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記事一覧
Tiananmen Square Massacre 2023
#TiananmenSquareMassacre #HongKong #China #HumanRights #Democracy
June 4, 2023
Today marks 34 years since the Tiananmen Square Massacre in Beijing's Tiananmen Square on June 4, 1989. According to
Hiroshima marks the 75th anniversary of the world’s first atomic bombing
2020/08/06
Hiroshima marks the 75th anniversary of the world’s first atomic bombing. The bomb devastated the city with a tremendous number of casualties and moreover, survivors have suffered or have
“Liu Xiaobo’s spirit of devotion will never be dead”
2017/07/20
Mr. Liu Xiaobo, a prominent Chinese literary critic, writer, human rights activist, and Nobel Peace Prize laureate passed away at the age of 61 last Thursday in state custody. The activis
「天安門事件」30周年:“THE 30TH ANNIVERSARY OF THE TIANANMEN SQUARE MASSACRE”
2019/06/04
中国の天安門で民主化を求める多数の市民(学生・労働者)が人民解放軍により虐殺された1989年6月4日の「天安門事件」から、今日で早30年。英国の外交機密文書によれば、殺害された人数は少なくとも1万人に上るという。その事件の2年前の1987年、大学生の私は中国・チベットを一人旅したのだが、様々な体験を通じて共産党の腐敗・非道を実感させられた。特に、偶然知り合った漢民族の鉄道員
「私たちは自然の一部です。 自然を守るとは、私たち自身を守ることなのです」ー環境・気候活動家グレタ・トゥーンベリ
2021/06/12
2021年6月11日現在、日本のみならず世界各地の多くの人々が未だ新型コロナウイルス感染症のパンデミックに苦しんでいます。最近発表されたこのビデオの中で、”気候危機ムーブメント”を牽引する世界的に著名な環境・気候活動家グレタ・トゥーンベリさんはこう訴えます:
「パンデミックを含む諸問題は私たちの自然の扱い方に根本原因があり、密接に関連しています」
「その傲慢で無理解な もっとみる
Greetings & 再出発 ― 「チベット問題」再考
2007/05/23
Greetings!
旧知の方々、「御無沙汰致しました」。他の方々、「初めまして、今後、宜しく御願い致します」。 Anyway, I'm back.
チベット難民を描いたドキュメンタリー作品・『チベット難民~世代を超えた闘い』 (『Tibetan Refugees: A Struggle Beyond Generations』(英語版))を制作してから 早、5年以上が経
ダライ・ラマ 回想(6)
2007/07/07
(『ダライ・ラマ 回想(5)』より続き)
再度言う。ダライ・ラマを「裸の王様」にしてはならない。
タブーにしてはならない。
仏教徒のあるべき姿勢を、ダライ・ラマは常々こう語っているー
「盲信してはならない。対象を十分に吟味・検討した上で信じるか否かを判断する必要がある」
これは、いわゆる「科学的アプローチ」と同意だ。その根底には冷静な批判精神がある。(以前読んだ本の
ダライ・ラマ回想(5)
2007/06/25
(『ダライ・ラマ 回想(4)』より続き)
2003年9月、ダライ・ラマに対する「不信・失望感」が更に強まる出来事が起こった。
ブッシュ大統領を訪問の際、こともあろうに、「旧友に御会いしたようだ。彼はチベット人へ心から関心と同情を寄せてくれている」とダライ・ラマは記者団に話したのだ。半年前、ブッシュは国連の勧告を無視し「イラク戦争」へと突き進んだ。9月の段階で、あるイラク
ダライ・ラマ回想(4)
2007/06/24
(『ダライ・ラマ 回想(3)』より続き)
だが、当然のことながら、人間の意識・体質はそう簡単には変わらないものだ。
ダライ・ラマが倒れたことで、難民コミュニティーにはかなりの動揺が広がっていた。チベットから逃れてきた人々(特に中年以上)にとって、宗教(チベット仏教)は生活の中心であり、ダライ・ラマはやはり絶対的唯一無二の存在なのだ。一方、インドなど他国で生まれ西洋的な教
ダライ・ラマ回想(3)
2007/06/16
(『ダライ・ラマ回想(2)』より続き)
翌2000年、ダライ・ラマは初めて教育機関(京都精華大学)の要請を受けての訪日を果たす(それまでの招聘元は宗教団体)。いつもと同様、ダライ・ラマの外国訪問を阻止しようと中国政府は躍起になり、招聘元に圧力をかけてきた。しかし、若い大学スタッフが果敢にこれを凌ぎことなきを得る。「環境と人間」に関する講義、シンポジウム、心身障患者との交流
ダライ・ラマ 回想(2)
2007/0604
(『ダライ・ラマ 回想(1)』より続き)
そして、12年の時を越え単独インタビューの実現。目の前のダライ・ラマは気さくなおじいさんという感じだ。うっすらと毛の生えたきれいな形の(うちの祖父を少し思い出させた)坊主頭がそう思わせるのか。無論、バリトン調のハキハキした声、時折見せる眼光の鋭さなどに“オーラ”は現れていた。
私は率直に質問をぶつけた。
「あなたは1988年にチ