくと、ふと彼女のことが気になった。
「明日もう一度、ゆっくり話そう」とメールを打とうと携帯を手にしたが、深夜1時はさすがに遅すぎる。メールをせずに携帯を置いた。明日また会えるからと思っていた。


ありえない無断欠勤

ところが彼女は来なかった。
遅刻も急な欠勤すらもなかった人が、何の連絡もなく欠勤すると周りはやはり驚く。顧問として施設に在籍していた元精神科の看護師長が、すぐさま彼女のアパートへと走る。勘の良さはさすが元看護師長。あらかじめ警察に連絡し、同行してもらっていた。後で聞いた話だが、顧問は彼女が隠れ鬱ではないかと思い、注意して様子を見ていたらしい。

アパートに着いた一行はノックをした。応答がない。
ドラマのようだがドアには鍵がかかっておらず、開けるとチェーンの幅分の隙間から、床から離れたところに彼女の足が見えていた。

顧問からその状況を聞いた私は、自分を責めた。
どうして気づかなったのか。どうしてメールをしなかったのか。気づいていれば、メールをしていれば、もしかすると彼女は今日も生きていたかもしれないのにと。精神疾患を抱える人たちのサポートをする仕事をしながら、スタッフの鬱に気づけなかった。どう寄り添うかというテクニック的な話をしながら、誰よりも寄り添えていなかった口先だけの自分に気づき、彼女と彼女のご両親に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


無関心

当時私は、小学校低学年の子ども二人を抱えるシングルマザー。
何の知識も経験もないにも関わらず、障害者支援の仕事を選んだのは定時に帰れそうなイメージがあったからというのは否めない。それでもご縁があって就いた職、一つの施設の立上げから運営まで任せてもらった以上、やるべきことはやろうと思っていた。

でも本気じゃなかったのだろう。
自分が任された施設だけ、こちらに通ってくる利用者だけ、直の部下だけ支えればいい。その他はなるべく深く関わらず、できうる限り子どもを優先させようと思っていた。だから時々受ける彼女からの相談も、表面だけの薄っぺらいものだった。


フィルターを通して人を見る

当時はまったく不勉強で、精神医学も心理学も正しく理解できていなかった。浅い知識でわかったつもりになっていたと、今ならわかる。だから表面上は相談にのりながら、私は彼女を見ずに自分の浅い知識を押しつけたということだ。感情に敏感で、勘のいい彼女はそれに気づいたのかもしれない。

彼女の死から日を追うごとに、自分の浅はかさと無関心さに気づき落ちこんだ。もっと関心をもって話しを聞くべきだったと、とてつもなく大きな後悔が押しよせた。精神疾患の人と接していると、人の死に直面する機会は稀にある。その時も、もっと違うアプローチの仕方があったのではと悔やむ。でも彼女の死への後悔はそれとは違い、隠れ鬱だと気づけなかったことの後悔が大きかった。

利用者の異変には敏感なのに、スタッフの異変には気づかない。
それは彼女を、精神障害の人たちをサポートするスタッフというフィルターをかけて見ていたからだ。スタッフはこうあるべしという勝手な押しつけをして、一人の人として彼女を見ようとしていなかったから気づけなかった。

それはつまり、一人の人としての彼女に無関心だったということだ。


無関心が引き起こす孤独

社会には様々な枠組みがある。特に組織に属していると、枠を超えてはいけない、列からはみだしてはいけない、一歩前にも一歩後ろにもいってはいけないと潜在的に思っているところがある。

少しでもそこから外れると、四方八方から強風が吹いてきたり、小さな弾が数々打ち込まれたり、ガンガン杭を打たれたり、足にいろんなものが絡みついたりすることをわかっているからだ。

だから多くの人は、自分を守ることに一生懸命になる。
それは仕方がないことで、悪いことではない。私自身もそうだったから、気持ちはよくわかる。そして多くの人は、それではいかんと思うような出来事がない限り、そうやって自分を守りながら生きていく。

でもそれは、自分以外のことに無関心になることを意味する。
近くで困っている人や、悩んでいる人にも気づかなくなっていく。それだけでなく、自身の興味関心の幅も狭くなり、自分の世界観だけで生きることになってしまうように思う。

果たしてそれは人にとって幸せなのか。
人はソーシャルアニマルで、一人では生きていけないもの。周りと協力し合い、助け合い、支え合って生きるようにできている。そんな自然の摂理にあった生きかたができれば、彼女や精神疾患を抱えた人たちのように、孤独に苛まれ自の生きる道を断ち切る人は減るかもしれない。

そう考え、そんな生きかたができる社会にするための活動をしようと腹を括ったのは、無関心がどれほど罪なことかを彼女の命に教えられたから。

あれからもう十数年。
紆余曲折ありながらくじけそうになりながら、それでもブレることなく活動を続けている。そして今さらに無関心が加速するこの国で、新たなことを始めることにした。その前に原点を振り返り、成しとげたいことを今一度胸に刻んでおこうと思う。

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