扉ぴーす

パッケージのメディア研究①-PEACE-

 箱を眺めては研究…勉強…と唸っている院生です,こんにちは.
一個前の記事で,何かを自分の専門分野の視点を通して見るということをしたい〜なんて言っておりましたが,初回として私の研究対象であり親しみやすそうな紙小箱(煙草)を持ってきました.銘柄はPEACEです.

目次
1. PEACEのデザイン史
 1.1 PEACEの登場
 1.2 デザイン史におけるPEACEの立ち位置
2. 印刷技法について
3. 箱の解剖
4.終わりに

こんな感じでゆるっとガチ分析をしていけたらと思います….

1. PEACEのデザイン史
 1章ではPEACEの誕生と関わりのあるデザイナーなど,たばこと塩の博物館の図録や資料を参照しながら考察していきます.
 1.1 PEACEの登場
 本節ではPEACEがたばことして何故デザイン史の中でもフィーチャーされるのか,その登場した時代性やPEACEという銘柄のたばこ自体を紹介します.
 まず,PEACEの登場について,終戦間もない1945年の10月でたばこの専売制ならではの財政収入を目的として製品計画が立った[1]ことが株式会社JTデザインセンター たばこと塩の博物館企画・監修の『ポケットの中のデザイン史 日本のたばこデザイン1945▶︎2009』(株式会社美術出版社)で述べられています.発売されたのは翌年の1946年と戦後の物資が少ない時代で,その際に考慮されたのはパッケージの正面部のデザイン(Front of Design,以降FoPと記載)の水準の高さでした.扉絵のPEACEは私のコレクションですが,6万近い公募のデザインから初代のデザインで杉浦非水[2]らが審査員となって200枚を選んで最終的にPEACEの発売に踏み切りました.また,当時の専売局は1949年に日本専売公社と名前が変わり,新たな試みをしたり新進のデザイナーにデザイン画を描かせたりしていました.競合社のないたばこの世界だからこそできたこともたくさんありますし,その中で配給制だったたばこをいち早く市場に出そうとするのは経済難がそれだけ深刻すぎる状況だったということが読み取れます.
 1.2 デザイン史におけるPEACEの立ち位置
 デザイン史の分野において,PEACEはよく「レイモンド・ローウィ」の名前と共に出てくることが多いです.誰だ?という話ですが,当時アメリカでインダストリアル・デザイナーとして活躍していた方です.PEACEのデザインは初代のデザインよりも,ローウィのデザインした箱の方が現在でもオリーブを咥えた鳩のマークが使用されているため有名です.
 日本専売公社は2代目PEACEのデザイン変更をする際に「世界的基準」という言葉をキーワードとして挙げています.原料の葉たばこの品質にこだわっていたのでPEACEの味と香りにはとても自信を持っていたのですが,外国の「ラッキーストライク」や「キャメル」と並んだ時にデザインから受ける印象に国力の差を感じていました.素材については3章で見ていきますが紙は再生紙のようで,インクの乗り方もあまり綺麗とは言えませんし白い紙がないのでどうしても黄ばんでいたりする中で,アメリカ煙草のラッキーストライクのような白い箱が隣に並ぶと確かに見栄えとして埋もれることは想像できます.ただ,商品のFoPデザインが人々の購買意欲に左右していたのは大正期からメーカーや販売者は把握していた[3]ことなので,デザインに対する意識は戦後の日本でも高かったことはプロパガンダによって切断されてしまった,ある種「日本のデザイン」が辿ってきた変遷を元に戻そうとする働きかけにも感じられます.
 いかにして国産たばこPEACEを売り出すかというデザイン商戦の中で,第一物産(現在の三井物産)の仲介で助っ人ローウィが来日します.そこでローウィは正式に契約を交わして紙やインキを送付するやりとりを行なった後,PEACEに対して9種類のデザイン案を提案し試作品を送りました.当時の専売公社デザイナーの田中冨吉はこれだ,という案があり,採用したのがあの鳩の入ったデザインでした.この鳩はPEACEのシンボルとして,同時に商標としても強い識別価値を持つことを田中は述べており,ローウィの商業デザインに対する哲学が盛り込まれています.後に「ピース紺」と呼ばれる色もローウィが実際に日本滞在期間での人々の会話や日本各地の文化に触れた結果の色であることも図録に書かれているので,ちょっと省略しますが,ローウィは専売公社のデザイナーにとって,また戦後の復興中の日本でデザインに対する新たな視点と価値を付加させた人物と捉えても過言ではないかと思います.商業デザインという言葉も戦後になってから出てきた言葉であり,PEACEの売り上げも1年で3倍に増加したことからFoPのデザインがどれだけ消費者の購買行動に働きかけたかがわかります.

2. 印刷技法について
 本章ではざざっとPEACEに使用されていた印刷技法を見ていきたいと思います.個人的な予想ですが,石版印刷だったのではないかと仮定します.大正期は特にそうですが,印刷博物館学芸員の中西氏によると,オフセット印刷の普及した時代でも,意匠に力を入れていたメーカー(資生堂やレート化粧品などの化粧品メーカー)や百貨店は時間とコストをかけてでもより精細で印刷の版に制作時間がかかる石版印刷を採用していたそうです.
 印刷方法の鑑定に使用したのはPEAKのポケットマイクロスコープ50倍です(印刷博物館の学芸員さんからオススメして頂きました).実際にスコープでパッケージを見てみるとこんな感じです.

画像2

 これは裏面の「専売局」の文字下にあるマークの一部分です.網点がなくペタッとインキが乗っているのでオフセット印刷ではなさそうです.ちょっと荒いですが,この白っぽいところが紙の地の色なのですが,紙の繊維が糸状になっているのが見えます.

画像2

 一方こちらは表面の色が混ざり合っているところ(Pの字の下辺り)です.こうした色の重なりも網点のグラデーションはなく,それぞれの色版を重ねて印刷したと考察できます.これは緑の上に黄色を重ねており一色ずつ版を必要とするもので,活版印刷の特徴でもあるインクの凹みがないことからやはり石版印刷で刷られていたと考えられます.実際,昨年京都市芸大の倉庫からPEACEや他の銘柄の版となった石が大量に発見され,昭和中期頃まで使用されていたとのことで,石版印刷でこのPEACEが刷られていた仮説が立証されます.

3. 箱の解剖
 さて,石版印刷で刷られていたことがわかったPEACEですが,今度はデザインが刷られている箱本体を見ていきたいと思います.

外と中

 まずは本体そのものです.外箱と内箱に分かれていて,これはキャラメルなどでも採用されているスリーブ箱と呼ばれる形式の箱です.外箱の特徴は筒型の直方体であること,内箱の特徴は,蓋のない受け皿のような形をしていることです.物によってはベロがついていたりします.そしてこれはたばこだからでしょうか,パラフィン紙のようなものが入っていました.直接口にするものなので,紙の衛生面の信憑性が高かったとは考えにくくたばこをこのパラフィン紙に十本纏めて包んでから内箱に入れ,外箱に収納したと考えられます.

外箱

 外箱の展開図ですが,作りは非常に単純で1枚の紙に4本の折り線を入れて糊付をするための余白が取られている構造になっています.そして組み立てた時に印刷のズレが生じないようにはなっているのですが,余白の部分全体にもきちんと印刷を施しています.手を抜かずにこの余白にまでインクを惜しまないところが流石だなと感じました.
 また,側面にあたる細長い面は「ピース 拾本入」という和文での商品名と内容量が記載されているのに対し,もう一方の側面は英文書体飲みで全て大文字にも関わらず,最初の「C」が大きくなっていることで文字にも一工夫されていることがわかります.「I」以降のアルファベットの天と地が揃っているので非常に綺麗です.黄色の唐草模様ですが,これは1949年に金色に変わっています.ただ紙の素材があまり丈夫ではなく,今のハードケースのような紙ではないので折り線が入っている箇所は経年変化もありますが,インクが剥げていますし箱自体も非常に柔らかいです.

内箱

 続いて内箱ですが,これは再生紙感が丸出しです.森永のミルクキャラメルやボンタンアメなどの内箱と比較すると少し内箱では素材をケチっているのが伺えます.(言い方が悪くてすみません,資材難の中工夫されているのは十分理解しています.)
 キャラメル類の内箱は商品を置く受け皿である底面から出ているベロの部分が箱の高さの半分しかありません.組み立てた時,5本×2段で梱包されているたばこはしたの1段目しか包まれていないことになり,上の段のたばこは崩れ落ちてしまいます.ただ,戦後の資材難を考えるとコストを削減できるのは外箱よりも内箱なので苦肉の策だったのではないかと考えられます.
 解剖なので本当はもう少し細かく大きさとかも見ていきたいのですが,現在のたばこに比べるとかなり小さいです.ポケットの中に十分収まるサイズですし,44×70×16(mm)と結局計測しましたが,女性の手のひらの上に乗せても落ちないサイズ感です.縦が70でなので,たばこの長さ自体も現在と比較してかなり短いものだったと推察されます.小包装で10本入りの販売は変わらないけれど箱の大きさから考えると戦後のたばこは短くて収益を上げやすいように計算していたのではないかと考えてしまいます.

4. 終わりに
 まとめに入りたいと思います,そうしないと延々と考えられそうなのですみません.今回は初回なので簡単に私の研究対象である紙小箱を印刷文化論的観点から考察をしてみました.正確に言えばデザイン史も入っているのですが,もう少し踏み込んで服飾や時代背景など文化人類学系の話も入れられたらもっと面白く考察できたのではないかなと思います.
 また,今回はたばこの箱のデザインに焦点を当てたので今度は箱のメディア的側面を論じられたらと考えています.物質性とか,今勉強しているエフェメラルな存在としての紙箱とか,消耗品であり捨てられることを前提として作られる立体広告物として一過性の広告メディアであることなども視野に入れながら研究をしていきたいと思っております.
 何か解剖できるものを対象にすると写真も撮れるので面白いと思いますが,そうではないものも自身の理論を整理したり学術的解釈をするとどうなるか知りたかったり,そういった記事としてシリーズ化させたいと思っておりますので,更新はまちまちかと思いますがよろしくお願いします.
(あと執筆スキル向上委員会です)

今回は長々とここまで読んでいただきありがとうございました.

参考文献及び脚注
[1]株式会社JTデザインセンター たばこと塩の博物館.『ポケットの中のデザイン史 日本のたばこデザイン1945▶︎2009』.株式会社美術出版社,pp.28-39,2009.
[2]杉浦非水:大正期〜昭和期にかけて活躍した図案家(現在で言うデザイナー).三越のポスターを手がけたことが有名,武蔵野美術大学初代学長で図案教育に和田三造と共に力を入れていた.
[3]高橋律子.包装紙のモダニズム 包装紙デザインの萌芽とその展開.Я(アール):金沢21世紀美術館研究紀要 2013(5),pp.80-88,2013.
その他参考文献
[4]社団法人 専売事業協会.『日本のたばこデザイン1904 1972』.社団法人専売事業協会,p.11, 14, 44, 78,1972.

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